第51話 6 神人と戦うのが守護者の役目でね(part1)

(6)

*******


異常は平穏の敵であり、平穏の敵は人類と敵と同義。


悪は排除されるのが正しい。


戦いの場にいない者は誰もが正義が勝つと信じ、また当たり前だと思っている。ゆえに敗北とは、正義の責任を果たせない愚であり悪である。


悪は排除されるのが正しい。


ただ戦う当人たちが相対している悪がどれほどのものか、成功せずともそれと相対できるのがどれほどの偉業か、きっと知らないのだろう。



*******


 レイに役割分担を告げた1秒後。


 既に構えていた。


 放たれる弓は突風を起こし、風は魔人武装の人間とレイが目を覆うほど。使徒の3体は目を空けたままなのはおそらくその目も機械のモニターでしかないからだろう。


 野田和幸に迷いはない。


 使徒にこの風が通用していないと分かっていながら突っ込んだ。


「ちょっと」


 レイが止める暇もなく、3体の使徒が迎撃をする。


 1人は緑のブレード、1人は氷の槍、1人は腕を変形させた大型ランチャー。


 風の影響を受けずブレード使いは斬りかかったが、和幸はそれをひらりと回避。氷の槍が破裂し刃を広範囲に飛ばしたが、和幸に当たった瞬間、それはなぜか通過した。


「ホログラムだ!」


 使徒の1人がからくりに気が付いたときには、和幸は3人の使徒を突破して、魔人武装隊第10位、『黒鉄』の目の前で矢の発射準備を終えていた。


 黒鉄は焦らない。動かない。


 もともとそんな暇は与えていなかったとは言え、落ち着いた佇まい。おかしい、と和幸は思い一瞬で先ほどと違うところを見つけた。


(顔を覆ったな?)


 攻撃を当てる好機に発射しないという選択肢はない。


 矢を放ち、再び突風が巻き起こる。それが合図となり使徒たちも和幸に向け追撃を試みる。


「極式。火行・大火生獄中。現界」


 レイがそれを許さなかった。


 この空間にものすごい勢いで炎が広がり勢いよく床を伝って使徒に襲い掛かる炎が、致命傷を与えはしないものの使徒をひるませた。


 たった一瞬で大炎上した地下。


 その中で。


 風の矢を受けてなお鎧に傷がつくことない。『黒鉄』は和幸をつかんで投げ飛ばす。


「ぐぉう?」


 整備中の機械兵に思いっきりぶつかり痛そうに声を上げた和幸の近くには、既に魔人武装の男。


 蹴り飛ばされ地面にぶつかり、和幸は転がってすぐに立ち上がると走りだす。


(は? 硬すぎだろ!)


 風刃弓の愛用者としては、その威力に自信を持っていた。それが通じないのは素直にちょっとショックだった。


 『黒鉄』の背中からはジェットブースターが発動されていて、当然ながら和幸がいかに呪術による高速移動をしていても、それより圧倒的に速い。


 接近。殴る。


 和幸は弓で攻撃を受け止めるが勢いを殺しきれない。


 接近。今度は回避してまた走り出す。2秒後また接近。


 至近距離で放たれた暴風の矢に一切影響を受けず突っ込み。和幸はまた壁に戦いつけられる。


「ぁちぃ」


 レイが広げた炎が引火し、風を起こして吹き飛ばしたところに、鉄塊が時速200キロ超えて突っ込んできた。


(やべー、相性悪いなこれ)


 間一髪それを回避した和幸が、弓に腰につけていた装置を装備させ再び矢を放つ。


「いい動きだ」


 先ほどと同じように、『黒鉄』は同じように突っ込んでそれをかき消そうとした。


 事実最初の矢は『黒鉄』になんの影響も与えなかったが、和幸はある確信を持つ。


(あいつの戦い方は理解できた。どう突破するか)


 彼が抱いた推測は正しい。 


 伊達家の魔人武装隊は装備するパワードスーツの力に沿った称号が与えられ任務の際はその呼ばれ方をする。


 『黒鉄』、その文字の通り全身が黒で覆われるこのパワードスーツの特徴はその防御力。


 伊達の技術の粋を使って作られた特殊装甲はあらゆる攻撃を受け付けず、『黒鉄』はただ相手を殴るだけ。


 もちろんその殴打は人間が通常行う者とは比にならない強さを誇り、人1人を破壊するのに十分だ。そして相手の攻撃を全く考慮せずただ相手に殴りに行くだけでよい。単純な戦いかただが効果は抜群ではある。


 和幸は再び矢をつがえる。


 弦を引き、弓の特性を最大限発揮できる攻撃を準備をした。


「そんな暇は与えないよ」


 接近する『黒鉄』当然殴られ弓を弾かれたりしたら矢を発射できない。


「あぅ、れ?」


 背中から風刃の矢が当たる。しかし『黒鉄』は放たれた矢の数を数えていたが、その矢は数をオーバーしていた。


 笑う。


(何かされたな? 罠はなかったはずだから)


 『黒鉄』は先ほど放った攻撃にからくりがあるとすぐに理解した。周りを見ると自分に当たった矢のほかに残り8つの風の矢が自分を追尾するように来ている。


(なるほど。これは確かに。ただの神人が狩られるわけだ)


 高威力の矢が同時に10本放たれ、それらは矢の威力を保ったまま風の力で相手を追尾して追い詰める。


 和幸の奥義の1つ〈十刃〉。


 恐ろしい攻撃ではあるが、

(俺には相性が悪そうだね)

 あえて攻撃を受けて1つ1つその攻撃を潰し、うっとうしい追尾弾を全滅させる。


 そして向こうの狙いもわかっている。


 矢は構えた秒数だけ威力が高い。


 ただでさえ威力の強い風刃弓の矢がその条件を満たせば、それはすさまじい一撃となる。


 矢が放たれた。


 風圧はおそらく先ほどの2倍以上。


 『黒鉄』は、

「勝負だ」

 と和幸が放った矢に突っ込んだ。


 激突の結果。和幸が舌打ちする。


 わずかながら鎧には傷が入ったがそれ以上の結果はなく、最短距離で接近した『黒鉄』の放つアッパーによって上へと打ち上げられた。


 それだけではない。


 情け容赦ない追撃、『黒鉄』は自らと鉄塊として体当たりして、天井で受け身を取った和幸ごと、天井をぶち破り上へ。


 地下のこの場から、和幸と共に飛び去って行った。



*******



 目の前で起こっている戦いを見て、魔人武装の男のあまりの無茶苦茶さに、ちょっとドン引きしている。


 あの矢の攻撃でもびくともしないとか、あれは硬すぎだ。どう見て和幸さんは不利だった。大丈夫だろうか?


 そして目の前ではレイも使徒に苦戦している様子だ。


 というより相手の攻撃を受け流したり防いだりして全く傷を負っていないが、レイから反撃をしていない。何か、警戒してるのか。


 でもその判断は正しいと思う。


 目の前の燃える部屋。何か嫌な予感がする。


 頭の中で『なんでこっちに来た』とかあの店をやったのは俺じゃないとか言う話も引っかかってるけど。今はそれを置いておく。


 このままではレイが危ない。何か見落としている気がして、その見落としが悪い結果を引き起こしそうな気がする。


「高須君。このバリアを破りたい。レイの援護をしないと」


「でもコレ、かなり高度な術だよ。極式とは最高レベルの呪術の総称。力づくで突破できるモノじゃない」


「だとしても出ないといけない。力を貸して欲しい」


 高須君は少し悩み、そして告げた。


「じゃあ、今から見るものを他言しないでくれ。僕の奥義を使う。でもこの技は知っていれば攻略しやすい技でね」


「礼儀はわきまえるよ」


 高須君は告げる。


「星具。〈閃星〉」


 高須君の手に真っ白な光でできた長い槍が出現した。見るだけで高須君が奥義とした理由が分かる。槍の形をしているが、その中には信じられないほどのエネルギーがあるのが、ひしひしと伝わってきた。


 ぱちぱちの呪力の稲妻を放つ槍がレイの張ったバリアに少しずつ穴をあけて、

「あつ」

 レイの炎が部屋の温度を上げているみたいだ。呪術で身を守らないとだめだな。


「これ以上開けたら使徒に気づかれる」


「いや、十分」


 外の様子をより察知できることで気が付く。


 最初の言葉を思い出した。あの男は4人で戦うと。


「開けて!」



 *******




 建物の天井を突き破り、屋上まで吹っ飛んだ和幸。


 自分に伝わる衝撃を和らげる〈抗衝〉を用いて、屋上の隅に着地する和幸。しかし、

「もう次はないな。やっぱり魔人武装相手は苦労するぜ……」

 と、全身痛いのを歯を食いしばって我慢する。


 まだ弓をしっかり握る彼を見て『黒鉄』はある提案をした。


「1つ提案がある。ここでやめにしないかい?」


「なんだよ。失望させたか?」


「いいや。噂にたがわぬ戦いぶりだ。俺も普段は人間相手に魔人武装は使わないんだぜ? 君だから最初から正装で戦ってるし、それでも君は相手にふさわしい。ただ戦いにおいて相性とはひっくりかえせないものだ」


 『黒鉄』はここで一度伸びをして、その続きも話す。


「んぅ。ふう。勝負はついた。君が部下を連れて素直に帰ってくれるのなら、俺も後を追わないし、逃げさせてもらうよ。反逆軍の怒りを下手に買って、先導御剣や総統、挙句八十葉宗一が出てくると怖いからね」


「そうだな。勝負はついた」


「お? 物分かりがいい。 攻め込んできたみんなに連絡してくれる?」


「帰るとは言ってないぞ」


「おいおい。勝負はついたんだろう? なら素直に帰った方が身のためだと思うよ?」


「俺個人としてはそう思うけど」


 和幸はまだ笑みを浮かべるだけの余裕を残し言いはなつ。


「神人と戦うのが守護者の役目でね。俺たちは殉職はあれど、逃げるわけにはいかないのさ。神人と戦う恐怖を克服する。反逆軍の手本にならないといけない」


 「下手なプライドで死ぬ必要はないだろう。君が次に行動を起こすまでは待つ。よく、考えた方がいい」


 和幸は弓を構えなかった。戦う意思はもうない。


「いや、考えを改める必要はない。ただ、その態度はありがたい」


 ゴォオ!


 それは、空気を貫く音。


 『黒鉄』の背後に急接近する。それはあまりに速く気が付いたときには回避は不可能だろうと判断させた。


 しかし『黒鉄』は自分の防御力に自信がある。念のためその防御性能をさらに高める仕掛を使えば致命傷にはならないはずと判断した。


 事実。その判断は正解だった。


「マジかよ」


 その鎧が威力を減衰させていなければ、人体は先ほど風刃弓を受けた機械兵と同じ結末をたどっていただろう。


 鎧があったからこそ。


「ぅ」


 音速を超えて飛来した矢を受け止めても、体を刃先が貫いたところで止まる程度で済んだのだ。


「さっき言ったろ。もう勝負はついてる」


 鎧の中で体から血があふれるのを止められない。応急処置で矢を抜きながら人体を補修しようとするが、矢は抜けずまだ纏っている風の刃が体内を切り刻み続ける。


「これは……補修し続けないと死ぬね。てかしても延命にしかならない。詰みか。これはいつ?」


「最初からこれで勝負をつける算段だった。だがお前の鎧があまりにも硬くてちょっとビビったよ。最初の戦闘で強度を試したところ、いけると判断した。お前が屋上にぶっ飛ばしてくれたおかげで当てやすくなったな」


「そうじゃない。この矢はいつ撃った」


「昨日の夜。構えで3時間。きつかったよ。その後発射直後の矢を風で覆い保存した。今まで」


「用意周到だね……」


 和幸は自信たっぷりに言い放つ。


「俺はプロだからな」

(part2へつづく)

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