第50話 5 使徒(part1)

 (5)

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喪失を恐れる心は正しい。


9割の安定と1割の刺激のある生活は、自然と人が失いたくない最も典型的なものだろう。永遠に代わり映えのない生活は苦であるが、あまりに変わるもまた苦しい。


そしてそのためにあらゆる手段を肯定するのもまた正しい。


この世界に限っていえば、人間でなく神人もまた同じ。


*******


 建物の中に突撃して、通路を走る。


 後ろから腕輪を付けた反逆軍の裏切り者が現れた、腕輪を光らせ、こちらに攻撃を仕掛けるつもりらしい。


 昨日のあのこえー先輩も使っていた腕輪。生半可な攻撃じゃないことは予想できる。何とかしないと。


「水島、長嶋。補佐役の出番だ。迎撃しろ」


「安住先輩。補佐役って戦闘しないって」


「それは平時の時だ。今は緊急時。それに独立魔装部隊の戦闘は神人が相手だ。人間が相手の時は『対処』という。『戦闘』とは言わない」


「ええ?」

「えっぐ」


 和幸さんが少し笑った。


「まあ、新人下っ端が理不尽を感じる通過儀礼だ。生き残れ? お前らもスタンダード上位だろう?」


「くそがぁ」

「やってやろうじゃねーかこの野郎」


 なるほど、ひどい組織だな。しかし、だれも助けの手は差し伸べない。2人は覚悟を決めて立ち止まり武器を展開した。


 内装は反逆軍の基地らしく強化装甲のカチカチした道。そこはさらに走り、走り、地下への階段を下りる。


「おいおい、ずいぶん変わってるな」


 ただ、一度見たことがある和幸さんからすると結構変わっているらしいので、知らないうちに改造をされていたということだろう。


「だって前に地下施設とかなかったからな?」


 めっちゃ改造されているみたいだ。


 確かに、途中機械兵が上かごとんと落ちてきたときにはビビったが、会ああいうのも改造の結果なのだろう。俺にとってはサプライズだったけど、安住がサクッと斬ってしまったため今のところ傷なしでここまでこられている。


 ただ向こうからの攻撃もさらに激化してきた。


 今まで出てきた機械兵とは別の機会兵が現れた。


 安住が空割を、高須君が光の槍を、レイが黒炎を放つ。


 その機会兵は腕にある金属盾でそれらをすべて受け止めた。


「うぇ?」


 高須君は止められるとは思っていなかったみたいでかなり驚いていた。レイはさらに火力を高めようとしていた。安住はノーコメントノーリアクション。こいつ冷静だな。


「ああ、そういう感じね。じゃあ、今度は俺の番だ」


 和幸さんの手に弓が出現した。緑と白の大きな弓。これもここに来る前に自慢話を受けている。


 風の刃をまとめ、収束させた矢を放つ魔装〈風刃弓ふうじんきゅう〉。あのすごく重そうな武器を和幸さんは片手で持っている。


 初等射撃術の授業で弓についても習ったので、その知識を振り返ると、弓は一撃重視の連射できない遠距離射撃武器。


 矢は直線にしか飛ばないし、銃のように特性を付与することもできないが、つがえ、構えを取る間、矢は威力を上げ続ける


「やっかいそうなシールドを付けてるけど、見たとこまあ、あまりチャージは不要だな」


 ガシン、ガシンと盾を前にこちらに近づいてくる敵を前に和幸さんは弓を構える。


 一瞬で攻撃態勢に入ったのに、構えの瞬間から放つまで体が一ミリもブレなかったように見えた。


 一度使えば分かるが弓矢は構えを取り狙いを定めるだけでも弓が結構ぐらつく。ゆえにこの当たり前の挙動をいかに素早く、そして丁寧にできるかは弓矢使いの技量が現れるという。


 安住が俺たちの目の前に、俺たちを包むようにして円錐みたいなシールドを張った。なんで? 形もどうしてこんなにいびつなのか。


 和幸さんが矢を放つ。


 同時に突風が吹き荒れた。


 たぶんシールドの裏じゃないと今来た道を綺麗に吹っ飛ばされて戻されてただろう。それくらいの暴風だった。強化装甲の破片が吹っ飛ぶ速さがそれを物語っている。


 敵は。


「凄いですね。きれいに穴が開いてます」


 3人の攻撃を軽く弾いた盾が綺麗に穴をあけられている。つまり、抵抗する余地がない、まるで障子の和紙を針で貫くかの如し、といったところだろう。


 非常に強い弓だが1つ問題がある。人間の呪力量だと、最大18発が限界だということ。


 つまり貴重な1発をここで使ったということだ。


「大丈夫なのかな。もう1回使っちゃったけど」


 高須君の心配が聞こえていたのか、和幸さんが答える。


「いいや。幸運かもしれん」


 奥を指さすと壁に綺麗に穴が開いた箇所が、その奥にはどうやら水槽のようなものが見えた。






「は……?」


「なんと、むごい」


 俺とレイは言葉を失った。高須君も目を逸らすのは当たり前だ。


 そこは機会兵が生まれてる場所だった。先ほどのすごい盾を持っていた機械兵が多い。


 製造途中だから、中身が見えているものもある。中にはたくさんのコードを肉体に埋め込まれた人間が収納されていた。


 ひどいのは負傷しながらも帰還して修理を待つ機械兵の中身。これは、ちょっと言葉にできない。ただひどい。


「見るのは初めてか?」


「あんなの普通じゃない。見たことない決まって」


「伊達の領地では普通だ」


 なんでこいつ! こんな時でも冷静なんだよ!


「普通? 人間があんな風に」


「神人伊達にとっては道具だ。上級の機械兵には人間を入れることで脳をコンピュータとし、実際に思考して戦闘を行う」


「そういうことを聞いてるんじゃない! あれは!」


「騒ぐな。どうせ人道的じゃないとか、よくもまあそんな使い方とか、見習いみたいなことを騒ぐつもりだろ。夢原。俺たちが戦いにきた相手は人間なのか?」


 人間なのか?


 違う。神人だ。


「連中には連中の常識がある。あれをむごいと思わないから、俺たちと伊達は相容れない。冷静になれ。神人はこういうものだと理解し慣れろ。俺たちのやるべきことは変わらない。悪を殺す」


 慣れろって。じゃあ、なんだ。伊達がこうするように伊東や天城にもあるのか。あんな風に人間と相容れない理由が。


 ……いや、そうだ。そうだった。


 安住の言う通りだ。今は冷静にならないと。混乱してやるべきことをやれないのは善くない。


 深呼吸。


 ……ふう。よし。喚いたり、怖がったり、気持ち悪がったりするのはあとでいいんだ。今は。ただ。


「礼? だいじょ」


 こつん。こつん。


 レイが何か言おうとしていたけど、それに耳を傾ける余裕はなさそうだ。『ごめん』とだけ言って、足音のほうを見る。


 ゆっくりと現れるのは4人。


 1人は人間っぽいけど、後3人は妙だ。人型ではあるけど、不思議と人じゃないと思った。


 緑、青、オレンジ、顔はあるけど他の部分が機械でできたロボットだ。あれは人間じゃないと、そんな予感がする。

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