第58話 13 夜に2人で(part1)

(13)


*******


 いつもは優しい先輩があれほど怒った顔は初めて見た。


 いつもは穏やかで優しい先輩が、鬼気迫る表情で剣を振り戦う姿は初めて見た。


 いつもは声色も優しくチャーミングな先輩が、あんなに声を荒らげているのは初めて見た。





 彼にとって何かもかも、新鮮で、強烈な体験だった。


 拒まれることはわかっていた。しかしそれとは別の意味で不安が増した。


 この街が不穏になるに連れ、夢原礼が遠くの存在になっていっている。今日、彼はその確信を得た。


「でもちょっと言い過ぎたかな」


 嫌われたかもしれない、と思うとちょっとショックだった。


 自分の選択を間違っているとはあまり思いたくないものだ。それは彼だって同じ。


 まだ死にたくない。これはその手段だ。


 そのためにできることをしないとけない。そう思って、前から話だけは聞いていたこの会社に、この武器に着目した。


 そしてあわよくば、とここの社長に言われたことを思い出す。


「君がその武器を使いこなせるようになったら、君は自分の力で大事なものを守れるようになるし、あるいはその力を使って君の想い人の意思も帰られるようになるかもしれない」


 そう。それは今日使ってみた限りまだ未来の話であるが、自分が夢原礼の重荷を背負えるほどになれば。


 店を守り、先輩を近くに置き、生き残る。すべての望みが叶うかもしれないのだ。


 そう、こうしないといけない。




*******




 安住に案内されたのは意外な場所だった。


「ここって……」


 京都には意外とパン屋さんが多いので、あることは気にしていないが、今のこの状況で来るべき場所だろうか。


「いらっしゃいませー」


「買占めだ。軍に差し入れする」


「了解! 皆さんどうぞこちらに!」


 店員さんに手招きされて、奥の扉に入るとそこにはエレベーターが。


 どこに行くのか、という疑問はあるが安住が今更危険な場所に連れて行くわけないし、ここは信じるとしよう。


「さっきのは?」


「合言葉のようなものだ。お前たちも何かあったら使うといい。ただし」


「他言NG、ですね」


「そうだ。秘密基地みたいなものだよ」


 そしてたどり着いた先は、

「おかえりー」

 独立魔装部隊の本部だった。


「夢原。要塞に戻ってきたかと思ったかもしれんが、実際ここは本部と同じ構造で作った秘密基地というだけだ。良く見ろ、違いがあるだろ?」


 あ、本当だ。ジオラマシミュレーションがない。


 てかなんで和幸さんいるんだ。無事だったのか? よかった、言葉を選ばずに言うのならもう死んだかと……。


「いやぁ、わずか10秒で死亡判定とは。あんなバケモンとまともに戦うもんじゃないな」


 人形……瑠唯さんが作ったリアルジオラマシミュレーション状況ができる便利な等身大人形術か。


 ああいう人智を超えた相手と戦うときに人形師の力は重要なんだな。だって一度殺されても、死なないというのは大きい。


 学校で習うことだが、戦いのうえで一番の脅威は初見殺しだ。それを見ることができるというのは対策を立てられるということ。


 ということで、紙に対策を考えている和幸さんのほかにもう1人、鈴村隊長が座って待っていた。


「ご苦労。和幸がドリンクを奢ってくれるぞ?」


「なんでまたその流れなんだよ、てかおい!」


 俺たちは断ろうとしたが既に席にこの前と同じドリンクが既に準備されていた。


「そちらのお嬢さんは?」


 鈴村さんの追究に安住が答えた。


「御門家の協力者だ。裏切らないよう呪術契約をここで結ぶ。立ち合いをしてくれ」


「いいだろう。俺が作成と証人をしてやる。まあ客ということだな? 座るといい紅きお嬢様。問題を起こさないなら俺も自分から問題にしない」


 鈴村隊長も認めてくれたみたいだ。こうもすんなり認めてくれるなんて、サキちゃんの偽装がうまくやれている証拠なのだろう。


 サキちゃんにおいしそうな真っ赤なトマト?ジュースが渡される。


「いろいろと話すべきことがあるだろうが少し待て。次の任務に参加する人間が集まってからだ」


 時間がまだある様子なので、気になったことを安住に、

「お、っと安住さん、ここはどういう?」

 サキちゃんに先に質問されてしまった。


「軍には、要塞が襲撃を受けている際だったり、要塞内に敵が潜入している場合を考えて、中継基地以外にもこういう隠れ家をいくつか用意している。上のパン屋も軍の支援金で店を開いた代わりに協力する契約になってるんだ」


「凄いです」


「俺が用意したものじゃない。この手のシステムはすべて今の総統と鈴村さんが着任してからできたものだ」


 へぇ……。でも、こういう場所があるおかげで、俺たちも安心して今後を話しあえるな。


 鈴村さんが呪術契約書の準備に入った。





 メンバーがそろって、会合が始まった。俺たちはこれまであったことを簡潔に共有する。


 もう、俺がハッシーとお話した、というプライベートの問題ではなくなっているから、包み隠さず。


 その上で、午後からの仕事が始まった。


「今軍にはリバーンカンパニーから女社長が新しい武器を売り込みに来ている。大胆不敵だな。武器の密造自体違法だと言うのに、堂々と自分たちの主張を通しに来るとは」


 鈴村さんの話に、

「じゃあ対処すればいいのでは?」

 と純粋な質問をする。が、そうできない理由は明らかだ。


 俺たちの昨日の戦いの成果は軍にも報告がいっているはずだ。そうなると、堂々とやってきたのはなりそこないの可能性がある。


 仮に戦いとなれば、要塞にどれほどの影響が出るかわからない。


「総統であるあの男が負けるとも思えんが巻き添えはすさまじいだろうな。最悪要塞ごと吹っ飛ぶかもしれん。今はそれはまずい」


「何故ですか? 悪は滅ぼすべきでしょう?」


「5割死ぬだろうな」


「う……それは良くないですね」


 向こうが暴れたらの最終手段であるべき。なりそこない1人のために軍が復興不可能なまでの打撃を受けたらそれは実質敗北だ。


 ましてやハッシーがいう通り数多くの敵があふれ出している中で要塞に大打撃が出たとなれば、それが京都に与える悪影響は大きいだろう。


 この場に集まったメンバー、俺、レイ、サキちゃん、安住、松井さん、東堂さん、独立魔装部隊の3人に反論はない。高須くんはすぐには来れないということで、後ほど合流するとのこと。


「そういう理由もあって奴に聞かれない場所で会合を行っているわけだが、状況から察するにもう少し兵隊がほしいな。悪いが突入は1日延期したい。その間に用意できる戦力を俺が集めよう」


「俺たちはここで1日待機ですか?」


「ああ。余計なことは悟られたくないからな。外出禁止。出前は上のパン屋の人に頼んでおけばいい。ただし平沢、お前はこの場の人間が必要とする武器の運搬のために動け」


「了解っす」


「他全員はここで休息と戦闘の準備だ。ジオラマシミュレーションはないが下に武器の試しうちができる空間はある。必要ならそこを使うといい。リバーンカンパニーへの出撃は明日の1700とする。では一時解散だ」


 え、でも。明日はハッシーとの約束が。


「作戦は明日詰めるが。まずは夢原礼とレイにリバーンカンパニーに潜入してもらう予定だ。お友達との約束はその流れで果たしてもらう。お前が提案されたことにはのっかるといい」


「え、いいんですか?」


「ああ。最初から内部に人を送れるのなら、たとえ向こうが誘っているとしても使わない手はないからな」


 すごく、嫌な予感がするお話を最後に解散となった。


 とりあえず決戦は明日に延期だ。


 そう思うと背負っていた重荷をおろしてひと休憩する気分になり、少しリラックスできそうだ。

(part2へつづく)

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