第二話 絶対無敵華のJK高町みさき! 十余年の時を超え、いま再びここに推参!

 その日わたしは、昼間からワンルームの自宅に引きこもって平日に録画していた深夜アニメの消化作業に勤しんでいた。昨日から引きこもっていたのでもう40時間は家から出ていない。ビバ土日、ビバ自宅、このまま永久に引きこもっていたい。


「あ、そうだ。ハッピーバースデーわたし」


 冷蔵庫からコンビニで買っておいたケーキとチューハイの缶を取り出す。定番のショートケーキと、新商品のチーズケーキだ。複数のチーズをブレンドしてまったり濃厚ながらもさっぱりとキレのある後味らしい。よくわからないが、テレビで紹介してたし、ネットの評判も上々みたいだから買ってみた。


 ちなみにチューハイはアルコール濃度高めですぐ酔っぱらえるという代物だ。ロング缶6本パックをふたつ買っておいたのに、もう残りは3缶。まだまだ足りぬ。


「ふむ、たしかにこれはなかなかのお味。あてくしの当座のスウィーツローテに加えてしんぜよう」


 独り言をつぶやきながらケーキを味わっていると、スマホが鳴った。見るとメッセージアプリの着信だ。送信主はお母さん。内容は……開かなくても察しがつくけど、無視してると通話がかかってくるのでしぶしぶ確認する。


『みーちゃん誕生日おめでとう! プレゼント送ったけど、もう届いた? 今年はいい人と過ごしてるのかな?? 邪魔しちゃったらごめんね!』


 思わずスマホを叩き割りたくなる衝動に駆られるけれど、ぐっとこらえて返信する。


『ううん、だいじょうぶ。ありがとう。プレゼントも受け取ったし、ちゃんと楽しく過ごしてるから安心して』


 送信するとクマのマスコットが『がんばれ!』と親指を立てているスタンプが送られてきた。再び襲ってきたスマホを叩き割りたい衝動を抑えつつ、スマホを充電台に戻す。


 要するに、結婚の催促なのだこれは。


 自分で言うのはなんだけれど、我が実家はそこそこの良家である。母は見合いで父を婿として迎え入れたし、妹二人もわたしよりも先に嫁いでいっている。お母さんは心配してくれているのだろうけれど、わたしの中のひねくれた部分が「世間体の悪い、売れ残り」という胸にザクザク刺さる言葉を吐いてくる。


 正直なところ、わたしには結婚願望がほとんどない。真剣に恋愛感情を抱いたこともないし、交際しても深い仲まで進んだことがない。それでも、職場で寿退社が続いたり、同級生たちが子どもを授かっていく様子を聞いたりすると、なんというか、世界から取り残されたような気分になってくる。


 友達や同僚たちは「高町さんはまだまだ若いから大丈夫! 下手したら十代に見えるくらいだし!」なんて言ってくれるがそれはそれでいかがなものか。自分で言うのもしゃくだが、私は童顔、低身長、幼児体型と三拍子揃った合法ロリである。たしかに一部に強い需要はあるのだろうけれど……それが琴線に触れる男というのはいかがなものであろう。


 ふと思い立ち、押し入れの奥から高校時代の制服を取り出して着てみる。どうしてこんな物があるのかというと、会社の宴会の余興で衣装として使用したのだ。少し昔に流行ったアニメのダンスを営業三課一同(男性含む)で披露したのである。ぶっちゃけ、けっこう楽しかった。


「絶対無敵華のJK高町みさき! 十余年の時を超え、いま再びここに推参!」


 なんかテンションが上がったので姿見の前で特撮ヒーローっぽいポーズを決める。うん、なるほど、これは結構いけるんじゃないか? いまだに居酒屋で身分証提示を求められることがあるほどの私なのだ。明るいところでよほどじっくり見られなければJKで通る……じっくり見ると……あ、目尻に小ジワ……。


 一瞬上がったテンションが急速にしぼむ。ため息をひとつついて、垂れ流しにしていたアニメに視線を戻すとエンディングの真っ最中だった。ネットでは「今期の覇権」と鼻息荒く語る人が多いアニメで、毎回エンディングの内容が少しずつ変わるので最後まで見逃せないと評判だ。


 ジャンルとしてはいわゆるスローライフ。無敵の力を授かって異世界転移した女性主人公が、愉快な仲間たちと共に楽しい毎日を過ごすドタバタコメディだ。今回のエンディングでは、ついに結ばれた主人公カップルの未来の結婚生活を描いていた。二人で料理して、たまに喧嘩して、子どもを授かって……といった内容が一枚絵で次々と展開されていく。


 なんとなく眺めていると、目の端にじんわり涙がたまる。


「わたしもね……いっそ異世界転移しちゃいたいよ」

「おっけー! その願い、叶えちゃうー!」


 は?


 知らない女性の声が聞こえたかと思うと、部屋中の壁や天井が光り輝き出した。いや、脱ぎ散らかした服やら読みかけの本やらでわかりにくいけど、床も光ってる!? 光は奇妙な幾何学模様を描いていて、アニメや漫画で見たことのある魔法陣的なものを連想させた。


 突然の出来事に目を丸くしていると、気がつけばどこまでもどこまでも真っ白な空間に座り込んでいた。周囲を見渡しても白、白、白。遠近感が失われ、ともすれば上下の感覚までおかしくなりそうになる。え、ちょ、なんですかこれ?


「こーんにーちわー! 私、神様的なアレです! あなたの願いを叶えにきましたー!」


 妙に間延びしたアニメ声が聞こえたかと思うと、いつの間にか目の前にだるっだるのスウェットを着た巨乳……を通り越した爆乳の金髪美女が立っていた。襟元が伸び切って谷間が見えている。絶対狙ってんだろこれ、喧嘩売ってんのかおらぁん。そう、わたし高町みさきは自他ともに認めるつるぺったんである。


「あー、なんか急に敵意向けられてもー。この服装はー、単なる部屋着ー。素顔の私を見てもらってー、リラックスして異世界に臨んでほしい? 的な?」


 初対面に部屋着で来るんじゃない、という常識的な考えが頭をよぎった後、非常識的な考えが遅れてやってくる。いま、この人(?)わたしの心を読んだ……?


「うん、そうー。話下手な人もいるからー。心の言葉も聞かせてもらってるのー」


 マジか……。いやいや待て待て。いわゆるコールド・リーディングってやつかもしれない。詐欺師はそういう手をよく使うと聞いたことがある。わたし詳しいんだ。完全に突拍子もないことを考えて当てられるか試してみよう。えーっと、盲亀の浮木優曇華の花、寿限無寿限無五劫の擦り切れ……


「もーきのふぼくうどんげのはな? じゅげむじゅげむー、あはは、なんかおもしろいねー、これー」


 マジだった。完全に心読まれてますわこれ。

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