三十路OL、セーラー服で異世界転移 ~ゴブリンの嫁になるか魔王的な存在を倒すか二択を迫られてます~

瘴気領域@漫画化決定!

降り立て! ドワーフ村!

第一話 このセーラー服は無駄にイケボだ

 雲を突く巨大な岩山。ところどころに山肌を這うように低木が生え、点在する茂みには白く小さな花が咲いている。視線を山頂から反対に向ければ、地平線まで延々と広がる緑の平野が目に入る。ここが地球であったなら観光地として大いに人気を博しただろう。SNS映え間違いなし。


「だーれーかーおーたーすーけぇぇぇえええ! へーるぷみぃぃぃいいい!」


 そんな景勝地を絶叫しながら全力疾走しているのはわたしこと、高町みさき満三十歳である。背後から響いてくるのは無数の足音と猿のような鳴き声。ちらりと後ろを振り返ると、ニホンザルから全身の毛をむしり、代わりに砂利をびっしりと貼り付けたような怪生物の群れが目に入る。


「ご主人、あれは岩ゴブリンと言われる怪物、いわゆる魔物です。地球でいう哺乳類や、それに近しい種のメスであればなんであれ繁殖可能という性質を持ちます。捕まっても大人しくしていれば危害を加えられることはないでしょう。我々の使命を考えますと、ひとまずでよいのでは?」


「いいわけあるかぁーっ!」


 繁殖て。あんな怪物と繁殖て。すでに危害がてんこ盛りじゃねーか。


 いまわたしに話しかけてきたのは、わたしが着ているだ。三十路がセーラー服を着ていることも理解に苦しむと思うが、セーラー服がしゃべるというのはそれ以上に理解に苦しむ状況だと思う。ついでに言うとこのセーラー服は無駄にイケボだ。わたしが好きな男性声優の声に似ている。


 とはいえ、ゆっくりと考え事に浸っている場合じゃない。わたしはセーラー服に問いかける。


「あんた色々すごい機能が付いてるんでしょ?! あいつらをパッパと倒しちゃうようなスーパーパワーはないわけ!?」


「ご主人、申し訳ありません。まだ小生は起動したばかりでエネルギーが不足しています。また、現在ご主人の走力や心肺機能の強化、大気中に含まれる有害物質及び病原体の排除などを行っているため、エネルギー補充がままならない状態です。率直に言えば、やや赤字。このままですと数十分後にはスリープモードに移行すると予測します」


 うそやん……詰んでるやん。異世界転移して小一時間でゴブリンの苗床コースとか、こんなひどい扱いのファンタジーヒロインある? いや、薄い本にならいくらでもありそうか。しかし、わたしに薄い本の主人公にはなりたいという歪んだ欲望はない。


「だーれーかぁぁぁあああ! おーたーすーけぇぇぇえええ!」


 というわけで諦めの悪いわたしは助けを求めて再び叫んだ。再びと言うか、もう何十回も叫んでるけど……。こんな山の中に人間がいるとは考えにくい、考えにくいけれどもワンチャンあるならそれにすがるしかない。三十年間守ってきた純潔をゴブリンに捧げる趣味などわたしにはないのだ。


 そんなわたしの願いが天に通じたのか、遠目に人影のようなものが映った。逆光でよくわからないが、どうも馬のようなものにまたがった人間に見える。えっ、もしかしてこれって白馬の王子様的なやつが助けに来た展開? ゴブリン危機からの急転直下の王子様? 頼むよ、異世界転移はそういう路線で頼むよ。


 白馬の王子様(仮称)は土煙を上げながらこちらに向かって走ってきた。ううん? よく見ると馬じゃなくてトカゲと言うか、巨大ヤモリ的な?? そしてその背に乗っているのはヒゲモジャのおっさん???


「おう! 加護なしの! 危ねえからそのへんに隠れてろ!」


 白馬の王子様ならぬヤモリのヒゲモジャさんは、わたしの横を駆け抜けてゴブリンの群れに突っ込んでいった。その手には長柄のハンマーがにぎられている。工事現場で見たことがあるような超いかついやつだ。


 ヒゲモジャさんは突撃の勢いを殺さず、すれ違いざまに引っ掛けるようにゴブリンの頭にハンマーをぶち当てる。いかにも硬そうな頭が見事に爆散した。いつか見た、スイカにマグナム弾を撃ち込む動画を連想する。


 ヒゲモジャさんはゴブリンの群れを繰り返し繰り返し突っ切り、そのたびにゴブリンの無残な死体が増えていく。そして助けに来てくれたのはヒゲモジャさん一人ではなかったようで、気がつけば周囲に無数の人影が現れ、手にしたハンマーで次々とゴブリンたちを屠っていった。超強い。


 目の前で繰り広げられる一方的な蹂躙戦を呆然と眺めること体感数分、ゴブリンを全滅させたヒゲモジャさんたちがわたしの方に向かってやってきた。ヒゲモジャさんと一緒に戦っていた人たちの姿がやっとはっきり見える。全員が小柄なわたしよりもさらに背が低く、しかし横には何倍も太い身体を金属鎧で固めている。そしてなぜか全員がへそ出しルックだ。それからヒゲモジャさん以外もみんなヒゲモジャだった。もしかして、これって、ドワーフってやつ?


「おう、加護なしの嬢ちゃん、大丈夫だったか?」


 地面にへたり込んでいたわたしに、下イモリしたヒゲモジャさんが手を差し伸べてくれた。反射的にその手を掴むと、手にベッタリと粘着質な液体が付いた。あ、改めて見るとヒゲモジャさん、ゴブリンの返り血で真っ赤ですね。つまり、いま手についた液体もゴブリンさんの忘れ形見ですね。


 わたしは「きゅう」と、どこから出たのかわからない声を漏らして、意識を手放した。

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