第55話 10 リバーンカンパニーからの刺客(part1)
(10)
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何が怖いか。
他者にそう聞かれたとき、彼は真っ先にこの店の消失をあげる。
他人から見ればくだらない理由だ。職場でしかないその場所を失ったところで、人生単位で見れば大きな損失にはなり得ないだろう。彼はまだ若い。彼を必要とする場所は今後も出てくるはずだ。
しかし、彼にとっては、それはくだらない理由ではないのだ。
彼にとって夢原礼とこの場所との出会いは運命だった。
15歳で初等学校を卒業してから初の仕事だったが、これ以上はないだろうと思えるほど、自分に合った仕事ができる働きやすい職場。
将来料理人になろうとぼんやりと決めていたハッシーにとって、これ以上ないお手本もいるし、一緒に働く人の人柄も良い。
なにより、優しく頼りがいがあり気の合う仲も良い先輩がいて、一緒にいるのがこの上なく楽しい。
ここしかねえ! 本気でそう思った。
だから、一番起こってほしくないことが現実に起きるかもしれない、となった最近、彼には言いようのない恐怖があったのは事実だ。
「彼のことを良く見ているね?」
そんな折だった。
最近店にやってくるようになったビジネススタイルの女性に話しかけられたのは。
「え、あ、すみません」
「かまわないとも。可愛いよね彼女。女を狙う男の目だったよ」
「不快でしたか」
「いいや。でも、君の中にはそれ以外の暗い感情もある。今は周りに客もいない。少し時間はあるかい? 君にいい話があるんだ」
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俺たちの店は既に解体作業が終わっていて今はいくつかの物資がおいてあるだけの空き地に近い状態になっていた。
ここがいい、とハッシーに連れられてきたが、彼に今のところ大きな異常はなさそうだ。
ただ、ここではない別のところから少し嫌な感じがするので、もしかするとレイたちの方に何かあったのかもしれない。
でも向こうから連絡はない。その間は俺はハッシーに集中だ。
大事な話って何だろう?
「先輩。俺と付き合ってくれませんか?」
やや緊張気味のハッシー。
「どこに?」
首をかしげて分からないと伝えると、ハッシーは困惑する様子。どこに行くかを言えばいいのに。
まさか。俺を良からぬ場所に連れて行くつもりじゃ。
「そ、そういう意味じゃなくて。彼女になってくださいって意味だったんすけど」
え? 誰の?
彼女って代名詞だろ。
――って。は? はい?
少しのタイムラグの後に嫌なことを想像してしまったけど、まさか俺が! お前の彼女?
ナイナイ!
「ななな、なんでそんな話になるんだよ!」
「冗談じゃないっすよ。一目ぼれでした。元々男だった時から好きでしたけど、女の子になった先輩が、俺、さらに好きになっちゃって」
「ミィ」
え……。ええ……。
反応に困る。なんと返せばいいんだろう。
正真正銘の女の子扱い。からかうやつに可愛い言うな、と反論するのはとっても簡単だが、今回はどうすればいいんだ。
ハッシーは俺を侮辱するような奴じゃない。きっと嘘は言ってないんだろう。だから本気でそうなら、女扱いしやがってふざけんな、というのもかわいそうだ。
最近は少しずつ女扱いも寛容に受け入れられるようになった。俺は男だ、と意地を張るのは続けるし、やはり本当の俺はそっちだけど、この姿だって俺の一部だ。
嫌味や侮辱など、後ろ向きな理由で巫女姿のことを言うやつは許さないけど、そういう理由なしに俺を女扱いする相手には嫌悪感はそれほど抱かなくなった。だからか、ハッシーの告白も拒否反応はない。
まあ、うれしい、ともならない。さすがに彼女として、とまでは折り合いはつかないし。そもそも今俺はそういうことを考えている余裕はない。
レイとの約束を果たすために考えないといけないことが多すぎる。強くならないといけない。いろいろと学ばないといけない。周りにも気を付けないといけないし。
そうか。
そう思うと、俺はちょっと前のバイトをしてただけのころと状況が大きく変わってるんだな、と自覚するな。
「ちょっと……驚いた」
「だめっすか?」
「絶対嫌とか、気持ち悪いとかはないよ。でもうんとは言えない。この姿は永続じゃないかもしれないんだ。それに、いきなりそんな風にお前のことを見られないよ」
「そうっすか」
「でも、急に呼び出していきなりそれかい。別に今じゃなくてもよかったと思うけど。マスターもミウさんも無事だし、俺たちも無事だ。店は、また建て直せばいい。あれじゃなきゃダメって執着じゃないだろ?」
「ああ。はい。それは、まあ。遅くならないうちに言っておきたくて。先輩は今、遠くに行っちゃいそうな気がしたから」
「京都を離れるつもりはないけど……いや、言いたいことは流石に理解したよ」
「言うべきことは今じゃないと言えない。俺は先輩が好きです。昔から頼りになる人として、今は、ちょっと別の意味も含めて、俺からはなれて欲しくなくなっちゃって。先輩があの学校に通い始めて、全然来てくれなくなって寂しかったんですよ」
「それは、悪かったな」
「いえ」
何も残っていないはずなのに、俺たちの視線はずっと建物があったはずの場所へと向いていた。
「先輩はやっぱり、あの女の子が好きなんですか?」
「どうだろうな。俺は最後まで全力であの子の味方になるって約束したけど。そういう目線で言えば、ふさわしくない気がするよ」
レイは俺なんかよりもずっと強くて、ずっと高貴な身分で特別だ。俺から返せるものなんてほとんどないと思う。
でも、そういうプレッシャー抜きなら、初めて、恋してるかもしれない。こいつがなぜか俺にそういう感情を向けてるけど、俺だって人のことは言えない。理性とは別に情熱を誰かに向ける理由はあるものだ。
「俺はもう。先輩に危険な世界にいてほしくないです。フラれたってそしたら俺の店で雇って一緒にいてもらいます。相棒として」
「執着強くない?」
「俺は一緒にいれればいいってことですよ。だから、俺としては危険なことは、もうやめて欲しいと思ってます。お金が必要なら、俺がちゃんと一人前になって絶対不自由させないですから」
「戦場に出ることとか」
「まあ、俺のわがままだとは思ってますけど。思いは、言わないと伝わらないって思ったので。遠慮なく言わせてもらいます」
「……お前の言葉はわかった。ただ、そうするとは言えない。俺が戦っている理由も、安泰やお金の為じゃないしな」
お互い、譲らなかった。譲れなかった。
思えばハッシーとは結構気が合うので、こうして真っ向から意見が対立するのは初めてかもしれない。
「じゃあ、先輩の代わりに俺が戦うのはどうですか?」
「それは、おすすめできないよ。そこまでやるくらいなら、はっきりお前のころをフる。もう二度と関わらないでって。お前に危険な目に遭ってほしくない」
「それは死ぬくらいつらいですよ。でも、それしかどうしようもない気がするんですけど」
「俺は死なないよ。だから今まで通り。まだしばらくはそれでいいじゃないか。俺がやること終わって、その後は、また変わってるかもしれない」
「今のままは……嫌なんですよ。行動しなければ先輩は、この街がなくなってしまうかもしれない」
ハッシーから流れてくる言葉には少し恐怖が混ざっていたような。
「知ってますか? 街の人たちは今めっちゃ不安なんです。悪霊が増えて、神人の襲撃も増えて、軍や御門は対応が後手後手に回ってる。もしもの時には役にたたない。ならだれが俺たちを守ってくれるんですか?」
それは……とまで口が動いて言葉に詰まる。それらはすべて事実なのだろう。襲撃が多ければおのずと被害者も増える。
御門さんがかつて言っていた。このままでは京都が滅びる。御門さんは神人の侵攻により、と言っていたがそれに加え悪霊の増加もあれば、京都の人々は否応にも感じるだろう。
このままではこの京都が、人間最後の楽園が滅びると。
「だから、さっき言った俺が戦えればって話。軍も御門も俺たちの自衛手段は用意しないから、俺たちに手段を用意する会社が最近できたんです」
ッ……! 話が一気に不穏なほうに流れそうだ。
「俺もそこの人に誘われて、1つ、物を買ったんです」
取り出したのは一辺10センチの立方体の箱だった。どう使うかは、見た目だけじゃわからないな。ただ、それを見ると心がちょっとざわつく。
「ハッシー、それは。武器なのか?」
「はい」
おいおい! ダメだろ……!
「京都の人は御門家か軍が許可している自衛のための武器以外の所持は禁止されてる。それは違法なものだよ」
「はい。でもこれ、街で結構流行ってるんです。俺も、ちょっと気になって昨日買ってきました」
結局、安住が持ってた危機感は的を射ていたわけか……。
でも責められはしないかもしれない。不安なのはずっと伝わってきてたから……。
怒らないけど、諭す必要はある。俺が台詞を考え次の言葉を声に出そうとしたとき。すごく、嫌な気配を感じ取った。
「うわあああああ」
「くるなあああ!」
タイミング悪く、近くで悪霊が発生したようだ。
頭が冴える。今まで困惑半分、ハッシーと腹を割って話せている充実感で半分の気持ちを、迎撃のために切り替える。
いかなきゃ!
「ハッシー、ここで待っててくれ」
俺は彼をおいて走り出した。
「先輩! 待って。いかないで! 危険に自分から突っ込む必要なんてない!」
「そういうわけにはいかない!」
ハッシーは俺が戦うのがいやらしいけど、俺がこの力を得て、どういう風に使いたいかはずっと変わっていない。
誰かが行動したから救われる命がある。俺が行動してそうなるのなら、行くべきだ。
俺を止めるハッシーを置いて行った。
(part2へつづく)
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