第55話 10 リバーンカンパニーからの刺客(part2)

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 サキから伝えられた事実に驚きはしたが、2人はすぐに気持ちを切り替えた。


「どこにいる?」


「いえ、ご心配には及びません。先ほども言った通り、私は皆さんのお手伝いをするためにここに来ました。必要のないお手間はとらせません」


 サキは近くに黒い穴を作ると、そこに手を伸ばし1人の男を引きずり出す。


 呪術でできた赤いロープで縛られていて身動きは取れないようだ。


「さて、お待たせしましたね。罪の告白をするか、拷問の時間ですが?」


「待って。話す。話す! 痛いのは嫌だ……」


「おや? 密売人を売らないという忠誠心はないと?」


「だって、俺はただ買い物をしただけだ! 言う通りにすれば、そこの2人をずっと見続けていればいいって言われたから」


 口ぶりからして、それは武器を受け取った一般人。


「俺たちをどうやって尾行してた」


「その、特殊なコンタクトレンズを付けていれば、見えなくなっている相手も見れるって」


 サキがケースを出して安住の方へと投げる。安住が受け取りそのレンズを見るがいたって普通のレンズだ。


「この男がつけていたものではなく、私が買った同じ種類の新品です。御門家の許可は得ているのでご安心を」


 警戒心の強い安住に代わり、まずはレイがつけてみる。何事もないと安住に見せて、安住も左目でのぞき込んでみた。


「なるほど。確かにこれは見えそうだ」


「こんなものも売っているんですね」


 仕組みとしては呪術の発動箇所と思われる空間を赤く表示するというもの。視界の空間に対し機能するものであり、姿を隠していても意味がない。


「しかし、〈霧中〉であらゆる探知に引っかからないようにしているはずだが」


「いえ、見たところ。霧中を解析する呪術が編み込まれています」


「なんだと。そんな呪術、御門家でもないぞ」


「しかし対抗策が皆無なわけではないでしょう。高位の呪術師なら対抗術式を持っている可能性は考えられます。つまり、なりそこないが作ったとみていいかと」


「すぐにほかの者に通達する必要があるな」


 サキはさらにその男がズボンのポケットに入れていた箱を無理やりに出した。ほぼ同時刻、夢原礼も見ていた謎の箱。


「それは写真の?」


「これはご存じでしたか。使い方は?」


「いえ。まだ判明していません」


「使用者の呪力を吸いあげて、箱に封印されている力を引き出す。そういう意味では呪符と同じですが、呪力の吸い上げ過程に問題があります。私も先ほど使い理解しました」


 箱を持つサキの手に呪力が集中した。


 突如箱は発火し、サキの手から腕にかけて瑠璃色の炎が燃える。


「サキちゃん!」


「ご心配なく。私は大丈夫です。呪符は自分で呪力をコントロールして流すのに対し、これは炎が体に浸食して奪っていくという流れです」


 そして箱の一部分が開放され、中から瑠璃色の炎のカタマリが飛び出してくる。


 地面に落ちて燃え、その炎が徐々に大きくなり、中から現れたのは全身を戦国時代の武将が来ていそうな鎧を装備した男。


 ただし、肉体はない。幽霊、という言葉をすぐ連想できる。


 何より。


(強い。勘だが、スタンダード上位レベルはできそうだ)


 持った刀は瑠璃色の炎を宿し、そして安住を見た瞬間襲い掛かろうとする。しかし、背後のサキが後ろから赤い炎を放ち完全に燃やし尽くしたため、何も起こらずに終わった。


「密売されているのがどのような武器かは、実際に見てもらったほうが良いと思いまして」


 サキは男の服を器用に服だけ一瞬で燃やして灰とする。


「え……」


「刺激が強かったでしょうか」


 安住も目を開き驚愕を隠せなかった。


 腕がほぼ真っ黒になっていた。そして、体も半分以上は黒く染まっていた。


「お前、なぜそこまでして!」


 安住の台詞は男の地雷を踏んだのか、突如いら立ちを隠せなくなった。


「そんな言い方しなくていいだろ……。だって、お前らが守ってくれないから」


「なんだと」


「京都はもうおかしい。この前、あのドクロの人がテレビで言ってた通りだった。鬼はダメだ。悪いやつだ。あいつがいるからどんどん悪霊が増えるのに、神人も来るのに、お前らはあいつを殺さない」


 レイは落ち着いている。自分に向けられる悪評にはもう慣れていた。


 この男は本物が目の前にいるとは気づいていないのだろう。怒りを混ぜた弁明は止まらない。


「俺の母さんが、この前突如現れた悪霊によって殺された。死体すら赤い。赤い炎で焼かれた。その次の日は職場だ。小さな会社は丸ごと、神人に破壊されつくした。軍も御門家も来るのが遅いんだよ!」


「それで、密売武器に手を出したのか」


「当然だろ! 誰も俺たちを守れないなら自分で守るしかない! 俺はアンタたちを憎んでる。でもあんたたちにも事情があるんだろう。俺はもう自分のことは自分で守ろうとしただけだ!」


「その末路がそれでは意味がないだろ。お前、体が終わりかけてるんだぞ」


「でも、そこで死ぬよりはいい。リバーンカンパニーさんは……俺たちに新しい選択肢をくれた革新的な会社だ。それが俺たちを安心させてくれる。あんたたちがそこをつぶそうものなら、より多くの犠牲者が出ることになる」


「何様のつもりが知らんが。違法であることに変わりはない。それが普及した先にはお前のような廃人が数多く出ることになるんだぞ?」


「それでも、無能なお前らに比べれば」


 突如、この場も全員が口を閉じた。


 覇気、あるいは殺気。人を畏怖させるに十分な何かが空間を支配する。


「あなたの気持ちもうなずけますが、この街の平和のために命を賭ける彼らの侮辱は、被害者と言えど許しません。口を閉じなさい」


 先ほどまで安住に真っ向から反論を述べていた男はそれに気圧されて、何もしゃべらなくなってしまった。


 すぐにその威圧感はなくなり、場が元に戻る。


 ただこの一瞬で初対面のはずの安住も理解した。この女はただ者ではないと。


「リバーンカンパニーは街に迫る不安につけこみこのような武器を売っています。そして私の予想ですが、この箱には購入者には知らされていない何かがあると思います」


「確かに、単に武器として使うだけなら。呪符と同じ方法のほうが良い。それに悪評が広まれば武器は売れなくなるはずですしこの仕様は商売上不利にしか働かないですね」


 サキがその男を拘束したまま、安住に接近してその箱を手渡す。


「私に分かるのはここまで。しかしこれでは引き下がれない。私はまだ、京都に変な形で滅んでもらっては困ります。なので、私もぜひあなたたちに協力させてほしいのです」


 レイは別に嫌ではなかった。先日の一件があるとはいえ、サキは自分に敵対したことはない。


 あの天使兵との戦いのときもやむを得ずということで、それまではちゃんと協力をしてくれた。一定の信用はある。


 問題は安住の方だ、とレイは心配だったが。


「俺ではなく、御門家に援軍を頼んだ方がメリットがありそうだがな」


「いえ、私は、あなた方にご一緒したいのです」


「危険な任務になる。これ以上首を突っ込んで命の危機に瀕しても責任はとれない」


「お優しいのですね。敵の狡猾さが分かってきた以上、使い捨てにできる駒は多い方がいいのでは?」


「それはやむを得ない場合だけだ。犠牲など、少ないに越したことはないからな」


「冷酷なだけではないんですね。私、仕事に熱心な人は好きですよ。ご安心を。自分の命には自分で責任を取ります。仮に死んでも、あなたに責任を問うことはない。呪術契約を結びますか?」


「いや、それはいい。それよりもほかの連中が心配だ。夢原は……おい、やつめ。ターゲットから離れてどうする気だ」


 夢原礼の異常を察知して、安住は他の監視役にその旨を伝えようとした。


 ピー。ピー。ピー。


「悪い安住! 今それどころじゃ」

 ドガがガガガ!


 ザザ、ザ。

「ぐ、あ……」


 監視役全員が襲撃を受けている。


(こちらの行動が読まれている上に、潰しに来てるのか……?)


 状況が全く良くないことに気がついた。


「レイ、お前は夢原のところに。俺は一番近くの監視役のところに向かう。東堂さんは、まあ大丈夫だろう」


「はい。サキちゃんにお願いです。ここから一番遠い監視役のところを教えますので」


「いえ、もう知っています。そこへの救援ですね」


 安住にとっては、

(なぜこいつも知ってるんだ……?)

 と、疑念を抱く言葉だが、今は猫の手も借りなければ全員の対応は無理だった。

(第56話 「11 英雄なんかいないから」につづく)

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