第56話 11 英雄なんかいないから

(11)

*******


 朝の仕事も始め、これからさらに頑張ろうとしていた矢先のこと。


「は……?」


 たまたま出前に行っていた彼が見かけたのは、自分の大好きな場所が燃えている光景だった。


 頭が真っ白になって、周りの人達の声がする。


「とうとうここもか……!」

「何があったの?」

「神人が暴れ出したんだよ。それで俺たちを逃がすためにマスターが」

「ここ要塞には比較的に近いよな? 何やってるんだよ軍は」

「マスターがまた中に! あの人が死んだらヤバいって!」


 耳から入ってくる情報と目の前から見えている情報は、彼の中に生まれて初めて絶望への恐怖を植え付ける。


 自分はそれに対して何もできない。


 そう思ったとき、『あのお客の女性』から言われていたことを思い出した。






「この街の正義はあまりに弱い。人柄として信用には足るが、君たちを完ぺきには守ってくれない」


 その時は、単に聞き流していたつもりだった。ただ状況も状況で、脳はそれが必要な情報だと判断していた。ゆえに頭には残っていた。


「今この街に必要なのは、自分を自分で守れる手段だ。私から見るにおそらく君は使えるだろう。私の武器は強い信念を持つならば、所持者を裏切らないと信じている」





 今回はどうしようもなかった。自分はその場にいなかったから。


 しかし次は?


 その機会はすぐにやってくるだろうと考えたとき。


 病室の中で、マスターとミウさん、そして先輩が無事だと安堵した後に、彼は決意した。


 彼女のもとへ訪れようと。




*******




 何かおかしい。


 俺は人より一回り大きい蜘蛛の悪霊、そしてドロドロとした不定形の悪霊に突っ込んで、すべて自分が相手をするつもりで突っ込んだ。


 そうしないと襲われていた一般の数人を守り切れないと思った。


 だが、悪霊はまるで俺に興味がないと言わんばかりに、襲われていた通行人らしき数名を狙い続ける。


 人型やなりそこないのように知性があるのなら話は別だが、普通の悪霊は人間を無差別に襲うはずだ。強いて相手の敵意を誘導するのなら、こちらが敵意を見せれば誘引されやすい、はず。


 でも、明らかに俺を無視している。


 大蜘蛛の目の前に立ちはだかっても俺を攻撃してこない!


 足を斬り、動けなくして、別の奴に斬りかかっても俺に攻撃をしてこない。それどころか俺をいないものとして見ているのか、無視される。


「おまえらぁ……!」


 だから無理やり立ち回って、何とか守る。幸い遠距離で攻撃してくる相手はいなかったので、通行人に近づいてくるヤツからかたっぱしに攻撃し、あるいは相手の攻撃を弾き飛ばす。


「はぁ、はぁ! いい加減俺を見ろよ……! なんで」


 理不尽だ。こいつらはどうあっても戦える俺ではなく、怖がっている一般人食おうとでもしていのか。


 でも、何とか守れ――。


 づぅ?


 左からすごい衝撃。剣で受け止めしたけど、街の人たちの前から引きはがされた。


 続けざまに俺に襲い掛かって来るそれは、人型悪霊。この奇怪なタイミングでなんでこんな奴に。


「お前?」


 見たことのある悪霊だった。


 狼の頭と下半身が人間の胴体の悪霊。でもこいつはレイと御門さんが対処したはずじゃ……。


 いや、違う。それを考えるのは今じゃない。


 呪力で伸びた刃物の如き爪の斬撃を呪術剣戟で弾きながら街の人の方を見る。


 だめだ。もうすぐ近くに。すぐに戻らないと……!


 目の前に爪の斬撃。


 2回、向こうのから来た攻撃を剣で受け流して、炎の斬撃を――。


 ――先ほどの悪霊とこの獣はやはりレベルが違う。俺が向こうに意識をやると邪魔してくるくせに、こいつに意識を向けると自分が死なない距離で時間稼ぎをしようとしてる。


 レイとかならうまくやれたかもしれないけど。


 撃月か空割を撃つか? でも、街の人と悪霊の距離が近い。もしも手が狂って当たったら。


 あ、まずい。まずい! もう今から突っ込んでも間に合わないほど近くなって……。


 さっきから呪符に呪力を込めてるのにレイも安住も来ない。多分向こうでもトラブルが起こってるんだ。救援は期待できない。


 あ……死。


 発砲音。いや、大砲の音?


 あまりに大きな音だった。


 うれしい事実とうれしくない事実が俺の目に飛び込んできた。


「あれは……」


 うれしい事実は、戦えず恐怖で震えて動けなくなっていた人達にとどめの一撃が刺されることがなかったということ。


 うれしくない事実は。


 それをやったのは追いかけてきたハッシーで、彼の腕が、いや、顔以外の上半身が瑠璃色の炎で燃えていたこと。そして背中側から、炎でできた長い腕6本ができていたこと。


 そのうちの一本が腕の先に巨大な大砲を装備していたので、おそらくそれだ、と判断できる。


 でも、あれは。あんなものは。身を守るための武器であるはずがない。体を燃やして、ハッシーは辛そうな顔をしている。


 いやな気配がする。嫌な予感がする。あの炎は、まずい。そしてその炎を放つあの謎の武器も。


 いかな――目の前に爪――。


 っ、邪魔だ!


「ミるならジャましない。メいれいだ。オまえ、ソっちいくなら、ジャまする。おとなしくミロ」


 あいつ……俺を邪魔するのが目的なのか?


「何がしたいんだお前は」


「シらん。朱王の命令」


 あのなりそこないか! あいつは何がしたいんだ。


 俺に、これを見せたいだけか。嫌がらせか!


 いや、そんなことはいい。


「ハッシー、ダメだ! それを使うな!」


 叫んだ。確かに俺を見た。でも俺の言うことは聞いてくれなかった。


 長い炎の腕が街の人たちを守り、悪霊を蹴散らす。腕の先が刃になっているものが相手を斬り、盾を持つ腕が住人を守る。


 炎の腕自体もすごい硬度で悪霊の攻撃を阻む壁となっている。


「俺が暴れますから! でも皆さんに襲い掛かるやつがいる。これを使って逃げて」


「どうやって」


「出てこい、と念じれば出ます! はやく」


 街の人に渡したのは、さっき俺に見せたのと同じ密売武器。

 

「やめろ!」


 聞こえてるはずだ。


 なのにハッシーは俺の言うことを聞いてくれない。


 なんで……! それはいけないことだろう! バレたらみんな捕まる悪いことだぞ。


 ハッシーの装備した炎の腕が暴れ始めた。同時に街の人は逃げ始めた。俺がこっちにいるのを知っている人は、俺にお礼を言って走りだす。


 でもハッシーの武器が暴れても悪霊の暴走を完全に止めるとはいかなかった。


 くそ、行かないと、――また俺に斬りかかってくる人型を剣で振り払うが、進行方向を譲らない――。


「邪魔だ」


「オなじこといわせるな!」


「うるせえよ……!」


 必死に剣を振る。でも焦ってるか、やはり向こうが腕が立つのか殺しきれない。集中できてないのか?


 ああ、また街の人に。


「だめだ。それを使うなぁああああ!」


 でも命がかかってる人たちは、使ってしまった。


 炎が彼らの腕を燃やし、箱の中から炎が現れる。炎が人型となり、悪霊と戦った。


 しかし、

「あ、あああああ」

 1人が、密売武器を使ったほかの人間たちの末路を見た。


 全身が燃えていく。


「ソろそろか」


 人型がものすごい勢いでこの場を離脱した。


「なんだ、もういいとでも言いたいのか……!」


 何とかしないと、あの人たちが。


 あの人たちが……。


 燃えて。


 なくなっ。


 た。






 あの店が燃えた時から、俺の中には自分でも消せない燃える炎がある。責務のようなものだ。


 やらなければいけない。俺の日常、強くなればきっと守れるだろうと思っていた者は守れなくて。


 ただ、まだ力不足だと嘆くのと同時に。せめてこれを起こした犯人を決して許さないと。


 その炎は今。


 今まで一度たりとも恨んだことのない彼に向けて向いていた。


「お前……!」


「先輩、無事でよかっ」


 むなぐらをつかんだ。


「なんだあれは! どうしてそんなものを使ってるんだ! どうしてそれを赤の他人に渡した! お前はあれが危険なものだと使ったなら分かったはずだ!」


「ああでもしないと、あの人たちは助からなかった……。俺も、まさか選ばれなかった人があそこまでなるなんて知らなくて」


「お前は、お前の渡したもので人が死んだんだぞ!」


「先輩。落ち着いてください」


「落ち着け? お前がそんな暴挙に出るなんて思わなかったんだ。どうして、あんなことを」


 ハッシーは何も申し訳なさそうにしてなかった。


 開き直った、

「先輩が怒る理由はわかります。でも先輩、先輩は、軍は、御門家は誰もあの人達を助けられなかった!」

 かに見えた。


 それは正論だ。だから俺はそれに何も言い返せない。


「あの人たちは俺がやらないと死んでたんです! それに逃げるには身を守る手段が必要だった!」


「それは……」


「確かに。俺の確認不足でした。この武器の危険性を甘く見ていた。でも見てください。後ろを」


 悪霊はみなハッシーの武器と、一般人が放った炎の人型が祓い、ただ1人生き残った。


 わかってる。わかっている。


 ハッシーはそうしなければ、その1人すら死んでいただろうことは。


 ハッシーは俺の拘束から脱出していた。


「こんなことが増えてるんです。この街で。この街には命がけで戦う兵隊はいてもすべてを救える英雄なんかいない。みんなそれを否応にも理解しないといけない世の中になってるんです」


「それは……」


「テレビでも連日報道されてます。軍や御門家の敗走者が多くなり、四方守護の1人も殺された。連日増える敵に、いよいよ京都は終わりを迎えようとしているんじゃないかって」


「でも、その武器はどう見ても悪いものだ。命を奪ってた」


「先輩! おかしいっすよ……!」


「何が!」


「先輩はレイさんが悪でも、生きたいと願ってる人に手を差し伸べた。なのに生きるための俺たちなりの手段、あがきを否定するのは。先輩の美徳と矛盾してる」


 ハッシーは俺とよく気が合う。仲がいいから俺のことをよく理解している。


 だから今のはハッシーだから言えただろう俺の矛盾。そうだ。俺はそれを間違っているとは言えない。


 俺がもともと戦いの道を望んでいた理由。それは、この世界に死ぬべき人間なんていないから、俺が戦って生きられる人がいるのならいいことだと。


 つい、黙ってしまった。


「俺も、みんなも、生きたい。少なくとも無抵抗に悪霊になぶり殺しにされるよりはマシです。先輩。俺はあの副作用があっても、この手段は間違っていないと思います」


 でも、でもだ。ここで引き下がるわけにはいかない。


 もしも、本当になりそこないが関わっているのなら。それに嫌な予感が、どうしても止まらないんだ。


「俺は、どうしてもそれを受け入れられない。もしかしたら悪事に利用されるかもしれない。俺はそういう場面をいろいろ見てきたんだ。ずっと……! いやな予感がして」


「偏見でこれを悪扱いは良くないですよ。みんな悪くないんです。これは俺たち一般人にできた希望で、リスクがあったとしても今の世の中で皆が期待する手段の1つだと理解して欲しいです。みんな先輩みたいに強くないんですから」


 ハッシーは急にばつが悪い顔をした。


「あの、すみません。先輩のことを悪者にしたいわけじゃなくて……ただ、わかってほしくて。先輩と、マスターやミウさんと一緒にやるために、そして俺の夢をかなえるために俺はできることをしたいって思っただけで。だから、そんな思い詰めないで」


 俺、そんなひどい顔をしてたのか。


「ごめんなさい。先輩の俺たちを心配する気持ちを考慮しない発言でした。お詫びにこれを。この喧嘩は気持ちの整理をした後、場所を改めましょう」


「これは?」


 リバーンカンパニーが作ったとされるポスターだった。


「明日の夜。武器を買った会員の会合があります。先輩も来てください。1人が怖かったらレイさんも連れてきていいです。それを見てなお、間違っていると言うなら素直に罰を受け入れます」


「素直ってのは」


「俺は自首します。先輩も、軍の人たちにすべてを打ち明けていいです。ただ最初から連れてくるのはなしで。戦争になるかもしれない。一般人が多く死ぬかもしれないので遠慮いただければ」


 どうすればいい?


 行かせてはならない。悪事に手を染めたあいつの道を正すのは今だ、という自分。


「先輩。今日話したことは全部本気です。俺は夢を叶えたい。そして先輩と一緒にいたい。そのためなら本気でなんでもやるつもりです。先輩、俺にチャンスをください。お願いします!」


 いつも可愛い後輩だったハッシーがここまで譲歩せずに俺に真っ向から反論したのは初めてだった。


 あんな鬼気迫った顔をしたのも初めてだった。


 その本気を俺は蔑ろにすることができず、レイが近づいてくるのを確認したハッシーが『じゃあまた改めて明日』と走り去っていくのを見届けることしかできない。

(第57話 「12 俺が理由を与えてやる」に続く)

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