メインストーリー第2章 プロローグ「淵下の魔京」
予告エピソード 「深淵へ至る渡月橋」
渡月橋の上を明奈は歩く。
この橋がここまで静かなのは珍しい。普段は何かがあって騒々しいことも多々ある。
何か、が大道芸やイベントなどのいいことであれば喜ぶべきことなのだが、回数的には悪いことの方が多いらしい。
悪霊が橋を渡って繁華街に橋の上で戦いが起こることも少なくない。
木製に見える橋は、玄武家の障壁によってものすごい硬度を誇り、戦闘になっても壊れることはないようになっている。風情ある光景は崩れることはないことは安心だが。
ある人は言う。
嵐山は悪霊の本拠地であり、渡月橋は嵐山と繁華街をつなぐからこそ、悪霊が京都へと侵攻する入口であると。
実際はそんなことはなく、悪霊はいたるところから発生するのだが。
『間違っていない。嵐山の中には現世と幽世をつなぐ深淵へと至る入口がある』
その言葉をふと思い出した明奈は、気になっていた噂の真偽を確かめるため、過去の会話を思い出しながら、ここまでやってきていた。
『つまり、奴らがそこにいるのは、それを関係がある?』
『明奈。1人で行くなよ。たとえ何があったとしても、その時は僕と一緒だ』
懐かしい声がした。明奈は右に着けている友情の証を左手でなでる。彼女の名前と同じ蒼の色をした宝石が埋め込まれた銀の指輪をつけている。
(蒼……。もう、3か月も前になるのか)
明奈は元々京都の人間ではない。外から目的を果たすためにやって来た。
この街に来た当時は目的を果たすためなら自分の体をどれだけ使いつぶしても構わないと思っていた。
戦った。京都で暗躍する影を殲滅するために。
この橋で敵に出会い、昔誘拐され、洗脳されてしまった幼馴染と戦った。
負けた。あのときの悔しさは決して忘れられない。自分が復讐のために、死にそうになって怖い思いをしてでも磨いてきた戦いの術はすべてつぶされ、2年間が無駄だと侮辱された。
『明奈。1人で行くなと言ったよね?』
『でも……あいつらがいた! あいつらがいたなら殺さなきゃ! 殺しつくさないと私が生かされた意味がない!』
『敗者は勝者か救助者の言うことを素直に聴くものだ。おちついて。目が血走っている。獣に堕ちる君は見たくない。こんなにもかわいらしいんだから』
今はもう明奈の思い出の中にしかいない彼女の言葉を今も覚えている。
『僕はね。辛いこと、大変なことがあったときはこの橋に来る。街や川、橋を渡る人や山を見ながら、気持ちを落ち着けたり、頭の中を整理したりね』
胸に手が触れたことを覚えている。彼女の指の先から流れて来る蒼の炎を、自分の中に渦巻いていたドロドロしたものが洗い流されていくのを覚えている。
『自分を怒りと憎しみで満たさないと生きてこれなかった。惨めでしょ』
『いいや。少なくとも私が言えた話じゃないさ。ただ……』
彼女がやったのと同じように、最近は明奈も夜、たまにここにきては川を眺める。
『君は幼馴染の2人を殺すことで、本当に喜ぶことができるかい?』
『それは……。――――』
『せめて復讐をしたいやつが楽しくないと』
『楽しく……?』
『成し遂げたときに喜びが沸きあがるように。そしてその道中が苦しく、理不尽に怒ることがあっても、その道中に楽しみも感じるように。やり方を考えよう』
『でも、回り道なんて』
『君は本心では、あの2人を助けたいと思っている優しい子だ。ならそれを叶える方法を探してもいいはずだよ。奪い方は、何も殺すだけじゃないさ』
その言葉がきっかけに自分の周りが1つを除き好転しているのを感じる。その1つは回り道をしている感覚だが、結局はどちらの道が正解かなど分からない。
これでいいのだ。今は。
『最後成し遂げたとき、成した者が偉業だったと心から笑える。それができない復讐なんて誰も得しないことは存在価値がない。せめて、本人には意味がないとね』
「ん。そうだね」
1時間前、軍の要塞に寄った時に勝った三色団子を袋から出す。大門に、レイに、ゆめに、京都で出会えた友人のおすすめがありながら一度も食べたことがなかった。
「美味しい」
明奈は今、笑っていた。
(今の私、師匠にそっくりなのかな。えへへ)
水が流れる音に耳を澄ませ月明りを眺めながら明奈は徐々に思考を始める。
悩みがある時はいつも橋を渡り終えるまでに結論を出す。京都の初めての友と同じやり方で、抱えている悩みを処理していくことにした。
京都で明奈の敵が求めるものが分かれば、今はまだ姿を現さない女神の隙を作れるかもしれない。
ただ部下が現れた以上、そろそろ本格的に敵が動き始める予兆。ゆえに明奈は急いでいた。敵が動き出す前にできる限りのことをするために。
(夢原礼がつけているあの指輪。装飾は間違いなく私がつけているものと同じものだった。あれはレイが作った契約の証らしい。うーん程よい甘さ。さいこう)
その指輪の記憶を呼び起こしながらゆっくり歩く。お団子を片手に。
(あの時蒼はこれを約束の証だと言った。ここから予想できることもある。それは、この指輪は悪霊側の力なのかもしれない。つまり、蒼も向こう側の人……)
一瞬足が止まりそうになる。
(なりそこない。今にして思えば納得できる。蒼の雰囲気は人間とも人ともかけ離れていた。蒼は、なんだかおかしなところがいくつかあった。無尽蔵な呪力、圧倒的な戦闘センス、何より、斬られた手がなんかくっついてたこともあったし……)
あの時は戦闘の途中だったので気にしなかったが、その光景はちょっとホラーで体がぶるっと震える。
(幽世と現世をつなぐ深淵がある……蒼は言ってた。そういえば、私が治療を受けていたあの家、あれも当時はそれどころじゃなかったから気にしなかったけど、まるで嵐山に街があるみたいだったよね……)
ありえない、と思う自分もいる。
しかし、治療を受けた家から出ると繁華街の中のようで、しかししばらく歩くと竹林に戻って、この渡月橋にたどり着いた。
(あれが……蒼の言ってた深淵ってこともあり得るんじゃ)
後ろ3色目の団子を口に運びもぐもぐと口を動かす最中、静かな思考の時間を邪魔する足音が聞こえた。
今は夜。わざわざ曰く付きの橋に近づく一般人はいない。
「ほう……油断していたな。この時間には誰もいないと思っていた。君は俺を警戒していると見えるが、まあ落ち着け」
身長2メートル、何かの格闘技をしているだろうことは、服で隠しきれない肉体が者がっている。
半そで、そして右腕に『影』の証たる腕輪をつけているのを見て。
明奈の目は変わった。
甘いものを食べて柔らかい表情になっていた少女はもういない。血と殺しを求める傭兵が1人佇んでいる。
「嵐山は危ないぞ。君。家まで送ろうか?」
「それはあなたもでしょう? 何をしてる」
「子供には関係ない。さあ帰ろう」
「あなたはこの先でお仕事?」
「そりゃそうだ。仕事じゃないのに女王派のなりそこないに会うかもしれない危険なことはしないさ」
「そう……女王派、初耳の単語だ。やっぱり当たりみたいね? この先にはお前たちが求める何かがある。深淵には神秘があるかもしれない。例えば……神になれる力とか」
「なぜそこまで。ん。ほう、お前……!」
その一言で男は悟った。目の前で楽しそうに歩いていた少女はただの迷子ではないことに。
「俺たちに恨みがあるくちか。前に殺しつくしたはずなんだがなぁ……でも、これだから『影』に入ってると面白いよなぁ」
「私の前で堂々とその名前を吐くと。喧嘩を売るのが上手ね。じゃあ遠慮なく」
明奈の片手には、蒼炎が宿った刀が一振り。
「あなたの首をあの女か部下の前に晒して、お前らの誰かが顔を歪ませるのを見れば私も満足がいくかな?」
「ぬかせぇ!」
腕輪の光が夜は大きく目立つ。渡月橋ではまた1つ、事件が起きた。
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