第53話 8 先輩、明日会えませんか?(part1)
(8)
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本人は嫌がるだろうから決して口にはしなかったことは彼にはある。
彼は夢原礼に対して抱いていた感情は多い。
頼れる先輩。元気な先輩。頼もしくて自分がついていくにふさわしい。
元々美男子――少なくとも彼にとってはそうだった――だったため、たまに見せるしぐさが可愛いのもチャーミング。
そう、彼にとって夢原礼はとっても魅力的な先輩だった。
それが、いきなり見目麗しい――少なくとも彼にとってはそうだった――美少女になって自分の前に現れたとき、彼の中に新たな感情が生まれた。
(先輩にふさわしい人間になったら、一度その思いを打ち明けてみよう)
彼の選択の原因を作ったターニングポイントはここだ。
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とりあえず基地の奪還の任務は終わった。
車での帰還のなか、話はあの男が語ったリバーンカンパニーの詳細が和幸さんから話されることになった。
「罪状は一般人への武器の密売だ」
「武器というと、一般人なら銃が考えやすいですが」
和幸先輩か納得いかない様子だ。
「銃を使うだけなら、御門家が護身用に売っている悪霊自動迎撃用の式神のほうがいい気がするな。本人が負うリスクが圧倒的に違う」
反逆軍や十分な隊員の巡回、御門家は京都の各地に数多くの活動拠点を置くことで悪霊への素早い対応ができるように対策しているが、それでも万全とは言えない。
そのため御門家では、一般人の自衛ように自動で使える対悪霊迎撃手段を用意している。使用者に生命リンクの呪術障壁を張り、式神が悪霊の相手をする。式神が死ぬか強力な攻撃を呪術障壁が受けるまでは、呪術障壁は壊れない。
これにより使用者に逃げる時間を与え、戦闘員の到着までの時間稼ぎをする。
御門家や軍で販売しているが、1枚800円とバイト1時間分という安さのため、少し防衛意識が芽生えたらすぐに買うことができる値段だろう。俺も前に買ったものは持っている。今はまあ、使う機会はないな……。
「普通の犯罪組織なら確かに銃の密売程度が関の山だろうが、なりそこないの場合、それを含めてできることは多そうだ。ただあの会社に入っている一般人が危害を加えられたという報告がない」
安住が和幸に質問を重ねる。
「そもそも、密売なんて小さな犯罪をなぜ独立魔装部隊が中心に対処する予定で?」
「そりゃ、密売なんてこすい真似すんの神人の仕業だと思うじゃん。武力で無理やり人さらいよりは、人間を洗脳して、自発的に協力してもらう方が見つかりにくい。人間狩りの手段の1つだろ? そういう手を使うやつに限って実際戦ったらつえーんだよ」
「それを危惧して一般兵には情報が降りてこなかったんですね」
今回の任務で、中継基地入口で援軍を警戒と脱走兵の処理を担っていた松井先輩が、
「なりそこないの場合、人間自体を使う、という選択肢はあります。朱王は人間を以前焼いたとは安住から聞いてますが、呪術に長けるのなら、操るとか、呪術を用いた洗脳とか。危害が一見ないようにも見える」
と興味深い1つの提案をした。
レイがそれに少し心当たりがありそうな様子。
「確かに、主犯がなりそこないなら呪術を使い、そのようなことをするかもしれない。私もやろうと思えば一般人相手ならできると思います」
……あまり考えたくないな。本気でぞっとする。
なぜなら、さっきあいつは妙なことを言ってた。
『店員の男の子にも熱心に勧誘してたね』
まさかハッシーのことじゃ。
でも彼はしっかりしている後輩だと思うし、怪しい勧誘の言葉に引っかかるような奴じゃないと思ってはいるんだけど。
心配だ。もし彼に何かあって、それがなりそこないの仕業だったら、俺に無関係というわけにはいかないんじゃないか?
すぐにでも、会いに行くべきだ。今、彼は救急搬送されたマスターとミウさんの近くにまだいるだろうか?
社内に放送が入る。運転をしている鈴村総隊長から全員に声が届く。
「とりあえず今日はご苦労だった。後始末はすべて和幸にやらせる。基地に帰還後各自解散。明日もお前たちの体は借りる。俺の権限でお前たちの明日午前はオフにしておくから、体を休めるなり、やることをやるなりして、また午後に独立魔装部隊本部に来てくれ」
要塞に戻り、レイは隊室に戻ろうと俺に提案したが、
「ごめん。先にマスターとミウさんの様子を見に行くから戻ってて」
と、レイにしっかり休むよう提案して一時別れた。
レイはかなり激しく戦ってたからな。ここに戻ってくるまで平気そうな顔をしてたけど、俺から見れば疲れがたまっているのが分かる。俺のわがままに付き合わせる必要はないだろう。
それにお見舞いだけだ。
結局2人が運ばれたのは軍の要塞の中にある救急病院だった。
伝えられた部屋が救急治療室じゃないことに安心したけど、大門はまだ治療中らしい。命に別状はないが、再現治療師が近くで経過観察しながらの絶対安静で面会NGが出ている。
マスターのいる病室へ。
ミウさんはまだ寝ていた。マスターは隣のベッドで読書をしていたところみたいだ。ハッシーは……いない。もう帰ったんだな。
あとで連絡を入れる必要があるか。
「お、夢原くん」
周りは俺が巫女姿になってから結構女子的な呼び方に変えている人が多いのだが、マスターはずっと同じ呼び方をしてくれているのでちょっと安心というか……。
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