第52話 7 道連れにしてほしいやつがいる
(7)
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増える悪霊。人間の敵だ。
増える神人。人間の敵だ
増える事件。敵の仕業だ。
それらは正しく処理され解決されたとしても、敵によって引き起こされる度重なる事件があれば、『治安が悪い』、『職務怠慢』、と無知であり、正義と万能と思う人々の不安は増大していくばかり。
不安は人間を衝動で突き動かしやすくする。怒りを増幅させ、あるいは心の平穏を奪って人間を狂わせ、あるいは誘惑に滑り落ちやすくする。
特に敵によって生きる希望を奪われた者は、彼らのすべてが次を前向きに生きようとは、この情勢では思えなくとも仕方がないと思うだろう。
……大分脱線してしまった。話を戻そう。ここまでの話は全て、彼の選択の理由を語るのに必要な前提条件だからだ。
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屋上で仰向けに倒れながら必死に延命する魔人武装の男を退屈そうな目で見る和幸。
とどめを刺さないのは単純。残念ながら今撃っても鎧を貫通できないからだ。この男にとどめを刺せないからだ。
「いてぇ。しぬぅ」
「じゃあとっとと死ね」
「いやだね。矢の風止めるか彼女を呼んできてくれよ」
「お前の戯言に付き合うつもりはないんだが?」
「そう言うなよ。別にもう何もするつもりはない。ただ伝えないといけないことがある」
「俺に言え。っと、運が良かったみたいだぞ。お前の望みが叶いそうだ」
まず屋上に東堂と平沢が地上の部隊をたった2人で鎮圧したため、屋上で困った顔をしていた和幸を見かねてやってきた。
「なぜ殺さん」
「やってみろ。硬すぎてムリ」
実際に2人が攻撃しても、矢が刺さった部分以外、鎧は今も装着者を守っている。あまりに硬さに平沢が、
「よくこんなメタルなやつ倒せたな。1回攻撃して1ダメージ入ったらラッキー的な」
とため息をついた。
その後すぐ、魔人武装の男が開けた穴から、地下に残された3人が姿を見せる。
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倒されてる……! さっきあんなに相性悪そうだったのに。
「ふうん。やるじゃん」
高須くん、なんだか上から目線の言い方じゃない?
ほら、聞こえてるよ!
「お前、なんだーその口のききかたぁ?」
「うわ、地獄耳」
「てめー後でやるか。偉大な先輩の力を思い知らさねば」
和幸先輩、それは負けフラグでは……?
それはともかく俺が気になることは、俺が屋上に来たときに、『黒鉄』はこちらを向いていたということ。
「ああ、来てくれた。ねえねえ、巫女ちゃん」
ちゃん付けはやめて欲しいものだけど、俺に何かあるのか。ちょうど俺も訊かないといけないことが、
「戯言はいいです。私が斬ります」
その前にレイがとどめを刺そうと剣にすごい呪力を集めている。
それを見て観念したのか『黒鉄』は恰好つけるのをやめて、
「まった。まった。降参だ。もう何もしないから。せめて最後の戯言くらい言わせてくれよ」
と、命乞いをしたのだがレイが止まる様子はない。やる気満々、すぐにでも首に黒い炎を纏った刃が通るだろう。
「ちょっと、まって。頼むって。ほら、巫女ちゃんの方が何か訊きたそうな目で俺を見てるよ?」
「うるさい」
それは事実だ。なので俺が止めないとレイは止まらないな。
「レイ。待って」
「礼、情けをかける必要はない」
「いや。尋ねたいことがあるのは事実だ」
「え、そうなんですか?」
ふう。止まってくれた。先輩が『おっかねー』とレイを評していたがあながち否定できないな。
それはともかく。俺は尋ねる。
「あの店を焼いたのは他に犯人がいるのか」
「ああ。そう。それだ。俺は死ぬ。でも延命してたのは、特に君に伝えておきたいことがあってのことだ。俺の戦い方を見ただろう? 俺がやったなら店があんな派手に燃えないし、この鎧も建物が燃える程度の炎で炎上はしない。違和感はないかい?」
ああ、言われてみたら、確かに」
「道連れにしてほしいやつがいる。だから最後に俺があの店で見たもう1つの悪を教えておく。俺はお前らにとって害虫、外から危害を加えるのなら、あの店にいたもう1つの脅威は、俺も近づきたくない、この街のガン細胞みたいなものだ」
そうか。1人だけじゃなかった。
この場の全員が驚きか『まだいるのか』とうう面倒くさそうな顔のいずれかをする。
今朝のあの店の炎上事件はこれで終わらないということなのか。
黒鉄は今朝の状況を語り始めた。
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連日の任務に失敗した俺は、失った戦力補給、いや正しくは下で君たちが見た機械兵に入れる人間の脳の補給に行く予定だった。
いい狩場を京都で見つけるのも俺の仕事の1つでね。いい狩場というのはその場で狩るだけでなく、人間を継続的に供給する場所だ。
2年前、そういうのを目論んで孤児院に目を付けた先輩がいたなぁ。あれ、なんかめっちゃ殺気を感じるから話を戻そう。
だから俺が目を付けたのが、あの料理がうまい飲食店だった。俺が後ろ盾になって建物を守る代わりに少し便宜を図ってもらおうと、まずは下見をするためにここ数日通ってたんだ。
そして気が付いた。
俺たちのほかにこの店を狙う連中がいる。調べてみたら以前『影』がこの街で大事を起こしてから現れた会社があるってことでね。
その連中の一員らしき女が、その妙な会社の宣伝をして店に来た人を引き込もうとしていた。悪そうな女だったよ。
そういえば彼女、日ごろから店員の男の子にも熱心に勧誘してたね。
『君の想い人が死ぬ前に、ぜひ私たちに協力させて欲しい』ってね。
俺たちの人間狩りが邪魔されるのも嫌だったからさ。
その日も店の中でのんびりコーヒーを飲んでいるところを始末しようと思った。
当然店の人達は怯えたものだよ。小動物が武力を前におびえる姿は実に愉快だった。
俺はその女を殺そうとしたんだ。
だが、藪をつついて蛇を出すということわざをまさかそこで味わうことになるとは。
まず、あそこのマスターが、御門家顔負けの呪術使いで、まさか領域結界術を使って俺を閉じ込めるなんてね。多分、他の客を逃がす時間稼ぎのつもりだったのかな?
それだけなら大したことはなかったんだが、俺の拳を受け止める前衛を客だったガタイのいい男に邪魔されたおかげですぐには殺せなかった。いい頑丈さだったね。
だがそいつらとの戦い俺が負ける要素はなかった。俺の魔人武装は貫けない。時間をかけてじっくりと追い詰めるつもりだった。
だが、それを見ていた、件の怪しい会社の女も結界に入ってたんだけどね。こっちは俺の魔人武装が一撃で貫かれて燃やされた。
あの店のマスターとその補佐の女性、そして青年を軽くいたぶって戦闘不能にした後、俺は徹底的にいじめられたよ。
いやあ、初めての経験だった。『黒鉄』が勝負にならないなんて。マスターの結界を解析して壊すという、圧倒的呪術戦闘力の高さを見せて、もうはっきりわかった。
藍色、いや、瑠璃の炎。
忘れるはずがない。
それを使うその女は、おそらく、本部が第零使徒を起動させる決断をした、京都の悪魔。なりそこないだと理解した。
燃える炎の中、何とか逃げるのは大変だったね。
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安住を見る。あの建物に最初に入ったのは安住だ。
「そんな奴はいなかった。ことが終わってあの中から逃げたのか」
「さあね。でもあの建物を焼き、京都で暗躍をしている組織があり、あの女は間違いなく、君たちの敵だ。俺が逃げたほうへ追ってここまで来たんだ。そのきっかけを作ったあいつに殺されたことになる。気に入らない」
なりそこない。
あの店を、遠慮もなく壊したのはそいつだと言うのか。そいつは最初から、俺のバイト先の店を狙っていたと。
いつかは来ると思ってたけど……。
俺は。
戦わないといけない。そいつと。
「リバーン、カンパニー。そう言ってた。まさか京都になりそこないが組織して管理する会社があるとは」
なに。その名前……!
「もともとここの制圧がなければ、突入捜査をしようとしていた組織ですね。まさかここで名前が出てくるとは」
和幸さんが舌打ちしながら『黒は黒でも思ったよりヤバそうだな』と今後の仕事が大変になったことに不満を漏らしていた。
『黒鉄』が苦しそうに傷口を抑える。それでも口を止めなかった。
「ああ……、思い出した。確か一般人に武器を密売してる組織だったっけ。本部からも気にかけておけと言われてた。なら君たちはそいつらもぶっ飛ばすべきだ。俺の脳を調べれば、店が燃える前何があったのかも分かる。それを根拠につぶせるだろう?」
東堂さんが、
「何故貴様の言うことを俺たちがきく前提なんだ」
と問うたけど、
「そりゃ、悪を殺すのは君たちの役目だろ? 俺をやったんだ、公平に向こうもやってくれよ? そもそも、放っておけば間違いなく京都は破滅する。言ったろ? あれは癌の類だ」
と悪びれもせず返答。
「巫女ちゃん。たしか君、あの店でバイトしてるだろう? なら橋本くんとも知り合いだよね? その女のことを聞いてみると、リバーンカンパニーの話を聞けるかもよ? うん、言うべきはおおむね語った。じゃあ、もう補修も苦しいし、後は任せるよ。そいつも地獄に送ってくれ」
口を閉じた。
レイに安住が目配せ、そしてうなずく。
それを合図に、レイがその男にとどめを刺した。
でも、俺の心は一件落着の安堵とはならない。
新たな敵。リバーンカンパニー。そしてハッシーがもしかすると接触してるかもしれないという、身近に迫っている危機。
怒りと責務が混ざった衝動で体にエネルギーが満ちるのを感じる。
(第53話「先輩、明日会えませんか?」につづく)
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