第60話 巫女として生きる道を

 バ、バレてる……?


「安住が必死になって何をしてるのかと思えば、まさかこんなことなんてねぇ」


「隊長、まさか俺に盗聴器を……? くそ」


 マジかよ。


「隠してたのに」


「反逆軍の守護者をなめんなっての。あんたが軍の連中に根回ししてたとしても自分でこれくらいの調査はできるって」


「申し訳ありませんでした。隊長。俺では、弟殿を救えなかった」


「いいのよ。姉妹そろって狂人とは恐れ入る、でしょ?」


「ぐ……すみません」


「ありがとうね。でも、もういいから。私のことは気にしないで」


「でも、刈谷先輩も西先輩も目を覚まさなくなって。夢原隊はもう、第1隊は俺しかない。俺が頑張らないと」


「いいの。あなたが抱えることじゃないわ。もう、その任を背負う必要はない」


 俺を見る目は真剣だ。そりゃ、姉貴は俺に戦いに関わるなとずっと言ってきた。その理由を知っておきながらガン無視したんだから激怒しているに決まっている。


「姉貴、おれは」


「……ふふ。あははははははは」


 演技だった。急に笑い始めた。あんな怖い顔しておいて!


「引っかかった」


「はぁ?」


「鬼娘と巫女が面白そうだから、行動調査してちょこちょこ会いに行って感触を確かめて。そしたらなんか弟ににてるなー、まさかなー、ってちょっとショックで時間があればストーカーしてたし。でも、へぇ。本当だったんだ」


 いや、引っかかったってどういうことだよ。あ……まさか、今の!


 てか、俺らのことずっと見てたのか! で、何を見てたら弟が女の子になってる、なんて馬鹿みたいな発想になる。


 まあ、事実は小説より奇なり、みたいなことになっているけどさ。


「正直今の今まで半信半疑だったからためしにカマかけてみたらビンゴ。まさかスーパースターが身内とはねぇ」


「やりがやがったな」


「ふふふ、可愛いじゃないその姿。私的には損ばかりじゃないわ」


 このクソ姉貴め……!


「でも、そうか。やっぱりあなたはそうなっちゃったか」


 そうだ。姉貴は俺よりもずっと大変な世界で生きてきたからこそ、俺を思って戦いの道から遠ざけてくれていた。何1つ、不自由を感じないほどに俺を守り養ってくれた。


 その庇護対象が自分で死にに行こうとしているみたいなものだから、それを許しがたいのは当然だろう。俺だって理解はできる。


「正直、もう怒る気もないわ。あなたはその剣で覚悟を示した。私は立場があるから完全な味方にはなってあげられないけど、命令が来ない限り敵にもなるつもりはない」


「……ごめん。姉貴が俺のことを考えてくれてるのは知ってるよ。安住にも怒られたから、はっきりと」


「そうよまったく。これじゃあ死に物狂いで稼いでる意味もない。でも、私もあなたも、そうだもんね。あの日救われてから、それに憧れた。分かるから。だから怒りよりは納得が勝っちゃうかな」


 でも姉貴は怒らないでくれた。今きっと抱いている感情をしまって。


 姉貴はレイの方を見る。


「私の渡したヤツ、役に立ったみたいね」


「あの耳飾り。感謝申し上げます。あれがなければこうも上手く今日のことは運ばなかった」


「でしょ? よかったよかった。妹の可愛い彼女を守る手助けができたならヨシ!」


「でも、あの呪術はあなたの奥義なのでは……?」


「いいのよ。半信半疑で渡したとはいえ、結局は礼を生かすのに役立った。それに巫女が礼じゃなくても、私が渡したそれで悪が葬られるのなら、それはためらうべきじゃない」


 安住を見て、

「まあ、その後まさかうちの隊員が殺しにかかるとは思いもしなかったけどねー」

 と一言。安住はうなだれる。


 姉貴は再び俺を見る。隊服を着て、剣を装備している姉貴の佇まいは、なるほど、強いなと確信できる。


 安住ほどの覇気はないけど、隙が無い、悪意を持って近づいた瞬間斬り落とされる、と俺は思わずにはいられない。


 でもその顔は俺を見て呆れたような、でもどこかうれしそうな微笑みを見せてくれていた。


「礼。その子のこと。あなたは命を懸けて守るのね?」


「うん。約束したから。鬼を狙うあらゆる悪意と戦って、レイの願いを叶える」


「人助けをして誰かが幸せそうなのが自分の幸せ。そんな正義の味方気取りの大馬鹿。似た者同士の姉妹になっちゃったねぇ」


「姉妹じゃないだろ」


「ええ、今はその姿なのにー?」


「そ、それは」


「まあ話を戻して。私は軍からの指令が下りない限りはあなたもそこの鬼も殺さない、むしろ今まで通り接してあげるから。たまにはその子連れてでもいいから家に帰ってきなさい。元の姿でも、その姿でもどっちでもいいわ」


 一呼吸おいて。


「私は。あなたが前向きに生きていてくれるのならそれでいい。元気な姿を見せにきて。私だって、いつも見守っていられるわけじゃないんだから」


「わかった」


「じゃあ。積もる話はその時にしましょう。今日はもう疲れたでしょ。帰りなさい。私は、安住くんやら、後始末やらで動けないからまた今度。如月、林太郎。学校まで送って行ってあげて」


 総隊長の指示を受けて如月と林太郎がこっちに寄ってくる。


 俺はレイに手を伸ばす。


 レイはあたたかな手で俺の手を握ってくれた。そして俺が引っ張り上げると、その勢いに乗っかって立ち上がるがすぐにふらつく。


 俺はそれを受け止めて、お、ととと。


 もう力が本当に出ない俺を林太郎が支えてくれた。如月はレイのことを。自分の起こしておいてなんと情けない姿だまったく。


 支えられながら旧平安神宮の出口へと向かう。


「礼。最後に1つだけ」


 姉貴の声がした。林太郎は律儀に止まってくれて姉貴が見えるように振り返ってくれた。


「あなたの歩む道は戦いの道。この先も、敵が鬼を狙ってやってくる。その道を歩き出した以上、多くの者の希望と命を奪って生き残るあなたは、いずれ絶望しながら処断される。その処断が、約束を果たす前に来ないよう、抗いなさい」


「その言葉、姉貴の言葉だったんだな」


「あら。言われてたの。余計なお世話だった?」


「……いや、今回の件でよくわかったよ。うん、頑張るよ」


「ええ。頑張りなさい」


 今の言葉はいろいろ経験してきた姉貴なりの激励のメッセージなのだろう。 


 再び俺は、姉貴に背を向けて歩き始める。姉貴の願いを裏切ってでも、俺が望んだ俺の生きる道を。


 助けて。その言葉に最後まで応えるために。


「礼」


 いや、約束だけじゃなかったな。俺にとってレイはもうかけがえのないパートナーだ。2人で一緒に、鬼の謎に迫り、必ず人間に戻ると言う奇跡を起こすんだ。


「帰ろう」


「はい」


 イチャイチャしやがって、と呆れた顔の如月は無視し、帰路へ。


 もう戻れない鬼の巫女として生きる道を。この道だからこそ出会えた仲間に支えられながら。


 今、最初の一歩を踏み出す。

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