分岐後

第59話 目覚めし鬼の力

 安住の刀は折れて、地面に突き立った。安住は自分の胴に燃える切り傷を手で押さえた。


 間違いなく斬った。


「危なかったな。浅い」


 なんだと……!


「危機を脱する体術は剣術を得意とする夢原隊の十八番だ。敵の刃が奥深く入る。その軌道を逸らす、あるいは体使いの1つで軽傷とできる。すべて生き残るために得た術だ」


 次はない、と残酷な事実を体は俺に伝えていた。


 そしてあの野郎、目の前でさっきまで使っていた剣を再び復活させた。あの刀は安住の想像によってできた剣なのだ。


 でも光刀と違って鋼の刀は想像自体が難しい。よほど精密に刀を想像していなければ実体化はできないはずなのに。


「ここまでだ。夢原」


 剣を構える。この距離で〈空割〉を撃つつもりなのか。


 終わりか……?


 剣は容赦なく振り下ろされ、俺は迫ってくる斬撃をただ迎え――。


 ……?


 俺の前に1人。


「遊びは終わりです。安住」


「ほう?」


 あの時と同じ真っ黒な呪力を纏ったレイが俺の身を守ってくれた。でもさっきとは違い、俺はそれが怖くなかった。


 真っ赤な目でもレイは微笑んで俺に語り掛ける。


「刀を貸してください。やはり本気のときはそっちが好ましい」


 言われるがまま、俺は彼女に得物を渡す。


「私の伴侶に手を出したことを地獄で贖え。……殺してやるからかかってこい」


 安住は狂喜した。


「それが見たかったよ。これで思う存分殺せる……!」


 次の瞬間。


 2人は走り出す。そして互いに必殺の剣戟を行った。


 死なず。それを確認した直後から、レイの剣舞と安住の蹂躙が激突を始めた。


 ……ああ。


 凄まじい。俺では煌きの炎を使ってようやく勝負になった安住よりも、黒い炎を纏う剣は速く、鋭い。安住に反撃の余地を与えないほどに。


 しかし、安住も俺のときよりも2倍速い剣に負けない対応を見せていた。そしてレイに反撃を入れ、その切っ先がレイの目の5センチ先を通ったこともある。


 2回の剣がぶつかり合う。安住の振り下ろしに合わせ、回転斬りをしながら後ろに回り込もうとするレイの斬撃をたたき上げ、距離をとったレイに安住は間髪入れず襲い掛かった。


 ガキン。キン。ガン。刀から発せられているとは思えないほどの激突音が響いて、安住の掌打を、後ろに跳躍して勢いを軽減したレイに襲い掛かる〈空割〉。


 2連射、俺のときは使ってこなかった。


 あの野郎、多分俺との戦いで手を抜いていたわけじゃないだろうに。相手が強いからそれに合わせてさらに強くなっているのか。


 レイは一度目の空割を受け流し、2回目を低姿勢で突撃しながら回避し、安住へと近づいた。


 炎が燃える。一気駆けで想定以上の速さで肉薄したレイ。その剣に宿る黒い炎は明らかに勢いを増していた。


 決めるつもりだ。俺でもわかる。安住も分からないはずはなかっただろう。


 安住の剣の光沢が増す。傍目から見てもそれははっきり見えるほど。


 すでに剣が届く距離に互いをとらえた瞬間。


 振り上げられた暗黒の剣と安住の墜落する刃が激突する。


 轟音。安住の剣が打ち上げられた。力負けしているが黒い炎が宿る剣はまだ安住には届いていない。


 ……いや。


 予感がした。あれは、罠だ。


 安住は元々一撃目が弾かれることを予期していた。レイが次の攻撃態勢に入る前に安住はもう1回、剣を振る準備が整っている。


 その刀を振り下ろし、鬼を斬る準備が。


 だけど嫌な予感はなかった。これは俺だけが分かることだ。


 あの動き、あの炎の入り方、そして。あえて一撃目で深く斬りこみに入らなかったのは理由がある。


 振り上げられた刃は呪術の援護と手捌きで俺よりも速く反転した。


 安住はこの瞬間。自分の負けを悟ったのか目を見開く。


 奥義〈紫往〉。これは元々レイから教えてもらった呪術剣術。当然ながらレイが本気で戦えるのならばその精度はレイの方がはるかに高い。


 安住が追撃をする前にレイの反転した剣が勢いよく胴をえぐった。


 致命傷だ。体は両断されていないが深く刃は入り傷口は燃えている。


「ぐ……」


 ここまでたった30秒弱。殺してやるからかかってこい、とレイが言ってからたったそれしかたっていない。


 ん? なんか嫌な予感がする。レイが危ない……?


 見ると、レイはその場で膝をついて動かない。呪力を使い切ってへとへとなのだろうか。


安住は倒れていなかった。それどころからその手にはまだちゃんと剣を握ってて、振り下ろせる位置で構えている。


 まさか、と思う。


 そこまでして鬼を殺したいのか、アイツは。


 このままではレイが死ぬ。そう思った時にはもう体が動いていた。


 いや、もうとっくにやれるはずもないのに、俺の思いに答えて無理して最後の推進力を灯してくれた。足が動く。手が動く。


 導く先は、今にも剣を振り下ろそうとしている安住に向けて。


 最後は単なる体当たりだった。本当に子どもがやるような最後のあがきだった。


 でも、安住には十分だった。最後の意気を崩された安住はそのまま吹っ飛び、転がって仰向けになった。


「クソ……が……」


 いつもクールそうに振る舞うこいつが悔しそうな声を出すところをオレは初めて見たかもしれない。


 それで本当に勝ったと思い、生き残れたという喜びが沸きあがった。


「礼、ありがとうございます」


 地面にへたり込んで、立っている俺を見上げるレイ。


「大丈夫?」


「すみません……呪力を使いすぎてしまったみたいで……帰りの面倒をお願いできれば」


「もちろん」


 結界が解除されていく。


 周りの景色は変わらないが、何かが剥がれていくような感じがした。


 宿の屋上から声がする。


「ゆめー!」


「しゃああああ! 勝ったか!」


 どうやら戦ってたのは察してるっぽかった。円と大門と明奈がホッとした、それで嬉しそうな顔でこちらに手を振っている。


「ったく、俺たちだけ入れねえってなったときは冷や冷やしたもんだが」


「ホントやってくれたわね」


 一方で、友人と先輩がなぜか殺し合っていた、という事実を目の当たりにした如月と林太郎は開いた口がふさがらない様子。


 あとで、ちゃんと説明しないとな……。


 明奈と大門がこっちに駆け寄ってくる。


 これで、本当に。ようやく終わりか。


 さすがにこれ以上はもう来ないだろう。俺もレイももうへとへとだ。


「あ、大門君ケガがひどいですよ! 明奈も」


「おにれい、この程度気にすることねえ。いつつ」


「足引きずってるじゃん」


「明奈、お前は左腕動いてねえじゃねえか、お前にいわれたかねえよ」


 レイが笑顔で友人に声をかけている。普通の人間のありふれた出来事。今レイはそれを清々しい顔で行っている。


 だけどそれは、俺が勝ち取った結果なのだと実感する。


 あとは帰ろう……ようやく、ぐっすり眠れ


「大変だったわね」


 背筋が凍った。


 死にかけの安住が体に無理を言わせて起き、その声の主に反応しようとするが。


「いいわよ安住君。そこで寝てて。もうすぐ活動限界でしょ?」


 安住にこうやって命令をできるなんて、この世に1人しかいない。



 反逆軍夢原隊、総隊長。


 そして俺の姉貴であり、反逆軍守護者第9位。


 夢原希子だ。


「どうして……ここに? あなたも私を殺しに」


「かしこまる必要はないわよ。礼。安心しなさい。私は、鬼を殺しに来たんじゃないわ」

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