第3話 別世の悪霊

 墜落してくる巨大な岩槌。握り拳の形をした隕石となったそれを受け止めることができるのか?


白虎びゃっこ!」


 白虎しろとら先輩が叫ぶと、近くに巨大な虎が召喚された。普通の虎の2倍よりも大きそうなたくましい巨体、そこから放たれる呪力がこもった咆哮が墜落を迎え撃つ。


 近くにいるだけでしびれる……。十二天将の持つ呪力に、圧倒されると言うのはこのことだと思い知らされている気分だ。


 岩槌の落下速度をかき消し、1秒前はここら一体を滅ぼすと思うほどの拳は情けなく墜落する。


 銃撃音。判断が速いね。追撃は迷いなく。ガキンガキンという音だからとても堅そうだ。


 突っ込むか……?


 ダメだと直感に警告される。


 俺はすぐにその場を跳び離れた。すぐ俺が立っていた場所をものすごい速さで巨体が通過する。あぶなかった。


 こういう時近接戦闘だけが得意なのはダメだなと思う。あんな巨大な体で暴れられたら剣を当てるタイミングがなかなかつかめないものだ。


 それは前から持っていた課題だ。撃月をそれなりに使えるようにはなったけど、正直あれは振り抜きにブレがあると威力が激減する。しっかり構えてから撃たないといけない。


 さっきはやらずに正解だったとは思うが、隙を見つけないとな。


 白虎が再び浮き上がろうとするその岩拳にとびかかる。上昇はそれで打ち消されたみたいだけど振り払われた。


「あの野郎。白虎のとびかかりでも勢いを殺せないなんて、ずいぶんタフでパワーあるみたいねぇ」


 岩拳が止まる。手の中に目があるのは目の前にしたら何とも異様な光景で恐ろしいものだ……ん?


 手の中に呪力が集中している。薄紫の巨大な球体になる。


 攻撃なのは明らかだ。多分あれを撃ってくることも分かる。だが、どう撃ってくるのかが分からない。だからまだ動けない。


 新種の相手と戦うというのは本当に厄介だな。ヤンキー先生の教えを思い出す。初見殺しが戦いの中で最も効果的だと。何をしてくるのか分からないから対応しづらい。


 一瞬、薄暗い世界が白く点滅した。直後手の中にあった呪力は100に迫る数の光弾に分裂して俺たちに襲い掛かってくる。


 遥か天空を通る光弾は俺たちが外に逃げるのを防ぐため。光弾は俺たちが逃げるより早く橋の先まだ届きそうだ。


 つまり、俺たちは残りの俺たちに襲い掛かって来たやつを何とか防がないといけない。交わすのは無理そうだ。少し走ったら軌道が変わった。あれ全部俺たちを追尾するつもりだ。


「白虎」


「50は落とす。残りはどうにかしろ!」


 それでも優しい白虎さん。俺たちに白いバリアを貼ってくれた。


「守りは苦手だ。もって3発だぞ」


 咆哮。そして体を躍動させてツメから放たれる撃月のような白い呪力攻撃が多くの呪段を破壊する。


 そして撃った後の巨体に動きを止めるべく、あの岩拳に襲い掛かった。


 なら安心だ。偉大な式神の一連の動きを視界の端にとらえながら俺は持っている剣に光を宿す。


〈煌火・励起〉と〈煌火・湧帯〉。これであの弾丸を撃ち落とす。


 ぎゃあ。引っ張られた。


「ランパート」


 明奈がそう言うと目の前に45度の傾きの巨大な壁が現れた。


 呪術は想像を現実にするもの。こんな場が混乱しているなかでここにはないものを想像してつくりあげるのはすごい技術だ。練習すればできるようになるのは知ってるけど、俺はまだ剣に関することが精いっぱいだな。


「いきなり迎え撃つ必要はないでしょ」


「おう。はぃ」


 なるほど、そうですね。その通り。


どかどかどかどかと壁に相手の攻撃が炸裂しているのが聞こえて来る。耳が壊れそうなほど激しい音が……ピきって、壁壊れかけていないか?


「ひびが入ったらいよいよ出番だよ。残りは攻撃を相殺して生き残る」


 明奈の右手には蒼炎の宿った指輪と刀がある。


 明奈が動き出したのにつられて俺も動き出した。


 すぐに壁が壊れ残りの攻撃を俺たち目掛けてやってきた。


 速いが、これはあの水晶野郎との戦いの経験が活きそうだ。あの時は煌炎の恩恵で体が強化されていなくてもしっかりと見定めて剣を振ることができる。


「警戒!」


 白虎先輩の声が聞こえた。おそらくあの拳がまた何かするつもりだ。


 俺が見た時は、白虎を裏拳で叩き退かしたところだった。地面に拳を打ち付ける。一体何を……いや、下に何かを感じる。


 俺が下を見ると、地面に円形の魔法陣のようなものが現れた。


 呪術模様ということは。


「下からくる!」


 2人は頷き俺たちは自分の真下にある模様から逃げる。すぐ後、とんがった岩が模様のあった勢いよく突き出てきた。


 ゾッとする。


 それは、もし当たっていたらという想像ではない。まだ油断はするな、俺の中から警告される。


「何か来る!」


 突き出た岩の塊からさらに尖った岩が突き出てきた。間一髪躱せたけど、近くに居たらヤバかった。


「続けて来るわ! 2人とも気をつけなさい!」


 白虎先輩の声を聞いて態勢を立て直す。


 まだまだ隆起する凶器を地面に気を付けながら回避して、その岩からの追撃を回避して剣で叩き折っていく。


 岩の拳は俺の方に人差し指一本を向けてきた。


 指の先が光っているのを見てどう考えても怪しいのは目に見えている。あそこからビームでも撃つつもりなのか。


 回避しないと、と周りを見てあの新種の悪霊の厄介さに気が付いた。


 俺の周りに呪術陣がいっぱいある。俺が回避した先にあの岩を召喚するつもりだ。いや、岩を回避した先にレーザーを撃つつもりか? どっちか一つだけなら行けるかもだけど、さすがに2つは自信ないぞ。


 弱音を言ってるだけでは死ぬだけだ。剣に炎を宿した。


「あっちは任せろ!」


レーザーの発射口になっていそうな指に一閃の光。大砲でも撃ったかのような発砲音が聞こえたので明奈の攻撃かな。ともかく狙われた俺は、銃撃の一閃が貫き、指先に集まっていたエネルギーを爆散し、攻撃は失敗。


 レーザーが来ないのなら安心してその場を離れることができる。俺はその場を離れてすぐ構える。いよいよあれを試す時だ。


 暗い世界の中でも失わない輝きを真上に構えて。


「ふぅ……!」


 呼吸を整えて炎を整える。そして想像する。


 構えから終始一寸の狂いなく振り下ろす、一瞬にして無比なる奇跡の斬撃に炎で形を与え解き放つ。


〈煌炎・撃月〉。巫女の権能は輝きとなって表れて、敵を滅ぼす様を。


 行ける……!


 体と意思がぴたりと重なった間隔を得た瞬間に、俺は想像を現実へと変えた。


 炎は俺の想像以上に速く敵へと届いた。1秒もかかっていないのではないだろうかと思えるほど。金色の撃月は敵の手のひらに食い込みあの巨体を後ろへと押し込んでいく。


 両断、とまでは行かなかったが、大爆発を起こした。この攻撃は間違いなく痛手にはなっているはずだ。


 油断は禁物。だな。


 場にはそれ以上の騒音は発生しなかった。


 やったか?


 まてまて、油断は禁物と言っただろう。ゆっくりと後ろに後退しつつそれでも敵の方をじっと見ながら剣は前に構えていた。


「下!」

「ゆめ!」


 白虎と明奈の声が重なった。下?


 見ると大きな呪術陣がある。ああ、馬鹿野郎。そうだ、コイツはそういう奴だった。


 下を見ると違和感があった。先ほどまで見た呪術陣までなんだか大きい。


 さっきまでと違う何かが来る……!


 足にいっぱい力を込めて斜め前に跳躍する。ものすごい勢い、それこそ、3秒でこの橋を踏破するほどの勢いで。


 だけど、間に合わなかった。地面からあの腕が現れた。


 俺はそれを見た瞬間、空中で回転しながら打ち上げられた。


 痛みは、体が勝手に体を煌炎で強化してくれたので、それなりだった。ただ、態勢を立て直せないのを自覚する。


「金行――采!」


 橋の上で白い呪力が走ったような気がする。白虎先輩のことを信じるのならきっと俺を助けるために呪術を撃ち放ってくれたんだと思う。途中の言葉が聞こえなかったけど。


 だけど音からしてあの腕は止まっていない。回転が少しずつ緩やかになって、目が回りそうになりながらも俺はあの腕がやろうとしていることが分かった。


 なるほど。


 納得したのは、まあ、なぜ先輩の攻撃が届かなかったか。


 あいつ、先輩の攻撃を岩の壁を発生させて阻んでいる。さっき明奈がランパートを使ってあいつの攻撃を阻んだように。


「って、そんな分析してる場合じゃないよなぁ……!」


 剣に炎を灯す。ただ、正直。


 恐ろしい。


 目の前にまた溜まっている呪力量は白虎にも負けないほど。俺を葬る気満々のとどめの一撃だと感じられる。


「やるしかないか!」


 気合を入れて、俺は俺の力を信じる。


 こんなところで死んでいられない。


 レイの心配する声が聞こえる。こんなところで彼女を悲しませるわけにはいかない。


「ぐぅおお!」


 炎が上がる。


 この炎を使ってこの危機を脱するんだ!


「それもいいが、コイツにとどめを刺すのもいいぜ」


 誰だ? 男の声? めっちゃ聞き覚えもあるけど。


 あいつの拳の上にだれかが飛び降りてきた。本気か? ここ空中だ……?


 え?


 なんで?


「らぁああああああ!」


 その男は拳を振り下ろす。岩の拳に良く効いたのか拳は大きくよろめいた。


 だけど、それよりも驚きなのは。


「ヤンキー先生……なんで?」


 その上に乗っている男は死んだはずの男であり、俺の頭があり得ないことの理解を拒んでいる。生き返ったとでもいうのか。そんなはずないだろ。いかに呪術だって、死者を生き返らせることはできないはずなんだ。

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