第58話 13 夜に2人で(part2)
大仕事は明日ということだが、安住も松井さんも東堂さんもこの秘密基地に保存されている軍のデータベースを調べながら、敵の対策のために話会い始めた。
レイを巻き込んで話が盛り上がる一方で俺は放っておかれている。というのも、高度な呪術の話ばかりで俺はついていけないからちょっと逃げてきたんだけど……。
こういうのを見るとプロって感じがするな。俺もいつかはついていけるようになるだろうか……その自信は傍から見てるとなかなか湧いてこないな。
そんな俺が一人ぼっちを感じないようにサキちゃんが俺の近くで待機して時折話かけてくれる。とっても気が利くいい子だね。
それはそうと、この機会なのでサキちゃんには聞きたいことを聞いておこう。とは言っても今更目的などは尋ねる必要はないだろう。
こういう時バトルマニアであれば彼女の術式について質問するのだろうがあんまり興味ないんだよな。それにそういう話が地雷な人もいる。ここで話すのは良くないだろう。
ということで、その話題はNGとして他の気になる話題を聞いてみるいい機会かもしれない。
「今日、ちょっとテンション高いね」
「すみません。失礼でしたか?」
「いや、それはいいんだけど。何かあったのか気になって」
「いえ、変わったことはとくにはないと思いますが……」
少し天井を見上げて理由を探している様子。俺のちょっとした台詞にもしっかり反応してくれるなんて素直だね。
「ううむ。言い訳が思いつきません。でもこういう場所に来て、皆さんのお力になれるのはうれしいと思います。前に兄がいるって話をしたことがありますよね?」
俺はうなずく。それは初めて会った日の夜に行った彼女の願い。生き別れの兄を探したいのだというもの。そのお兄さんは正義のヒーロー、おそらく反逆軍の人だったのだろう、と勝手に思っていた。
「昔はただ遠いところから眺めることしかできなかったけど、今はこういう場所で、兄がどういうことをしているのか身近に感じることができて、うれしいんだと思います」
声は弾んでいる。本当にそう思っているんだろうな。
兄か……。でもサキちゃんがなりそこないなのは確実だ。
ヤンキー先生の例、そして一ノ瀬先輩が言っていたことと、俺が見た過去の記憶、レイのこと。
レイだけでなく悪霊と俺たちが呼んでいるものには人間が変化して生まれた個体がいることは間違いない。それならなりそこないのサキちゃんに生き別れの兄がいるのも理解できる。
ただなりそこないの人達は昔の……いや。ヤンキー先生の例があるな。最近の人も深淵で蘇ることができるのだ。それはおそらくなりそこないや人型悪霊と同じような状況なのだろう。
待った。
ある結論にたどり着く。
嘘だろ、とはもう言えない。そう考えればサキちゃんの高いテンションののことも、先ほどから度々安住に対し、一瞬言葉を詰まらせる理由も納得がいくからだ。
「ねえ、サキちゃんってもしかして」
サキちゃんは人差し指のみを伸ばして唇に当てた。
「巫女様。思い当たる節があったとしても今はどうかご内密に。今は危険な状況です。余計な心配を私は皆様にかけたくない。私のことは単純な一戦力として扱ってくださいね」
彼女がそういうのならまあ、それは追究しないでおこう。
「でも巫女様。ありがとうございます」
「俺は何もしてないけど……」
「いえ。こうして巡り合えたのはきっと巫女様が最初に敵であっても私を認めて一緒に行動するのを許してくれたからなので」
レイがこっちに手招きしているのが視界に入ってくる。
「礼、明日のことで相談があります」
「分かった」
そう言われては断るわけにもいかない。
*******
作戦会議と必要な呪術の準備までは夜まで続いた。
夜は上がパン屋さんということで、基地で宿泊することになってしまった秘密基地の隊員たちはパンをご馳走してもらえることになりごはん問題はとりあえず解決。
その後細かな話は明日ということになり、各自、自由時間と休息の時間になった。各自、デバイスに保存されている資料を読んだり、武器をいじったり、発泡酒ライクな疑似レモンサワーとお菓子で乾杯する者もいる。
サキは座って目を閉じて過ごしていたが寝ているわけではない。
呪術師にとって瞑想の時間は自身の想像力の向上のために重要なことだ。無になるのではなく、想像に集中するために目を閉じて、呪術を創造、派生させる。
ことん。
近くで音が聞こえ、サキが目を開けると、
「ひゃわ、おに」
「鬼?」
「いえ、驚いてしまいました。すみません安住さん」
「いや、瞑想中だったか。驚かせてすまない」
と、飲み物を持ってきた安住がいた。
先ほどまでは誰かと仕事の話をしていた安住は今はフリーだ。
「そろそろ俺も寝るか……」
と、まだ夜の10時なのに健康的な生活を送ろうとしている彼と話をするためサキは勇気を出す。
「少し時間はありますか? せっかくこういう機会なので少しお話をしたくて」
「ああ。構わん」
近くの椅子に座り、自分の分のドリンクを置いて、サキの分と思われるドリンクを差し出す。
「あ、りんごのジュース?」
「いやだったか? 瞑想の後には甘いドリンクがいい。君は、これがいいだろうと思ってな。なんとなく」
「ううん。むしろ大好物です。ありがとう」
ストローもついていた。サキは甘いドリンクはこの飲み方が好みだ。舌で甘みを味わい、フレッシュなのどの通りが見知らぬ場所で多少は緊張していたサキを癒してくれた。
安住からは話かけなかった。なのでサキはそれを容赦なく質問攻めにしていいという風に解釈し、口を開く。
「安住さんはいつから軍にいらっしゃるのですか?」
「そうだな。本腰を入れ始めたのは2年前だから、2年前ということにしておこう。それまではまあ本気じゃなかったからな」
「今日1日、遠くから眺めていましたが。安住さんはお仕事に真面目に取り組んでいてかっこいいです」
「仕事に懸命に取り組むのは当然のことだろう。無理に褒める必要も機嫌を取る必要もない」
「いやでしたか?」
「場を和ませるよりお前と話すべきことを話そう。時間は有限だ」
正論。そう、この夢のような時間はすぐに過ぎさる。明日はゆっくりと話している暇はないのだから、行動に移すのは今日しかない。
こういう立場であるなら、とずっと聞きたかったことがあったのだ。それと戦いを知るようになってからさらに興味がわいたことも。
「お仕事、楽しいですか?」
「そういう感情はない。だが幸運にも充実はしている方だろう」
「つらくはない?」
「ないな。なぜこんな質問をする?」
「ああ、いえ。その、反逆軍のことはずっと知りたかったんです。普段本当はどういう仕事をしてて、どういうところが楽しくて、つらいのか。昔私から見た景色だけではわからないですからね」
「そう面白い話じゃないぞ」
「私にとっては面白いんです」
安住は一口飲み物を口にした。
「俺にとってあそこは仕事の場だ。だが、楽しいやつもいるんだろう。あそこで飲んでる松井や平沢とかはそういう類だ。辛いやつはとっくにやめてるし、居つづけるやつにとっては理想の職場なんだろうさ」
「その言い方。あなたにとっては辛い場所ですか?」
「実は昔は仕事一筋と周りに見せかけて心が折れかけたことは何度もある。誰にも言ったことはないがな。もう慣れた。その後は辛さもなくなった。楽しくもないが仕事に楽しさなどない方が案外いいものだぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。物事に冷静冷酷になれるし、好きだからこそのプライドやこだわりに邪魔もされない。その発見があったことは収穫かもしれんな」
心配そうな目で見つめるサキに安住は怪訝な顔になった。
「なぜそんな顔をする」
「いや、元気かなって思って。それってもしかして元気がないだけなんじゃないかなって。師匠が言ってました。感情のないように見える人はメンタルが限界である合図で、そのうち死ぬか同等の失態をするらしいと」
「お前に心配される筋合いはないと思うが、俺の周りの愉快な仲間たちに愉快にはしてもらっている。普段はそいつらに強制的に感情を動かされてる分、お前の言う限界者よりは恵まれているだろう」
「そうですか?」
「特に後輩や夢原には久しぶりに熱くさせられて迷惑だったな」
わずかながら感情を読み取れたサキは、とりあえず今はまだ大丈夫なのかな、と一安心した。
話題は変わる。
(part3につづく)
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