日常編3 円お嬢様の公務

 指輪に祈りを込めると、俺は巫女姿になる。


 この変身、もう慣れたものだ。鏡の前で見るとやっぱり男のときとは違いがよくわかる。


『女の子の礼はとってもかわいいですよ? 男の子の時よりもさらに』


 男の子のときの俺が可愛いみたいな言い方なのが気になるが、まあレイからするとそういうことらしい。


 面倒な時でもスキンケアくらいはやりなさいとレイに言われてからは朝にこうやって鏡の前に立つことも多くなった。


 洗顔、化粧水などにこだわる人もいるらしいが、俺の場合こだわりはないので呪術で自動的に行う。これなら一手間で済むから、俺としてはありがたい。


「……何が違うんだろうなー」


 ありがたいのだが、まさかその呪術のスキンケアにもいろいろ種類があるとは……。呪術専門の小道具売り場に今日は円に連れていかれるらしい。


 俺はデバイスを使い呪術を行使する。普段使っているくしを頭に想像すると、それが目の前に現れ、それを握った。そのとき。


 ぴぴぴぴ。


 デバイスが勝手に俺の前に画面を映しだし、通話許可を求める。俺は画面の許可のボタンをタッチすると円の姿が。


「うお」


「うおってなによ。友達に失礼じゃない?」


 いやだって、普段と違って着物じゃん。


「今日何かあるのか?」


「白虎家の幹部会よ。各自本家の人間は出席する必要があるの。今日は姉貴と私だけ。あ、約束の時間には行けるから気にしないで」


「朝早いねー」


「白虎様は朝に仕事を入れるのが好きなの。日暮れまでに仕事を終わらせて夜は鍛錬に集中したいんだって」


 風紀委員長も大変だなぁ。仕事がない日もお家の仕事か……。まあそれを言うのなら円もそうか。


「お嬢様は大変だねぇ」


「そうなのよー。だからアンタでストレス発散させなさい」


 そういう言い方はいじめっ子に聞こえるんだよなぁ。まあ今回のお誘いはすべて円に任せてるし、俺は流れるままに付き合うことにしよう。




 *****




 通話を切る。円にとっては友と語らうときが一番楽しい。


「ふああぁ」


 大きなあくびをする。気丈に振る舞っても眠いものは眠い。なにせ幹部会があるときは朝の4時半起きじゃないと間に合わない。


 幹部会でやることと言えば、日ごろの報告が主だ。御門家四方守護の三大方針。組織強化、治安維持、防衛戦力増強。基本はその3つに関連した事柄に責任を負う。


 それもあり、幹部会の内容は結構殺伐としたものになることがある。今回は特に例の事件があった後なので荒れそうだ、と円は嫌な予感を持っていた。






 当主の前なので皆緊張の面持ち。


白虎栞が風紀委員長を務めるときと、御門家の十二天将としての顔を比べたら圧倒的に後者の方がより圧倒的に威厳がある、とすべての人々は言う。


「すわりなさい」


 幹部会議を行うとき、正座で誰よりも早く正座して待っている姿を見て緊張しない者はいない。


「先日は当主様にお手を煩わせたこと、重ねてお詫びいたします」


 姉が深々と頭を下げたので、円もそれに続いた。こういう礼儀が必要な場面はなかなかに窮屈だ。こういうとき、自分は本家の人間に向いてないな、と思わなくもない。


「良いです。私が望んでやったことなので。余計な挨拶はこれ以上不要です。幹部会を始めましょう。各家、代表者より、先日の抗争での実績を述べなさい。隠さずすべて。私に報告せよ。すべて聞く。皆も良き実績に拍手を、悪しき結末には静寂をもって反応するよう」


 白虎家を始め、多くの家での幹部会では2点を重視する。『真実』と『実績』。


 良いことをしたのならそれを誇ることを許し、悪いことをしたのなら反省する。反省をするものに『死刑』『追放』、それに類する罰は与えない。


 確かな実績を残したものは等しく評価する。特に戦いの実績は四方守護として最重要視するべきことだ。それはただ、皆に戦いで活躍できるほど強い者になれるよう願ってのこと。


 それぞれの家が報告を始めた。


 天若も例外ではなく、真実の通り、当主を務めた兄の死のことを報告する。


 場に重い空気が走る。


 白虎家所属の人間の死傷者もそれなりにはいたが、幸いなことに死者が少なかったので、それほど大事ではない。御門家は『死ななければ良し』の精神が当たり前なのだ。


 そういう雰囲気もあってか、数多くの傷ついた同胞の話より、死んだ天若家現当主のことは、すべての傘下に重く受け止められたようだ。


 一方で良い報告もあったのだ。円が敵幹部を1人討伐したという報告。


(言わなくていいのになぁ。まあ、偽りなくじゃないと栞様怒るし仕方ないけど、アレ完全にムカつくからぶっ飛ばすっていう感じだったし……)


 言わなくてもいい。その理由は円が自慢するのが恥ずかしい、という理由ではない。


(ほらその顔)


 懐疑的な顔が7割。ある条件を満たした一部を除いて、この報告は全く信じられていない。


 栞は頷いていたが周りは綺麗にスルーして、やはり話題は天若の最大の失態に関することになった。家の代表者の発表の後は、その家に対する質問やコメントが許可されている。


 白虎家で特に力を持つ3つの家のうち1つを似合う当主が現役で敗北したことは少なくとも天若に大きな影響を及ぼす事柄。なにもなし、はさすがにない。


「大変でしたな」


「乙間殿、先日の弔いのお手紙、ありがとうございます。」


 乙間は力のある3つの家の内の一つだ。白虎家に限った話ではないが、強い家、それ即ち本家の人間が強いということ。2代で成り上がった乙間家、当事者の1人である目の前の男は権力を力で勝ち取った人間であることを証明している。


「しかし憐れんでばかりもいられません。今回の当主の敗北は思ったより大きい。天若は御曹司とあなたがあってようやく今代が成り立つ。片方がないのではいささ実力として心許ない」


 27歳で当主を務める、乙間源一郎は和の正装をもってしてなお体がデカいと分かる男だった。その隣には妹の和葉もいる。目はいつも黒い帯で隠しているので、

(あの帯私もつけるとかっこいいかなー)

 と、円は呑気に考えている。


「その通りです」


 この場に来ている円は当たり前のようにその後継者に呼ばれない。


 円はそれに不満はない。式神のいない自分が認められないのはわかっているからだ。


「どうでしょう。天若さん。我々と家を統合しませんか。それならあなたも悪いことにはならない」


「天若はまだやれます。たしかに家の格は落ちるでしょうが」


「いいえ。当主が敗北するなど言語道断。天若の強さの信頼は地に落ちたということです。挽回などできるはずはない。あなたも知っているはずだ」


 確かに、御門家の傘下の家として敗北は重罪だ。なぜなら自分の領地を守れないことと同じ。侵略者に己の領地のすべてを踏みにじられるのを許す行為だ。


 京都においては信頼して税を反逆軍や御門家に収めている多くの人々に対する裏切り行為となる。


「西に住む人々や、本領の御門呪術連合はもう天若を擁護しないでしょう。天若を維持するだけの支援もお金も入らなくなるのは目に見えている」


 間違ってはいない。


 実績を上げられなかった家、大きな敗北を晒し信用を失った家は死ぬ。御門家は敗北に厳しい。負けないことこそが、神人十二家最強と呼ばれる御門のアイデンティティーなのだから、それに傷をつける者は許されない。


 相応の代価を支払うのは当然のことなのだ。


「だがあなたや才覚のある者をむざむざ捨てる必要はない。戦士は十分な環境があってこそ武器になる。あなた達にそれが用意できなくなるなら、我々が引き受ける」


 源一郎は本気で言っているのだ。隣の妹は全く頷いていなかったが。


「御門家は常に戦うための武器を必要としている。良い武器を捨てるほど余裕はない」


 それは逆に良くない武器は捨てるということで。


「妹を連れていく気はないのでしょう?」


「式神のいない粗悪品を乙間に迎える度量はない。うちは強き者しかいらぬ」


「ならお断りします」


「では当主、決闘の許可を」


 はぁ? と言いかけたところを円は手を口で押さえて何とか絶えた。


(珍しいわね……? あのマッチョが珍しく強引じゃない)


 白虎家では意見の衝突があったら、決闘で買った方の意見を通すことになっている。


 ジオラマシミュレーションに入っての一騎打ちだ。


「認めます。とっとと終わらせて会議の続きを」


 円は栞の真意を見抜いていた。


(めんどくさそうな顔してるわねー。多分源一郎のやつの案件を後で持ち越しにしたくないんだろーなー)


 栞は面倒くさい案件があると、ジト目になって眉間にしわを寄せる癖がある。円はそれを見逃さない。


(あねきー、頑張って―)


 我関せずで終わるのを待つ――決闘の間は正座を解いていいのでむしろラッキーだと思っている――円に衝撃の一言が降り注いだ。


「天若円。一騎打ちを所望する」


「なんで私なのよ! 雑魚なら相手にしなくていいでしょうが!」


「この決闘でお前を天若の出来損ないと証明しなければならない。天若の当主が亡くなった今こそ、本家の人間が2人しか残っていない天若家には彼女しかいないと証明する」


「なら私がいなくなればいいでしょ。破門でもなんでも好きにすれば!」


「ならん。白虎家の規則に則り、真実を皆に示さなければならない」


 円は舌打ちする。そして立ち上がった。


「めんどーね……」




 ******




「どいつもこいつも私が式神いないって嫌味言ってくるし、早起き面倒だし」


 で? なんでキミ普通にいるの?


 現在午後の2時。約束のおしゃれ呪符ショップにいる。

 

 今までのお話的にどう考えても俺のスキンケアの道具を買いに行ける流れじゃなかったでしょ。


「勝ったわよ」


「まじで? すごい人だったんじゃないの?」


「ばかねー。天若をなめすぎなのよ。まあさすがに源一郎が本気出してたらヤバかったけど、完全にナメてたからね私のこと。ざまあみろ」


 今日の幹部会の愚痴を聞いていたのだが、後半の方は円の自慢話のような気がしないでもない。幹部会のときは本当に嫌そうな顔をしてたので、愚痴でストレス発散になったのなら何よりではあるが。


「あと二の腕掴むな」


「いやぁ、アンタに触ってるとねぇ。嫌なことがあってもなんだか明るい気分になれるんだよねー。ストレス発散……」


「うぐぅ。そんなことないだろ」


「決闘は毎度起こるけどね。


 まるで俺をぬいぐるみみたいな扱いにしやがって


「ところで何で君たち仲よさそーなの?」


 呪符を1枚俺にかざして、乙間和葉ちゃんという目を隠している不思議ちゃんが俺に新しい呪符を試している。


「ここまで呪術でいい感じになる時代がきたんだぁ」


 俺で試すな。


「かわいいねぇ?」


 かわいい言うな! 頭なでるな!


「和葉は私の弟子兼友達だもん。おにーちゃんに強くなれって脅されてるって追い詰められてた乙女を一人前の呪術師にしたのは私……と兄貴だもんねー?」


「ねー?」


「あと兄貴は乙間家の源一郎以外にはあらかじめ手を打ってあるのよ。乙間家の呪術師の半分以上は兄貴と姉貴が同じように懐柔してるのよ?」


「悪の組織みたいなことしてるね君たちぃ」


「だから天若をナメすぎなのよ。当主含め鍛え方が違うわ。乙間はまだまだ生ぬるいわねー」


「でも、だからこそ。その筆頭である兄貴が負けたのは衝撃だったのよ」


 へぇ……そうだったのか。


「てか決闘って穏やかじゃないのよ」


「そう? 御門家では普通だよ? 異論があるなら表出ろ! そうやってぶつかり合うことで口論より手っ取り早く意見の対立を片付けることも多いね」


 ええ……。物騒だなぁ。


 話合いで物事を決めたほうが穏やかじゃない? と反論する前に答えがかえって来た。


「御門家は強さこそ正義。弱い連中に慈悲はないわ。それが嫌なら強くなるしかない。決闘のシステムはいじめ防止のため、当主か本家の許可制だけどね」


 逆に許可出ればいいんだ……。気に入らないことがあったらぶん殴る! みたいなヤンキー精神を感じるのは俺だけだろうか?


「そういえば、乙間は源一郎が最後に厄介な事言ってたのよねー」


「なに?」


「乙間家は百鬼夜行で結構被害を受けた家。鬼を許すわけにはいかない。そしてそれに加担するお前も」


「ゑ」


 え、不穏すぎるんだが。


「私のことご機嫌にしておいた方がいいよー? 私なら乙間の連中が仮に闇討ちしに来ても守れるし。お代はいらないから思う存分、触らせて?」


 俺の体をか? なんでだよ。


「いーじゃん。本当に、ぽかぽかしてて触り心地もいいんだもん」


 俺は円のストレス発散の役割を担って、いや勝手に担わされてしまった。


 まあ、御門家暮らしがなんだかすごいのも垣間見たし、円のこれも精神的なストレスを和らげる意味だけじゃないかもしれないな。


 主に戦いで疲れた体も、

「疲れたからだにきくー」

 どうやら癒しているようだ。俺にそんな効果あるのかは甚だ疑問であるが……。レイもそんなこと言ってるんだよなー。

(終)


(お知らせ Ver2.0は10月17日開幕。元々16日でしたが執筆に遅れが出ているので、少々お待ちください)

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