Ver2.0プロローグ3 上級天使の顕現

 日暮れが近い。もう空は黒とたまに見える小さな輝きが9割を占めている。


 さすがにこの時間になると悪霊の心配もある。店の外に出る時はすぐに戦える状態にしてからにした。


 念のためサキには戦えるのかどうか確認すると、彼女はむしろ俺たちに手間はかけさせない自信があるとか。


 やっぱり戦える人ってことで考えていいんだな。


「いつも修行はどこで?」


「基本的には学校に依頼された討伐出来そうな悪霊の討伐依頼をこなしてから、その場でやるかな。俺の部活の顧問によると、悪霊は一度現れたところに再度出現しづらいって。3時間は大丈夫だろうと」


 今、軍から流れている悪霊の目撃情報をレイに調べてもらっている。基本的に討伐は早い者勝ちなので、悪霊退治で稼ぎたければ反逆軍よりも先にたどり着いて討伐しなければならない。


「確かに。人殺しに派遣するなら同じ場所に人員リソースを割くより、別のところに派遣した方がいいですしね」


「まるで向こうの立場をご存じみたいに言うね」


「ああ……まあ、私の組織はそういうのは良く知っている組織なので」


「悪霊の研究もしているのか」


「ええ。ただ守秘義務がありますので、あなた達にもそう簡単に重要な情報は言えませんよ」


 入っている部活的にも、鬼の巫女としても気になるところではあるけど、まだ口を割らせるほど差し迫ったタイミングじゃないだろう。


「そうか」


 レイがデバイスの画面を俺に見せてくれた。この近くに悪霊の出現反応があるという。


「人型か……最悪こっちに気が付いて来るかもな」


 あの戦いの後、炎雀さんがクラスのみんなに人型悪霊との戦いを経験するよう学級長命令を下したせいで、シミュレーション、現実ともにめちゃくちゃ戦わされた。


 おかげで人型が相手でも前みたいにテンパることはなくなった。ただ強いっちゃ強いので、逃げる手段、身を守る手段、援軍を呼ぶ準備などは手抜かりなくやらないといけない。


 緊急連絡用ワンタッチボタンはセット完了。


「最近は人型やそれと同等の悪霊が多いですね」


 二足歩行なだけの化け物みたいなヤツもいればマジで人間に近い形をしたヤツもいて、人の形に近づけば強いという原則に対して、最近は例外とか少数ながらいるらしい。


 だから結局、戦ってみないと強さは分からないのが厄介だな。


「行きますか?」


「ああ。正直もう人型とか怖がっている場合じゃない」


 姉貴からも警告されている。俺の前にはさらに恐ろしい敵が必ず現れる。人型悪霊を恐れている場合じゃない。俺はもっと強くならないと。実戦経験は貴重だ。


「止まって」


 この先の曲がり角を右に行けば見えるはずなのだが。サキちゃんが止まれって?


 一体何が?


「この先の悪霊がヤバそう?」


「いえ。もっと厄介なのがいるかも」


 彼女は今自分が見ている景色を映像にして俺たちの前に画面を展開して映しだす。へぇ、そんなこともできるんだぁ。


「誰かが人型に襲われています……!」


「助けに行かないと」


 走り出そうとしたら、

「だめ」

 止められた。なぜ?


 その答えは俺が疑問を口にする前にサキに告げられた。


「ここでしばらく様子を見て。もしかするとあれは、よくないものかもしれない」


「よくないものって……なんでしょうか」


「あの佇まい。雰囲気。今から人型と戦うからそれでわかるはず」


 人型と言ってもあいつ腕が4本もある。身長は4メートルほど。デカい。


 そう判断した瞬間に人型悪霊は佇んで悪霊をまっすぐ見つめている男に襲いかかった。


 1秒もたたないうちにその男の顔を潰す拳が打ちこまれた。最近は慣れてきたけど、こういう人の力をはるかに超える動きは対応が難しいものだ。


 悪霊を見ている男に変化はない。むしろその拳はその男の前で何かに阻まれているかのように止まっている。


「ただ者じゃじゃなかったな……」


 風が吹いた。それがあの悪霊の起こした攻撃の振動波だ。


 悪霊の攻撃力もそれを容易く止めているあの男も、サキの言ったよくないものだということが分かる。双方凄まじい。


 警戒するか? 


 いや、サキを信じて双方の動きをよく見ておこう。レイだってそうしている。どちらかが勝ち残ったらそれが敵になる可能性は否定できない。


「ハスタリュエリ。敵を殺せ」


 襲われている男の前に、何かが現れる。


 白い衣、呪力? 馴染のない異質な力を感じる。それを着て、黄金の剣を装備している毛先が灰色で、それ以外が金髪の長髪の女性。


「御意」


 現れたその女性には光の翼が生えている。マジで体の中から出ているように見えるのは俺だけだろうか。


「上級天使兵……? なんでこんなところに」


 てんしへい? とは?


「天使兵。中部伊東家の主な戦力ですよね。その、人間を改造してつくるとか」


 人間を……? そんな人道に背くようなことを……ってそうか。伊東家は人間差別主義って授業で言っていた覚えがある。


 連中にとって人間は使うものであり、生命として尊ぶものではないらしい。怖い奴らが同じ島国にいると考えるとゾッとする。


 大きさでは人間サイズで悪霊に圧倒されているにも関わらず、上級天使兵とサキが言ったであろう存在は、巨大な人型悪霊を持っている剣で押し返した。


 よろめく悪霊。


 腕が4つあることが幸いしてか、体制が崩れてもやれることは多いみたいだ。


 でも、悪霊が腕を振り回し暴れている中でその天使兵は冷静だった。


 力づくで振り回されているであろうその攻撃すべて綺麗に凌ぎ、凄烈な抵抗の中にある一瞬のゆるみを的確について右下腕を斬り飛ばす。


「グアアア!」


 足を踏ん張って、腕に呪力を籠めての一撃すら完全に見切り、受け流し、2本目の腕、今度は左の上を欠落させた。


「ギャアア」


 残り2本になってなお暴れる悪霊。劣勢をひっくり返す渾身の一撃が上級天使兵に入る。


「ぐぁぅ……」


 後ろへとふわり、と飛んで距離をとる。


 ふわり?


 それは悪霊によってぶっ飛ばされたわけではなく、単に道を譲ったということ。


 後ろから、その天使兵を召喚した主が、大きな刃物で人型悪霊をグサリ。


 その後はすぐだった。最後に頭部がなくなった悪霊が崩れ落ちて戦いは終わる。


 それを見せられて、やはり恐るべきは上級天使兵を召喚したというその男。圧倒的だった。こうもはやく、人型を処理できるなんて。


「天使兵は聞いたことがありますが、上級天使兵って……?」


 俺たちに丁寧にも戦闘の画面を見せてくれていたサキが、その画面を閉じてレイの質問に答えてくれた。てか、秘密組織所属だからなのか物知りだね。


「天使兵が一般兵隊なら、上級天使兵は精鋭。今見た通り、その力は人型悪霊を凌ぐ。伊東家本家が認めた精鋭戦闘員が扱うことを許された厄介な生物兵器」


 なるほど。天使兵の上位種ってやつと考えればいいのか。


 俺はノーマルの天使兵を見たことないけど、あれと戦えって言われたら、正直勝てるかは分からない。今のを見る限り、普通に水晶野郎と同じ位の怖さを感じた。


「せ」


 微かに、そんな声が聞こえ――まて。


 寒気がする。この感覚。久しぶりだ。


 この感覚はあのドクロや水晶野郎と戦っていた時によく感じる。


 死の危険の予感だ。


 急いで剣を抜く。俺の中に煌炎を激しく灯す。サキに一気に駆け寄るため地面を、呪力を籠めて踏み込んだ。


 その後ろ。透明になっているが俺にはわかる。バレていたんだ。


 あの人型を軽々殺した天使兵が、今サキの首を狙っている……!

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