第51話 6 神人と戦うのが守護者の役目でね(part2)

 燃える炎の中。


 レイは走り、剣を振るい。あるいは術を発動して炎を走らせ、あるいは整備し終わっている機械兵を無理やりハッキングして襲わせる。


  槍と剣がぶつかり、大砲を持つ使徒がレイに狙いを定める。


 レイが前回と同じように、神の核を力を用いた法を敷けばこの戦いは一瞬で終わるだろう。


 しかし、未だ3割の力しか取り戻していない呪術の姫神子には、いくつかの制約がある。


 1つ。法を敷くには、対象の相手を視認している必要がある。


 2つ。現在の力で法を敷く指定範囲は指定した箇所から半径50メートル以内。


 3つ。神の核とのパスがまだ弱い彼女がこれを使う場合、空間事象の書き換えには多量の呪力を必要とし、使った後は、弱体化は免れない。


 以上3つの制約はおそらく半覚醒の5割5分、つまり全盛期の55パーセントほどまで力を取り戻せばなくなるだろう。


 それはまだ先の話だ。前回は腕輪を付けて一時的に神の核に近い力を引き出せていたため、1と3の制約がなかったから即座に使用した。


 今は切り札なのですぐには出しづらいうえ、法の書き換えには、自分の周りに別の空間を作る結界術の内部には、ルールが適用されない。


 相手にその類の能力を使う使用者がいると無駄になるため、相手の能力が分かるまでは控えることにしている。


 そのため今回の戦いは単純に呪術と剣技で戦うと決め、レイはまず相手の様子を見ている状況だ。


(興味深い機械兵ですね……)


 透明で見えない斬撃を飛ばしながら、翼を広げ部屋を縦横無尽に飛び続ける緑の使徒。顔は人間でありながら、その他がロボット。しかし人間がパワードスーツを着ているようにしか見えない姿だった。


 見えなくとも察知する方法はある。レイが最初の極式でこの炎を燃やしたのは単に攻撃の為ではない。


 温度の推移、炎の揺らぎ、周りが燃えることで察知する方法が増える。そしてこの炎はレイが操作せずとも炎がある限り敵を執拗に追い続ける自動攻撃兵器。


 使徒は淡々と攻撃をレイに向け続ける。跳んでく刃は立て続けレイにプレッシャーを与える。レイは走り、あるいは呪術や剣で破壊する。


 水色と青の体を持つ人型の使徒はサファイアのような輝きを放つ青い槍でレイに近接戦闘を仕掛ける。


 途中途中に氷や水の呪術による攻撃を織り交ぜた、近中距離に柔軟に対応できる攻撃がレイを縛る。


 縛る。この言い方がふさわしい。レイにあと一歩踏み込ませないよう、メインアタッカーの使徒はヒットアンドアウェイを心がけている。


 単純に剣技と槍技のぶつかり合いであれば、数回の戟音が鳴るだけで刃が喉元に届きそうになるほど、圧倒的な差があった。青の使徒は少しでも深く踏み込んだら、すぐに胴体の一部が飛ぶだろう。


 レイの手から炎。それを青の使徒は大氷塊でせき止め、爆裂と共に鋭利な雹を含んだ大嵐が起こる。風を操る緑の人型使徒と氷の造形を得意とする青の人型使徒の合体技。


 既に大穴が開いた天井に数々の穴がさらに開く。雹はシールドブレイク性能が高く、この嵐の中では呪術障壁はほぼ無意味。外で発生すればそれがハチの巣の人間を量産する地獄を与えるだろう。


 レイには届かない。


 この暴風で若干前が視にくくなっているものの、雹はレイに届く寸前、極式で用意した炎により燃え尽きる。


「極式、らい――」


 2回目の極式の詠唱をはじめた瞬間、レイに向けて熱融解光線、いわゆる高温レーザーがまっすぐ飛んで来て、レイはそれを回避するため、術式を中止して逃げるしかない。


 レーザーが通ったところは、機械兵も壁もありとあらゆるものが破壊されていた。壁を貫通し遥か先へ。大天使すら当たれば溶解させる使徒の特別な攻撃手段だ。


(言いたくはないですが、連携は完ぺきに近い。攻め切れませんね……)


 正確に言えば、建物ごとぶっ飛ばすほどの大呪術を使えば打開もできそうものだが、その場合後ろでかばっている愛しい礼とお友達もただでは済まないのでそれはNG。


 ちょっと面倒くさい、と思いながらも控えめに戦いながら状況を打倒するにはどうすればいいか、戦いながら迷っているため、レイは今あまり攻めに出られずにいた。



 *******



 レイの呪術は大嵐が起きてなお消えない炎となって部屋を焼き続ける。


(あちぃ)


 煌炎で身を守りながらレイのバリアを突破して急いで走る。


 高須くんには申し訳ないが今は彼に何かあっても自分で身を守ってもらうしかない。


 バリアから外に出て、レイと同じ空間に身を置くことではっきりと感じ取れる嫌な予感。


 足に炎を集中させ、その瞬間になった時。


 あ、来る!


 地面を踏み込む。


 狙いはレイの背後2メートル後ろの頭上。


 炎は俺の期待に応えて、十分な速さを俺に与えてそこへと導いてくれた。


 そこには何もいない。何も見えないし、どんなレーダーでもそこには何もいないと言っている。


 でも分かる。俺の強みだ。煌炎はあらゆる害意を敏感に悟る直感を俺に与えてくれた。


 狙い通りの場所。


 剣を振った。


 確かに感じた。


 与えた傷はあまりに浅いが、でも切っ先から伝わってきた感触は、機械兵のような硬い何かを斬った!


「よし!」


 4体目の使徒。黒い装束を身に着けた人型の機械兵。おそらくこいつも使徒。それも隠密に長けて、乱戦の中、相手を不意打ちするのを得意とするのだろう。


 だから俺以外、レイでも気が付けなかったんだ。


「うそ?」


 事実驚いていた。


 俺はレイの背後に立つ。


「……礼。夢衣みたい」


「余計なお世話だった?」


「いいえ。ありがとう。私、昔から大暴れは得意ですが、この手の攻撃は苦手で。1メートル以内とかに来てようやく気付いて反応が遅れることが多いんです。助かりました」


「ごめん。君の気遣いを無駄にしたけど」


「バリアのことですか? 気にしないで。でも、今度はそこを動かないでください。今から仕留めます」


「さっきの奴逃がしちゃったけど。また認識できなくなってるし」


「いいえ。一度見たのなら。十分です」


 レイは一度深呼吸。


「仕留めます」


 レイが俺の背後から勢いよく走りだす。俺は言う通り、周りを警戒しながら動かないようにしよう。


 レイがいた場所に高須君がフォローに入ってくれた。


「背後は守るんで、使徒の攻撃への対応に集中して」


「分かった」


 こういうところは高須君慣れてるな。事実飛んできた見えない斬撃と氷の刃を俺は斬った。


 高須君が俺が対応しきれなかったものを撃ち落として、レイを襲ったあの高熱レーザーを、バリアを破った奥義の槍を投げて貫き無力化した。


 一方レイは先ほどと様子が違った。違いすぎた。


 先ほどまではおとなしく相手の攻撃を受け流すことだけをしていたが、今度は黒い炎の撃月から始まり、青の使徒の槍の攻撃をつかんで、使徒ごと引っ張り蹴り上げる、など非常に攻め気が増している。




*******




 遠距離から斬撃を飛ばし続ける敵。その斬撃をある瞬間を境にすべて跳ね返し、12回目の斬撃と共にレイが跳躍する。


〈空割〉。反逆軍も使う斬撃拡張の攻撃だが、レイが使う者は威力が跳ね上がっていた。


 飛翔しながら次々に来る斬撃を回避した使徒。


 その背後から今度こそ彼女の首に刃を突き立てるべく、黒い暗殺者が背後に再び迫っていた。


 がしん。


「な……?」


「1人目」


 見ることすらなく後方へ伸ばした手が首をつかみ、地面へと叩きつけた。


「なぜわかった?」


「一度見れば私には見えるマーカーを付けられるので」


 淡々と質問に答えた直後に、首を切断した。


 黒い使徒は最後まで仕事をした。自分の最後の機能を使い、レイをその場に縛り付ける。


 そこに高熱レーザーが通った。


 間違いなくレイを巻き込んだ攻撃。発射した使徒は『命中』と処理をして、敵戦闘の終了をする。


「2人目」


 レーザーが切れた瞬間。まるでレーザーの中を通ってきたかのように射線上に無傷で立っていたレイが、炎が灯った剣で2体目の使徒の首を跳ね飛ばした。


 使徒は爆発。最後までレイを道連れにしようとしたが、まるで無傷。


 再び雹を含んだ大嵐が起こる。緑と青の使徒が先ほど寄りも寄り強力な嵐を起こし、さらにその中で多くの見えない斬撃がレイに襲い掛かる。


 礼が高須と一緒の煌炎で身を守っているのを見て安堵し。


「では派手に」


 レイの目が一瞬赤く光る。


 直後、斬撃は燃え、雹は黒い炎へと代わり、レイへと向かい風だった嵐は一瞬で掌握され、炎を伴った暴風がすべて使徒のほうへと向かう。


 炎は獲物を狙う蛇のように、あるいは鷹のように使徒をつけ狙う。


 空間が燃える。緑の使徒の翼が焼け落ち飛行不可能となる。


 機械の使徒は必死に逃げたが、追尾性能の高さについに回避をあきらめた。


 青の使徒が、使徒と呼ばれる機能の限界値を披露した。


 3秒で炎の嵐は水没し、彼女の使った力により、この空間は一瞬で人間が窒息する水の牢獄と化す。


 水の中は彼女の独壇場。そして奥義を放つ条件でもある。


 次は水すべてを一瞬で凍らせ、氷漬けになった生命は徐々に体も凍り付き、『割れろ』と命令すればその体ごとすべての氷が粉々になる。


 広域処刑攻撃。発動準備を開始した途端。


 自分が凍った。自分のコントロール下にあるはずの水ごと。それはまさに今この使徒がやろうとした処刑攻撃と同じものだった。


「奇遇ですね」


 なぜか氷の中で動いているレイが手を握った瞬間。それが青の使徒が認識した彼女の最後の姿。


 氷と共に粉々になる。


「3人目」


 なぜか氷と共に粉砕されなかった緑の使徒の中で警報が鳴る。


 撤退せよ。撤退せよ。撤退せよ。撤退せよ。撤退せよ。撤退せよ。撤退せよ。撤退せよ。


 なぜなら、勝率がたった今0%になったから。


 使徒は伊達の兵器。


 演算による結果が出たのなら、その通りに動く。プライドがなく、常に最善手を取れるところは神人より優れている。


 しかし、翼なき緑の使徒は機動力が大きく落ちている。


 逃げるのは不可能。


 であれば一縷の望みをかけて戦うしかない。ブレードを手に取り斬りかかった。


 レイの剣から黒い炎が湧き上がる。


 振り下ろしと共に前方を灰と化す黒い炎が放たれた。


「4人目。礼のおかげで手早く済みました」


 機械兵が数々爆発を起こす中で1人、レイに満足そうに微笑む。

(第52話「道連れにしてほしいやつがいる」につづく)

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