第53話 8 先輩、明日会えませんか?(part2)

「マスター。今体調は?」


「平気だ。大門君に感謝だな。彼が前衛に立って、伊達家の男やなりそこないと殴り合いしてくれなきゃ死んでた。あの子は、勘違いされやすい言動だけど、いい友人だね」


「そうですね」


 そこに関しては俺は否定しない。大門はいいヤツだ。あとで大門にも感謝を伝えに行かないと。


「夢原君こそ、インターンは大変なんじゃないかい?」


 まあ大変だけど、でも今までこうして無事に来てる。


「そうですね。働くってなったら、ちょっとしんどいかも」


「うちのほうがいい? 私としては助かるよ。君は厨房でも接客でもいい戦力だ」


「あははは。まあ、そうですね」


 マスターはいつものような穏やかな顔だ。


 マスターに関しては気になることがある。あの魔人武装使いが言っていた。マスターが結界術を使ったと。


 俺はそのことを尋ねる。


『さすがにそこまで聞いたら隠せないね』と苦笑しながら、マスターは自分の過去を語ってくれた。


「私はね。昔は御門家の一員だったんだよ。白虎本家で幼かった栞様の近衛だった。だが、8年前の百鬼夜行で両目が見えなくなってね」


「え?」


 知らなかった。全盲だったのか……!


「普段は呪力感知で周りの物体の輪郭を脳で認識してるんだ。だがさすがにもう前線では戦えなくなった。白虎家に退職願いを出して受理されたあと、あの店を始めたんだ」


「料理はそのころから?」


「幸いもともとうまいとは言われてたからね。私はもともと戦闘員だったから、もし悪霊が出ても安心して店を守れるだろうと思っていた。いざこうなってみると、難しいものだね」


 確かにマスターが先ほどまで読んでいた本は呪力を感じる。多分見なくても読めるように工夫してるのかな。


「最近はね。ハッシーもずいぶん気合が入ってたんだ。この店の正社員にしてくれって言っててね。うちそういう制度ないけど、朝昼夜1日やる専属シェフなら任せようと思ってちょうど修業を始めたところだったんだ」


「もう、後継ぎ育成ですか? まだ早いんじゃ」


「今日みたいなことが起きたらそうでもないよ。でも死なずに済んでよかった。まだ専属シェフまでには教えないといけないことが山ほどある」


 それは知らなかった。


 そりゃ、あれほどショックを受けて混乱するよな。


 当然だ。それは。


 そこまでの覚悟とは思ってなかったから、それに対して俺のあの時の言い方は、ちょっと冷たい反応だったかもしれない。


「ハッシー、お見舞いに来てたと思うんですけど。どんな様子でした?」


「私が起きたら、安心してたよ。よかった、本当に、って泣きそうな顔、だったと思うよ。少し話をしたら部屋から元気そうに出て行った」


 そうか。少しでも立ち直ってはいるのか。少し安心した。


 ぶるぶる、とデバイスが震える。


 軍用ではなく、俺の通信用のデバイスだ。


 通話ではなくメッセージ。


 開いてみると、ちょうど話題に出していた。


『先輩。大切な話があります。明日の午前に会えませんか? 返事は今日中にしていただければ嬉しいです』


 たったそれだけ。


 俺はすぐに返事を返す。


『わかった。じゃあ、軍の要塞の玄関まで来てくれ』


 目が見えていなくとも俺デバイスでメッセージを送っている手を的確に見ていたから、本当に呪力感知が目の代わりになってるんだな。


「今、ハッシー君から?」


「はい」


「……なんだか、夢原君。顔色が良くないね」


 う……バレてる。


 どうしよう。マスターは何も知らないかもしれないし、軍が口止めするべきだと判断する可能性もある。


 でも、店で変な女に口説かれてたという光景は見ているかもしれない。


 それとなく。確認だけしてみよう。


「マスター? ハッシーが最近、変な女の人に絡まれてませんでした? そういう噂を聞いてて」


「嫉妬かい? 意外と君たちらぶらぶ」


「いや、そーいうんじゃないです」


「うん。最近は結構アプローチがあったからね。私もその光景を何度も見ている」


「ハッシーはどんな感じでしたか?」


「ひたすらに困っていたようだったが、向こうの話は彼にとって魅力的だったかもしれないね。私は彼が怪しい話に流されないタイプだと信じてはいるけど」


「どんな話をしてたかとかは……?」


「それは、彼から直接訊くといいんじゃないかい? 私にも届いた声があるが、仕事をしながらだったし正しい確証がない。仲が悪いわけじゃないだろう。君が軍の仕事で協力を彼に依頼するとなれば、善良な市民である彼ならば、答えてくれるはずだ」


「そ、そうですね。そうします」


 マスターはハッシーのことを全面的に信じている。


 マスターのその態度にちょっと安心した。俺もハッシーがそそのかされて武器の密売で変なものを買わされたり、妙なことに巻き込まれていないと信じている。


「彼のことは心配いらないよ。彼は君が好きだからね。君が犯罪が嫌いな正義感の強い人だと知っているんだから。君に嫌われるようなことはしないよ」


「そうですね。うん。じ、じゃあ、俺、仕事に戻ります。店の復旧で何か必要があれば呼んでください!」


 ただそれでもやることはいくつかある。


 ハッシーはさっきの話の流れからして、リバーンカンパニーのなりそこないと思しき存在と接触していた重要参考人だ。


 俺が勝手に会いに行ったら、安住等先輩たちや姉貴に迷惑が掛かるかもしれない。


 まずは相談してみるしかないか。


 そして、気になるのは、さっきのハッシーのメッセージ。


 大事な話っていったい何だろう……?


 妙な話でないことを心から祈っている。どうせなら、

『先輩。付き合ってください!』

 と、思いっきり女の子扱いされる方がまだ安心できるというものだ。


 まさかそんなことを思う日が来るとは思わなかったけど……。


 「夢原君」


 部屋から出る直前。マスターに呼び止められ、ちょっと体をびくっとさせてしまった。


「はい?」


「また一緒に、あの店やろう。君の席も、ずっと用意はあるから」


「俺、タダのバイトですよ? そこまで言ってくれるのはうれしいけど」


「私は本気でお手伝いしてくれる子は最後まで面倒を見る覚悟だよ。君がその気ならね。君は君が思っている以上に、仲間として私も、ミウも、そしてハッシー君も、君を大事な仲間だと思ってる」


「はい。ありがとうございます」


「だから、彼を最後まで信じて味方になってくれ。さすがに軍に問い詰められたり、怖いことがあったら彼も不安になってしまう。ハッシー君のこと、よろしく頼むよ」






 安住に相談した。


 俺では判断しづらい、と姉貴に報告したところ。任務に出ている姉貴から直接メッセージで返答が来た。


『会ってきなさい。その代わり、あなたたちのことは誰かが護衛する。あなたは知らないふりして彼と過ごして』


 護衛というが、レイが、

「監視、という意味合いが強いでしょうね」

 とズバリ。


「もちろん私も監視するつもりでしたが」

 と、こちらは俺のことが心配なのか堂々とストーカー宣言をした。


 とりあえず安住とレイ、そして万が一を考え監視は如月たちを巻き込んで夢原隊で行うのではなく、安住が腕のたつ味方を用意するそうだ。


 それで、会ってみることになった。


 俺は情報を聞き出そうとか、そういうことは気にせず俺の好きに、流れに身を任せていいそうだ。


 それは少し気が楽だな。


 いつもハッシーと話すときに近い感覚でしゃべれるだろう。


 ただ、俺も訊くべきこと訊くつもりではいる。


 なんか。緊張するな。ハッシーは後輩だから普段はプレッシャーとかないんだけど、今回は少し感じずにはいられない。

(第54話「監視班、サキちゃんとまさかの遭遇」につづく)

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