間章 Ver2.0までの日常編
日常編1 鬼娘は夜に巫女を抱く
うーん……妙だ。
いや、今更巫女姿に変な感じがするわけではない。俺が鏡の前に立っているのはそれが理由というわけではない。
レイとの契約の指輪でつないだ新しい契約は以前とは少し違う点がある。それは指輪に込められた呪力を使うことで、この姿になる。
力を使った分だけその反動なのか巫女姿でいることになる。煌炎とか5分使っただけで24時間この姿だ。
それはいい。ぶっちゃけ前も似たようなものだったし。
ただ最近は指輪を使った覚えはないのに、朝起きるといつの間にかこの姿になってることがあるのだ。
「うーん」
昨日はちゃんと男の姿で寝たんだけどなぁ。もしかして自然に指輪を使っているのだろう。外しても問題指輪が壊れない限り契約破棄にはならないのでその点は心配ないだろう。
いつもは何かあったときすぐに変身できるように寝るときもつけてるけど、気になるこの原因を解明するためにちょっと外してもいいだろう。
俺が自然に指輪を使っているだけならいいのだ。そうじゃない別の理由、特に体に異常があったり、変な呪いにかけられたりしてることが原因なら放っておくわけにはいかない。
早急に原因は解明するべきだろう。
「……えへへ。あったか。もちもち。えへへへ」
寝言を言ってまだ幸せそうに寝ているレイはそのままにしておくとして、俺はとりあえず今日の学校の準備をすることにした。
教室の空気が若干ピりついているのは俺とレイのせいではない。なにせヤンキー先生がいなくなってその穴埋めに講師陣がめちゃくちゃ忙しいらしいのだ。
もうすぐ期末テストがやってくる。高等学校に入ってから初めての長期休みなのでその間は何を使用かは悩ましいな。
それが終われば学期ごとに1か月設けられている長期休み期間だ。もっとも、3年生なんかはその期間に、就活や内定が決まっている会社の業務研修があるらしい。
学校も希望者には講習や戦闘研修を行うらしいので、それに参加することも元々は考えていたのだが、この前まで戦いばかりで部活の方にあまり集中できていなかった感じがあるので、そっちに集中してもいい。
なにせ、人型悪霊やなりそこないのこともある。あのドクロや一ノ瀬先輩の話を聞くにレイに無関係というわけではないだろう。そちらの研究を頑張ってみるにはいい時間だ。
だがその前にこの小さな、だけど無視できない問題を解決しなければ。ちゃんと自分の姿を管理できないとどこに行こうにも問題が発生する。
例えば姿上仕方なく出先で女子トイレを使うとして、なぜか男に戻ったら。いやその時は指輪を使えばいいか……? いや、入った瞬間謎の変化で元に戻った瞬間俺の人生は終わる。
逆に男の姿で温泉とか入ってるときに急に巫女姿になったら、おお、ぞっとするな。ヤバい男に襲われるのは、たとえ撃退できるにしてもごめんだし。
呪力を感知するセンサーとか誰か貸してくれないかなぁ。それとも自分で買うしかないのかなぁ。高そうだなー。
「礼、礼!」
ん、どしたのレイ?
「先生が呼んでますよ!」
なに。なんだかこの展開前もあったような気がする。
恐る恐る前を見ると、眼鏡のピンクヘアーのポニテ先生がこちらをにらんでいる。あの人若くて普段は優しいのに、授業が始まったらめちゃくちゃ怖いのよね。
「夢原? 私の話を聞いていましたか?」
「ももももちろん」
「なら、光弾と実弾、光矢と真矢のそれぞれのメリットは言えますね?」
「えーと、光弾や呪の矢は特性付与がしやすくて呪力消費を抑えることができるのがメリットです。ただし相手のシールドを削る能力も低い」
「ふむ。で実弾のほうは?」
「実弾、真矢の方は特性付与が難しい代わりに、存在強度が高いからシールドに当たった時の削りが大きいです。よくシールドを使う相手にはこっちで削り殺しもできる」
「ふむ、それで?」
「え……」
「ふうん」
それ以外あったっけ? あれ……? みるみる先生が怖い笑顔に。
フリーズする俺の隣でレイが小さな声で一言。聞こえてくる。
「礼ぃ……。実弾は呪力耐性のある敵に効果的だと何度も言ってましたよ……。他はこたえられなくていいけど、これをあとで答えられなかったら潰すって」
やべ!
そう思った時にはチョーク的な何かがもう目の前に。
俺はそれを奇跡的に回避する。なにせ嫌な予感がしたからね。
「回避すな! 頭に叩き込んでやるからなぁ? よりにもよってそれを外すとはいい度胸してるわねぇ?」
ひぃい!
クラスの笑いをとることはできたがひどい目にあった。
まあそんなこともあった日の夜なのだが、明奈に頼んで監視センサーを1つつけることに成功した。レイにも事情を話して許可してもらった。
「これで何か呪力が起こったときにそれを感知できる。記録もできるから問題なさそうだぞ。それに一応デバイスも監視モードにしてと」
「心配ですね……。何か妙な攻撃を受けてるのでしょうか……?」
「何事もなければ明日の朝には男に戻ってるはずなんだけど」
とりま、今日は寝てみようか。
戻ってない。なぜ?
もう胸の感覚でわかる。何かが乗ってるこの感覚は間違いなく巫女姿だ。
そういえばこの前如月の奴に、胸をふにふにつつかれ、その後なぜか抱き着かれたんだよな。
「ほんとだー」
何がだよと尋ねると。もっと自信もちなー、とだけ言われた。追及する間もなくアイツどっか行ったんだよね。
とりあえずセンサーを見てみると、呪力反応が1つ。やはりこの部屋の中で起きているようだ。
時間は夜中の3時7分。
うん、ちょうど俺がすやすや寝ている時間だな。
なんか怖いな……、もしも俺かレイじゃない誰かだったら怖いだろ。体に何か変な事されてるとかだったら心配で夜も眠れなくなってしまう。
そうじゃないことを祈りながら、俺は監視カメラの時間を件の時間の1分前へ。問題の3時7分に何が起こったのかをじっくり見るために。
俺の布団の隣にレイの布団。2人で寝るときはいつもこうだ。
いつダブルサイズを買うのかと姉貴と炎雀さんに言われたときは何事かと思ったけど、俺とレイはちゃんと節度を守った共同生活を送るつもりだ。
もちろん迫られたら嫌ではないけど、俺はすべてが終わった後にそれでも互いに好意があったら、行くところまで行こう、というスタンスだ。
だけど恥ずかしくてレイがどう考えてるか分からないけどな……。
お、そろそろ問題の3時7分に。
って、レイ? そんなもぞもぞ動いてどうしたんだ。
『どこでしゅか……』
ごそごそと動いて自分の布団を脱出したレイはそのまま俺の布団に侵入。
先ほどまで悪夢でも見ているかのような顔だったのに、俺の布団に入った瞬間。なぜか穏やかな顔になった。
そして。
抱き着いた。画面の中の俺に。
俺に? うぇえ?
「えへへ、ふぅ……。れいーれぃ。もちもち。すぅ……あったかでしゅ」
俺を抱き枕にしているレイの指輪が光っている。この寝言はまるで起きているかのように見えるほどはっきりと言っている。
どうやらレイが俺の寝込みを襲って俺を抱き枕にしているみたいだ。
そして、指輪が光っているということは、俺に無理やり呪力を送って、巫女姿を維持させているということか!
「あ、わわ……」
自分の寝姿を見られたのが恥ずかしいレイが俺の蛮行を後ろから見ている。
そして、しばらくフリーズした後に出てきた言葉が。
「ダブルサイズは……お預け……ですか?」
――お預けです。だめ、残念そうにしょぼんとしてもだめ。俺が男に戻れなくなっちゃうでしょ。
「ごめんなさーい!」
俺が巫女姿から戻れない日は続いたのは、レイが原因だったのか。まあ変な事件じゃなくてよかったけど……。
「礼の近くにいると悪夢を見ないんです。それに、あったかくて、腕とか体とか、抱き心地が良いんですよ! 如月の言う通り、もっと自信を持ちましょう!」
勢いでごまかそうとしてもだーめ。
しばらくはお預けです。反省するように。
……まあ。
「そうしたいならちゃんと言ってね。でも1週間に1回。ちゃんと変身は管理したいから」
その一言でぱあっと明るく笑うレイ。まあ、悪夢を見ないのに俺が役立つなら、それくらいはいいだろう。
「礼の、からだ、堪能します」
その言い方はやめようね?
この日から、週1回で俺とレイは一緒の布団で寝る日ができた。
ダブル……は週1でしか使わないとかだめだな。それはまだ買う時ではない。
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