Ver2.0プロローグ2 秘密組織のサキちゃん

 サキは何の迷いもなくあの悪霊へと近づいていく。なんだか、違和感があるような、そうでもないような。


「あの人型は君がやったのか?」


「いいえ」


 じーっと悪霊を見下ろすサキちゃん。


「礼。あの子のこと、どう思います? なんだかあの子がただ者じゃない気がするんです。ただ、危機察知の能力は礼の方が高いと思いますので」


 一応警戒してることなのか。ふーむ。あの子に対してマイナスな感情は湧いてこないけどな。ちょっと変な感じがある程度で。


 それが一体何なのかってのは言葉にできない。初対面の人に今までとは違う感情を持つこともおかしいことじゃないか……。


「俺にも、怖い感じはしないけど」


「そうですか。ならひとまず安心ですね」


 サキはこちらへと振り返る。その顔を見るとあまりいい知らせではなさそうだ。


「これは京都で見たことない生物による攻撃で殺されている」


 そんなことあり得るのか?


「この悪霊の中にある力は京都や四国で使われる御門家の呪術体系や、反逆軍が使う武器とは異なる」


「でも、誰でもオリジナルの技は持っているのでは?」


「そうかも。もしかしたら私の知らない何かを使う人も世の中にはいるのかもしれない。でもそれは警戒するに値するでしょう」


「そうですか?」


「だって自分たちの知らない殺し方ができるヤツがこの街にいる。それが自分に向けられたら?」


 ぶるっと体が震える。ちょっと想像してしまったが確かに怖いな……。


「私が最初の推論を出したのは、この街に京都人じゃない人間や人が居ると上司から聞いたから」


 ん? 今ちょっと変な言い方をしなかったか?


「人間と人って両方同じ意味じゃないのか?」


「この街の外では違う。本来、神人は自分たちを真の人であると宣い、人間は人の間に生きる下等生物と扱う」


「まるで奴隷みたいな」


「場所によっては奴隷より扱いは悪い。彼らの身分は道具。どう扱っても構わない。人体改造の実験に使うのが伊東、強力な武装を動かす電池に使うのが伊達、失っても良い機械的兵力として扱うのが天城や細羽」


 イトー? ダテ……は聞いたことあるな。この前学校に攻めてきた奴らだ。玄武先輩たちが何とかしてくれたみたいだけど。Tennjo-? ほそば?


「礼、それじゃ筆記試験がまずいですよ……」


「あ、あああ!」


 そういえば授業で言ってたような。こう、いきなり会話に出されると頭の検索に時間がかかるんだ。


 京都の外を統べる12の神人、確かそんな名前だったような。


「私たちの使命は3つあり、その1つはかの御方の庭園であるこの街を守ること。見過ごすことはできません」


 偉いな。炎雀さんといい円といい、このお嬢さんといい。街のために頑張っている人は格好いいものだ。


「でも、これ以上の収穫はなさそう。もうここに用はないでしょう。周りに悪霊の姿はないから、お2人が苦労する必要はないでしょう」


 そうか……。


 この子を信じるのか? と警戒心の強い高須君や炎雀さんなら警告してくれるかもだけど、俺もレイもこときれた悪霊を見たからと言って何かができるわけではない。


 念のためその悪霊とその周りを調べたが、俺もレイも何も発見できなかった以上、これ以上は時間の無駄になるだけだ。


 全面的に信頼するかはともかくとして、悪霊がおらず戦う必要もないならここに残る必要がないと言う彼女の意見は正しいと思う。


「お2人はこの後どうするつもりですか?」


「まあ、食欲が失せたわけじゃないし……。この後は夜ご飯だな」


「そうですね。元々そのために来たんですし」


「なるほど、2人きりで外食ですか。仲睦まじいのはいいことです。私的には良質なお付き合いはプラス評価でしょう」


 プラス評価? どしたの唐突に?


「せっかくのご縁ですし、サキさんもご一緒にいかがですか?」


 サキは一瞬嬉しそうな表情になったが、すぐにキリっとした顔に戻る。


「いえ……お金、持ってきてないんです」


 何を言う。こういうのは割り勘の同意がない限り、誘う側がおごるのが礼儀というものだろう。


 おそばだし3000円は超えないだろう。自信をもって、

「いいよ。せっかくだしな」

 と男らしく言ってやった。


「え。いいんですか? いいんですか! 巫女様」


 お、くいついた。釣り餌に引っかかった魚のようだな。まあ男らしくと息巻いた瞬間巫女様と呼ばれるのはちょっとアレだな。仕方ないけどね。


「実は、外に出たのは久しぶりで。いつもはご、ん……お金がなくて食事にありつくのも苦労する身で。できればそうして頂けるとありがたいなーって」


「もちろんです」


「でも、良質なお付き合いの邪魔になってしまうのでは?」


「2人きりの時間はまた作れます。それより、縁というものが大切ですしね?」


 俺を見る。まさにその通りだ。レイに頷いてあげた。


 こうして俺とレイが普段暮らしできているのも出会った人たちとの縁によるものだからな。俺たちがそれを否定しちゃあだめだろう。


「では……お言葉に甘えて」






 まずった……。予想外だった。


 レイが最近グルメなのは予想していたので、俺はシンプルなせいろを頼んで経費のバランスを取ろうとしたのだが。


 まさかサキちゃんまでよく食べるガールだったとは。おごるという言葉、前言撤回は今更できないが、3種類の蕎麦を1人前ずる食べ比べする上、天ぷら全種類を2人で制覇するとは思いもしなかった。


「うわぉ」


 お蕎麦屋さんでなかなか3人1万円超えはみないんじゃないか。今日来たところはそれなりのところで良かったけど、もしも高級料亭だったらと思うと肝が冷える。


「礼ももっと食べればいいのに」


「おごりだろ?」


「私とサキちゃんの分は私が払いますよ。この後修行なんですししっかり食べないと」


 サキちゃんの蕎麦をちゅるちゅるお口に運んだ後、目を閉じて幸せそうにかみしめる姿はお店の宣伝になるほど可愛いものなのでそれを見れただけでも悪くはないのかもしれないが。


 レイのお財布事情が心配だ。そこは後でちゃんと確認しておこう。あまり贅沢してると稼ぎに時間がかかって大変になっちゃうぞ。


 まあ、悪霊退治のバイト代は結構もらえるし、コツコツやってるからそれなりには稼げているのかもしれないがね。


「ありがとうございます! こんなおいしーもの……感激です……」


 喜んでもらえてなによりだよ。これ以上後ろめたい感情は無粋だな。今はとことん楽しむことにしよう。


なぜかすでに頼まれていたカレーが俺の目の前に置かれる。気にしないでとジェスチャーで答えて一口。うま!


「そういえばサキちゃんは、どこかに所属しているのですか? 御門家の四方守護のどこか、あるいは反逆軍か」


「どちらにも属してはいません。その、秘密組織なので言えないんです」


「秘密組織……」


「でも優しい人たち、正義感溢れる人たちばかりで、死に際にいたところを助けられてから、その人たちのおかげで、こうして今も」


「へえ……」


「縁を重んじる。いいことですよね。今日もこうしてお嬢さまと巫女に会えてこうして交友を深められるのは大きな仕事前に幸先がいい。私も、生き別れの兄を捜すことができそうです。会えるのがとっても楽しみで」


 そうか……。目は真っ黒だけど、それでも希望に満ちているように見える。


「お兄ちゃんがいるのか」


「はい! 秘密組織で一人前になってからじゃないと外を自由に歩けなかったので。私の無事を伝えて驚かして、泣いてもらおうかなと」


 泣いてもらおうかなって、とんでもない言い方だなぁ。ところでその組織がやってることって監禁じゃないか? ちょっと怪しくない?


「今、怪しいって思いました?」


「え、あ、いや」


 顔に出てた……しゅみません。


「えへへ。大丈夫です。みんな自覚してますし私もそう思いますし」


「お兄ちゃんでどんな人だったの?」


「正義の味方、ですかね。誰にも生きる権利はある。その権利を守り悪を倒す人々の希望となりたい。その言葉は覚えています」


 ……へぇ。俺とは気が合いそうな人だな。


「そうだ。夜になったら帰らないと。もう少しご馳走を堪能したいですが、今回のところは目の前にあるおいしいもので我慢ですね」


「あ、もしかして邪魔しちゃった? 探しに行くところだったの?」


「いえ。焦っているわけではないので。いつでも表に出て来れるようになりましたし。今日はむしろ良かったと思います」


 おいしそうにご馳走を口に運ぶ彼女を見て、確かに悪くはないなと思う。彼女の人探しを手伝う余力はないが、せめて今日のこれで元気になってもらえたらいいな。

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