第2話 橋を渡った先で赤い夜を見た

 何となくだが明奈の表情は驚き半分不満半分といったところだ。


「2人きりのデートじゃなくて不満かしら?」


「いいえ。何で私のやろうとしてたことが筒抜けなのかが分からないです」


「昨日橋を壊しておいてノーマークはありえないでしょう。当然『影』も気になるけど、あなたがまた無茶をしないかどうか御門様も気になっているそうです」


「別に生徒1人くらい野垂れ死んでも気にしないでしょう」


「2年前の源家本家で御門様は恋人の養子をみんな守れなかった。せめてその養子の1人が残した子だけでも、できる限り守りたいんじゃないかしら」


「余計なお世話です。あの人にそんな余裕はない。雑兵である私のことなど気にする必要はありません」


「自分を兵士と数えるのは御門家と反逆軍で十分だと思うわ」


 言い争う2人の言葉を左耳で聞きながら俺の目はぶっ壊れていた橋に向いていた。見事に穴が空いているし、他もところどころ、斬り傷やへこみを見ることができる。


 これは本来あり得ないことだ。タダでさえ頑丈にできてるんだから、人力で傷をつけるなど不可能なのに、そのうえ呪術障壁でコーティングされていたなら。そうそうこんな傷がつくはずがない。


「礼? 聞こえてますか?」


「大丈夫。聞こえてるよ。心配するには早いって」


 俺と明奈の耳に聞こえて来るレイの声。彼女には明奈の用意した部屋で俺と明奈が見ている景色を学校の一室で共有している。


「もうすぐ嵐山に入りますし、何かあるかもしれないと考えたら心配でドキドキが止まらなくて」


「心配性だなぁ。まあ、無事だって思ってもらえるようにできるだけ喋るから」


「うう……」


 白虎先輩は『らぶらぶねぇー』と俺に一言。ちょっと喋っただけじゃないですか。


 嵐山を見る。なんだかぼやけて見えるのは俺の気のせいだろうか。


 あの中にレイの秘密に迫るかもしれない何かがある。


 秘密か。レイのことを知ることがレイを人間に戻すために必要だから彼女のことを知らなければいけないのは事実だ。


 ただ、不安はある。俺がしていることは正しいのか? レイの記憶を呼び起こしたときに良い結果がめぐってくる予想も予感も今はない。ただ、進展があると言うだけだ。


 ――そういえば、どうしてレイなのだろうか。


 レイが人間から鬼になったと言う言葉が嘘だとは思わない。ただ、それならレイが選ばれた理由があるはずだ。


 たまたま、とかだったらもはや考察や予測のしようはないので、とりあえずそっちの方向で考えてみることにするとして。やはりレイが選ばれた理由は気になる。


「太刀川さん? この先には何があるのかしら?」


「御門家は何かご存じないのでしょうか?」


「知っていることもありますが守秘義務がありますから。あなたがそれを知っているかどうかで対応が変わります」


「……冗談だと思ってもらって結構。この山の中には街がある。私はそれを捜しに行こうとしている」


 明奈さん? そんなわけないじゃない。ははは。この山の中に街だなんて……。


「まるで夢のような記憶を頼りに、そうだと可能性を信じる。夜にしたのは、この時間が一番悪霊の力が強まる時間だから」


「そう。仮にそうだとしたらとても興味があります。でも御門家も知らない神秘がまだこの街にあるとしたなら大発見でしょう」


「行きましょう。とりあえず今日は急ぎます」


 なぜ?


「今日は存在の確認ができればそれでよし。人手が少ない今は危険な場所に長居する必要はありません」


 明奈は先頭を歩き始める。橋の向こう。嵐山に向けて。


 正直まだ嵐山に秘密があるなんて半信半疑だ。お昼は嵐山の許可区域も入ることができるので行ったことがあるし。


 竹林の中を歩いたり綺麗な庭園で一息ついたりとリラックスできる場所が多い。お寺とか神社は現在、御門家が進入禁止エリアに指定しているため入れないところが多いけど。


「妙ねぇ」


 白虎先輩がいきなり何かを察したようだ。てかもう? 山には入っていないぞ?


「なんだか今日は霧が濃いようね」


「霧……? ん」


 橋を半分以上わたってから、嵐山に近づくほどに周りの景色が見えなくなっていく。


 ん? んんん?


 なんだかレイからもらった指輪が光っている。視界の端っこに青い光が見えたのでそっちを見てみると、それは明奈がつけていた蒼の指輪だった。


「俺、何もしてないぞ」


「私も。通信は?」


「もしもし?」


「……はい。聞こえました」


「聞こえる? 映像は」


 遅れること2秒。


「……映像は届いています。音は、ちょっと遅れていますね。でも通じるのは驚きです」


 今回は明奈が前に所属していた傭兵団のオリジナルデバイスの改造版を使って通信していると言っていた。この日のために通信用に機能を絞る代わりにめちゃくちゃ強化したそう。そのおかげかもな。


「このままつながってくれるといいけど。さあ、行きましょう」


 白虎先輩が1枚の呪符を出して呪文を唱える。直感が白虎先輩の近くに何かが召喚されたと訴えて来る。だけど見えないし危険もなさそうだ。


 白虎先輩も少し真剣な表情になって来たのでいよいよ先輩的にもまずいと思い始めたみたいだ。それを見てさらにドキドキするな……鳥肌がすごい。


「怖かったら私の腕に抱きついていいよ。後輩ちゃんたち」


 さすが白虎家当主。イケメンムーブだ。だけど遠慮しておきます……。


「ゆめ? ちょっと怖い?」


「大丈夫だって」


 この中で唯一の男として、まあ見た目は巫女姿だけど、頼りになるところを見せて行かない――。


 ハハハハハハハハハハ。


「ひぃ!」


 怖いぃ……なに急に? 遥か遠くから声が聞こえる。


「かわいい」


 かわいい言うな。勘弁してください先輩。


「もうすぐ橋を渡り終えるところでまだ入ってもいないのにこの変わりよう。まるで特殊結界の中に入るかのようね」


 指輪の光も強くなってきて熱も帯びはじめ、いや、俺が意識していないのに金色の炎を放ち燃え始めた……。


「私も。昨日はこんなことなかったのに」


 でも気にせず前に行くんですね。恐れを知らないのかこの程度の不気味さに慣れているのか。さすが傭兵だなぁ。


 まっすぐ歩く。でも先は見えない。俺たちはどこへ向かって行っているのか不安にはなってくる。


 ハハハハハハハハハハ。


 ひぃ。遠くの方でまた声が。


 周りをまたきょろきょろ見渡すと、変化が徐々に起こっているのが分かった。


 霧が晴れてきていた。


 足元に返ってくる感覚は橋のときとずっと一緒なのも不気味なのだが、見えてきた周りを見て絶句する。


 まだ俺たちは橋を渡っている。しかも嵐山の方へ向かっていたのに、気づけば帰りの方向だ。一体どうしたことか。


「なんで。まっすぐ進んでいたのに」


「いいえ明奈さん。空を見て」


 そら……ぎゃあ!


 赤黒い。その中に星が輝いている。夜……というにはあまりに不気味だ。


「それにこの周りの呪力量。京都のものとは異なっている。呪力レーダーが機能しないわね」


 試しにレーダーを出してみると白虎先輩の言う通りに、レーダーが完全に1色に染まっている。空気中にも呪力が混ざっているのか。


 まさか。まさかまさか。


「……。ザザ……。ここ、何なの、しょうか?」


 通信がとぎれとぎれになっているが何とかつながっているみたいだ。レイに余計な心配をかけさせないで済みそうだ。教科デバイスのおかげだな。


「進もう。私の記憶が確かなら、この先に。それが確認できれば」


 恐れなく一歩進もうとした明奈を見て。


 唐突に俺の中の直感が警鐘を鳴らす。その場で止まるべきだと。


「明奈!」


「ん……あ、なるほど!」


 明奈も止まってくれた。


 それを確認すると同時に。


 ズガアアアン!!!


 何かが橋に墜落した。橋は壊れなかったのは驚きだが、そんなことを言ってはいられない。


 巨大な岩の手と腕だ。全長20メートルくらいか? 太さも直径10メートルくらいはありそうな巨体……浮いた……!


 手を開き、手の平を俺たちに見せる。


「何……? こいつ、御門家のデータベースにはない相手です!」


「つまり外の?」


「いいえ。外の神人の兵器でもありません。まったくの新種……!」


「はぁ?」


「つまり、どんな攻撃をしてくるか分からない。厄介な」


 手の平に1つの黄色の目玉と青の瞳。それで俺たちを見た途端、襲い掛かってくる!


 猛スピード。天高く上昇して、俺たちの元に墜落してくる。さすがにあの巨大物質を煌炎でもどうにかできる気はしないんだが!


 それにさっきまで橋にこんな化け物はいなかった。まさか本当に、異界にやって来たとでもいうのか? ここ、渡月橋と見た目が全く同じなんだけど……?


「気になることはいろいろあるけどまずは集中しましょう。戦闘態勢!」

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