第54話 9 5日目 監視班、サキちゃんとまさかの遭遇
(9)
*******
最近の京都はおかしい。
悪霊が強力になりつつある。そして数が多くなりつつある。
何より昼間に悪霊が現れ、京都の人間が危害を受ける機会が多くなってその分被害者も増える。
地元で愛される飲食店で働いていると、京都の人々がどういう印象でその事実を受け止めているのかが聞こえてくるものだ。
「こないだミクが襲われたって……」
「え、大丈夫だったの?」
「幸い近くに軍の子がいたから、大丈夫だったみたいだけど」
「マジで、とっとと何とかしてくれないかな。そのための軍なのに。私が襲われたら絶対あいつらを呪ってやる」
「軍はもう少し仕事してもらわないと困るっつの」
「そう怖い顔で愚痴るなって。考えてもしょうがないだろぅ。でも俺らじゃどうにもできんしな」
「もしもだよ。俺子供いるからさ。俺の知らないところで襲われたりでもしたらさ。夜もねむれねえ」
「おまえはそうか。夜しかねれねーなんて冗談も言えねえなそりゃ」
彼がそれらを見てまず思ったことは。
今はバイトに入る数が減り、戦いを学び悪霊と前線で戦うようになってしまった先輩のことだ。
(そんなこと、他の人に任せればいいのに)
と思ったこともあったが、応援しようと覚悟を決めたはずだ。
はずだったが、ここ最近の情勢を見てやはり、不安は彼を少しずつ蝕んでいく。
*******
集合時間の30分前には既に要塞の前で立っていた。
監視役に俺に安住が注意点を述べる。
「いいか。体には接触するな。何かあったらすぐに剣を抜け、後は――」
安住はめちゃくちゃ警戒している。レイも心配そうに俺の手を握っていた。かわいいね。
「物騒なことばかり言うなお前。大丈夫だと思うよ」
「油断が命取りになる」
安住の中ではとっくに敵扱いなわけね。
「レイ、私たちは3方向から適正な距離を保って尾行します。何かあればこれに呪力を込めてください。すぐに駆け付けます」
呪符だ。意図はすぐ理解できる。デバイスだと万が一、万が一ね、何かあったときに怪しまれてしまう。呪符なら服の中にでも忍ばせて何かあれば呪力を込めるだけでいい。
「まあ、大丈夫だと思うけど。わかったよ」
ところで監視班は結局誰になったんだろう?
「俺の監視って2人だけ?」
「俺とレイがペア。和幸さんも手伝ってくれるって言ってるから、屋上から常に矢を構えてる。そして東堂先輩と松井が手伝ってくれることになった。てか俺がおごりで釣った」
ガチすぎる……。
「そしてそしてもう1班」
「まだいるのか」
「軍以外の人間を4人雇った。全員、人型悪霊なら1人で仕留められる連中だ」
「やりすぎじゃない?」
「やりすぎくらいがちょうどいい。お前の姉の教えだぞ。それに相談したら倍の監視はつけろと言われたからな。大好きなお前のために」
ひぃ、姉貴怖いね。
「分かったよ……。でも何も情報がなくても俺のせいじゃないからな。そこまで人をよこして」
「分かってる。お前はお前の思うままに行動すればいい」
じゃあそんなの直前に聞かせないでくれ、とは流石にワガママすぎるか……でも、緊張しちゃうよ。
約束の時間。
「先輩!」
バイトで入店するときの服装と同じようなカジュアルな格好で来てくれた。
「うお、先輩、可愛いっすね」
「いうな。軍に私服持ってきてなかったから友達に借りたらこのざまだ」
俺も同様にバイトで入るときと同じ……とはいかなかった。まさかハッシーと会うとは思っておらず、私服がない。
そこで林太統に相談したのだが、
『何を馬鹿なこと言ってんの。その姿で男の服とかダメ!』
と近くにいた如月ともども言われ、さらになんと姉貴にチクりやがった。そのせいで姉貴から支給されたのはまさかのミニスカート。くそぅ。
「でも私用のときに軍服で出るのはダメだしさ。仕方なく」
「似合ってますよ?」
「俺は嫌だ。なんか足が心もとないよぅ。で、大事な話があるって聞いたけど」
「時間あります?」
「お昼までなら」
「ちょっと、デートに行きません」
「やめろよその言い方。でもいいよ。お昼までなら空いてるから、少し散歩するくらい」
勝手にしていいとは言われてる。少し歩くのは問題ないだろう。
「うし、じゃあ行きましょうか」
おいハッシー。
「さすがに手は握らないぞ」
「へへへ。ばれたか」
*******
礼が、リバーンカンパニーに関わるなりそこないと接触したと思われる重要参考人と2人で歩き出した。
距離にしておよそ50メートル後方。
監視役の2人、安住とレイが尾行する。
「どこ行くんでしょうね?」
「進行方向は、見たところ店の跡地だな」
少し離れた場所で2人並んで歩いているのを確認し、レイは『私だって最近デートしてないのに……』とぼそりと言ったところ、呆れたようで安住はため息をつく。
「だが、奴は重要な話があると言ったんだろう。そのメールは俺たちも確認した。だが話をするだけならなぜ移動する?」
「軍の要塞だと都合が悪いということですね。礼は彼を信じているようですが、私から見ればあまりにも怪しすぎる」
2人は〈透化〉を使い体を透明化させている。さらにレイが〈霧中〉を使いあらゆるレーダーに自分たちが感知されないように細工しているため、一般人が感知できる可能性は著しく低い。
安住の予想通り店の前で止まり、2人が何かを話し始めた。
会話の内容はレイに届く。
『マスターに会いましたか?』
『会ったよ。2人とも治療が無事できて安心した。そういえば、ハッシーが最近めっちゃ頑張っている、ってマスターに教えてもらったよ』
『あ、マスター言っちゃったんですね……へへへ。専属シェフとして店がつぶれるまで一生雇ってあげるって言われてます』
『その代わり厳しい毎日だって聞くけど?』
『マスターの料理への情熱はすごいっすから。でも勉強になることばっかりで。まだ俺いろいろと学ばないといけないですよ』
レイがほっぺをぷくーと膨らませて2人の会話を聞いている。
一方、安住のもとには他監視役からの連絡が来ていた。
「松井? 異変とは?」
「重要参考人とは関係ないが、俺のところから武器の密売が確認できた。見たところ、呪符と箱のようなものを売っているみたいだ。もしも俺たちの追うあいつがその手のものを出したら」
「写真はあるか?」
「今送る」
写真を受け取ってレイに見せる。レイが箱のほうに注目した。しかし安住は写真にある片手で持てるほどの大きさの箱には見覚えがない。
「どうも、見覚えがある気がします。けど、思い出せない」
「だがお前のその反応。おそらくは……」
そこで安住が口と止めた。
「見られてる」
「はい。でもおかしいですね。私たちは今『見えない』状態のはずです」
銃を片手に視線を感じた方向へ向ける。
少女が1人。
ツインテールで御門家の袴を着ているその姿を、レイは覚えていた。
「サキちゃん?」
「こんにちは。レイ様。すみません。お仕事中でしたよね」
レイが味方である旨を安住に伝えようとして、銃をおろすように助言しようとしたが、そこで安住の異変に気が付く。
らしくない。銃を向けたということは、安住が敵かもしれないと判断したということだ。
悪を倒す、その使命に忠実なはずの安住が、正体不明の少女を相手にフリーズしている。
「安住さん?」
小さな声で『似てる』とつぶやいたのが少し気になったが、可愛い後輩みたいな少女を困らせないように安住に銃をおろすよう伝えた。
「あ、ああ。すまない。御門家の者か。謝る」
サキはいきなり銃を向けられたにも関わらず、むしろ嬉しそうな顔をして、
「いえ。まじめな軍人さんを驚かせてしまったのは私なので。お2人に伝えなければならないことがあったので、失礼を承知で接近しました」
と丁寧に応対した。
「お前の知り合いか」
さすがにレイは『なりそこないの1人』と正直伝えるわけにはいかなかった。今は礼とハッシーの件に集中したく、余計なトラブルは起こさないほうがいいと思っている。
「私と礼の知り合いです。悪霊や神の核関連の調査をしてて、私たちにもたまに力を貸してくれる強い呪術師です。御門家の上位呪術師よりも腕が立つ」
「〈透化〉を見破るのもおかしい話ではないと」
「敵ではありません」
レイはサキに目を合わせると、サキもそのつもりだと伝えるため、疑いの目を向ける安住にうんうんうんとうなずきまくる。
安住はとりあえずはレイの話を信じた。
「で、俺たちに用とはなんだ?」
「私はレイ様と夢原さんの味方です。そして正義を執行する軍の皆さんを京都の誇りだと思います。なので、おせっかいでもどうか私にもお手伝いさせて欲しいのです」
「気持ちはうれしいが他者を巻き込むわけには……」
安住は正しい返答を返そうととして、少し悩むそぶりを見せる。
しかし、彼女を巻き込むかどうかを検討するのではない。
声として伝わってきた内容と、口の動き方が、最後の一文だけ異なっているように見えたのに気が付いた。
レイは気が付いた。ゆえに安住に耳打ちする。
「サキちゃんはこう言っているように見えます」
『気を付けて』
『あなたたちは今、尾行されている』
(第55話「10 リバーンカンパニーからの刺客」につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます