第56話 潮時だ

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 光の武具を使う少年との戦いと、あの光った剣を重ねて見てしまった。


 追い詰められていたとはいえ、自分の花が壊されたあの光景を思い出してしまうとは滑稽な最期だ。


「まあ……レアな死に方かもだし、わるかねえか」


 黄金の炎を灯した剣で斬られた時点て、炎が自分を焼きつづけていた。なるほど、これは正真正銘呪いの剣だ。巫女の敵を焼き尽くす善の炎。悪である自分が裁かれるのにふさわしい。


 少なくとも、この街の悪意に絶望しながら死ぬよりはよほど悪くはない。


 死に際に走馬燈を見ることはなく。


 思い出していたのは、巫女が来る前にやって来た、思わぬ再会のこと。


「うれし、かった、な」




『ずみ……? 報告にあった反逆軍の刀使いはお前なのか。なんでここに』

『俺、民衆の中に紛れてたぞ。この茶番劇もみんな見た』

『はぁ? めっちゃはずいんだが』

『見逃すはずもない。巫女や厄介な仲間もいないし、隊長や隊長の友人、御門家の監視役やらの監視もない。鬼を殺せる好機。だが偶然というのも、面白い出来事を起こすものだ』

『こわ』

『誘拐されたはずの友人が事件の犯人とは、俺も絶句したが、お前に会えると分かったらいてもたってもいられなくて会いに行くことにしたよ。裏庭からこっそりと』

『つーか、なんでお前まだ軍にいるんだよ! あんなことされて』

『お前の叫びは、余計なお世話だったぞ。だがそうさせたのは俺のせいだな。――すまなかった』

『なんで頭をさげんだよ! 違うだろ、お前は俺を殺すべきだろうが』

『俺にその権利はないだろう。あの日、お前を救えれば、こんなことにはならなかった。例えその後に何があったとしても、それは事実だ。ずっと地獄に行ったら謝ろうと思っていたが。こうして機会を与えられたことはうれしい』




『お前、変わったな。なんだか、怖い人間になったな』

『それはこっちの台詞だ。見ないうちに本当、狂人になったな』

『それでも俺よりお前だ』

『甘いころの俺は捨てた。8年前、次女以外の家族を失ってからは稼ぎ頭として甘さを捨てたつもりだった。だが、2年前、次女である俺の可愛い咲季を失った』

『お前のせいじゃないだろ。たった1人しか残ってない家族を殺されたんだぞ』

『いや。俺がいけなかったんだ。弱いからいけなかった。悪を殺せなかったのがいけなかった』

『鬼を殺すのか』

『そうだな。だがアイツが来ているのなら。俺の恩人のため、先にやるべきことがある。すぐに殺すことにはならないだろう』

『でもどのみち殺すんだろ? ならここを通すわけにはいかないなぁ』

『なら、俺とやるか? 久利』

『時間があったらそうしてやりたいが。悪いが先客がいる。それにお前とはやりあう気分じゃないなぁ』

『奇遇だな。おれもだ。本当なら、いろいろ話したいことがある』

『笑った。あの頃と同じだ』

『ふん。お前の前だ。いいだろうが。再会を祝して一度だけ融通をきかせてやる。先客をとっとと始末して、俺にお前を殺させろ』

『分かったよ。……来たな』

『まったく、姉妹そろって狂人とは恐れ入る。後で殺しに来るからな。死ぬなよ』




「わるいな。おまえのために。きょう、と、のばかどに、じごくをみせてやりたかったが」


 もうすぐ何も見えなくなる。


 唯一ともいえる後悔を口にしたとき、聞こえてきた声。


「まったく。お前が抱えることじゃないだろうに」


「あ……」


「だが安心しろ。お前の欲しかったものは届けてやるさ」


「おいおい……それじゃ、……意味ねえ……っての」


 意地悪っぽい笑みを浮かべたその男の顔が、久利が見た最後の光景だった。



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 全快とはいかない様子ではあったが元気そうに、笑みと共に戻って来たレイを見て大門も円も安心した様子。


 ここから先は、本当にいつも通りだった。大門も円もレイを責めることも、何か言葉を書けるわけでもない。本当にいつも通り、悪霊を倒した後と同じだ。


「でよ、お前らが行った焼肉屋行こうって話になっててよ」


「まだ了承してないわよ」


「割り勘」


「いやよ。男どもいたらめっちゃ食うじゃん」


「いいじゃねえか。ぱーとやろうぜ。金はため込んでも意味ないぞ」


「そういうのはセレブに言いなさいよ。私たちは違うでしょ」


 とまあ、円と大門のそりが合わずに言い合いをするのもいつも通りだ。


「まあまあ。私がおごりますから、今回はみんなに助けてもらったわけですし」


「いいのよ男子は繊細さに欠けるわけだし、安いところで打ち上げしても同じ」


「なんだとぉ?」


 敵は倒した。残党はいるかもしれないが今回の首謀犯はこれで全員だろう。伊達家に引き続き狙われるのかもしれないけど、そっちは先輩たちに任せてしばらくは身を隠せば安全だ。さすがに打ち上げはその後だな。


 建物の外に出た。


「あれ……?」


 反逆軍がいっぱいいる。住民を次々に取り押さえるのと一緒にけがを負った風紀委員や生徒会役員を搬送、あるいは護送しようとしているみたいだ。


 俺たちのところにも、如月や林太郎がやってくる。その後ろからはレオンと明奈が何かを話しているみたいだ。


「お疲れ」


「軍が仕事しないから、私たちでやっといたから」


「あのな。そんなに恩着せがましく言うんじゃないぞ。逆だ逆。総隊長たちが伊達家を止めてたから格上の援軍がいなかったんだよ」


 むぅ、とふくれっ面になる円だが、それは彼女がすでに言っていたことだ。俺たちが戦っている最中も伊達家の襲撃があったと。


 今冷静になって見れば、玄武先輩が言っていたドクロの一手だったのかもしれない。死んでなお仕事をする布石を打っているとは、ここまでくるとその用意周到さに鳥肌が立つくらいだ。


「なぜ反逆軍の皆さんが来たのですか?」


「いかに生徒会と風紀委員とは言え扱いは一般市民だ。一般市民が大集団で武力抗争を起こしたとなれば、法的にみると良いことじゃない。敵が実際死んでるしな」


 円が何か思い至ったらしい。


「大事にならないうちに反逆軍を介入させて、軍絡みのことにしたわけね」


「そうすれば街の防衛という名目ができる。義勇兵扱いにすればまあ、ぎりぎりセーフにはもっていけるだろうという先輩の判断だ」


 だとしても、けが人である2人を仕事に繰りだす当たり容赦ないと思うのだが。


「心配そうな顔すんなって。お前らが起きてるんだから俺らが起きててもおかしなことじゃない。さすがに呪力不足だから戦闘は禁止されてるけどな」


 そりゃそうだ。あの狸相手に撃ち尽くしてたし。なぜかはわかっていないけど呪力は本当に0になっちゃうと二度と目覚められなくなってしまうらしい。無茶は厳禁。


「そうだ。レイ、夢原、お前たちは総隊長と安住先輩が護送してくれるらしい。他のみんなと違ってまだ狙われているかもしれないからな」


 え……、安住が?


 そんな、死んでも俺らを護送なんかしなさそうな奴なのに。


「林太郎。お前も焼肉来るよな?」


「ん? そんな話になってるのか?」


「おうよ。この前女子だけで行ってたあのずるいところだぜ」


「絶対嫌」


「そりゃいいな!」


「ちょっと林太郎も乗らないで。ゆめ、レイ! なんとか言ってよー!」


 悪ノリ2人。まあ俺としては反論するつもりはないけど……一応おごるつもりならあるし。なんとか10万までなら……。貯金からっぽになりそうだけど、まあ、みんなには本当に世話になったから致し方ないか。


 こちらに誰かが近づいて来る足音がする。


 ……?


 なんでだ? 


 鳥肌が立つんだが。


「お前ら。歓談は帰ってからにしろ」


「あ、先輩」


「俺はそこの鬼と夢原に用がある」


 腰に前にも見た刀をつけている。返り血がついているが……こいつも誰かと戦っていたのか。


 この鳥肌は、最初に会った時の苦い思い出がそうさせているのか。15メートルくらい先のあの男を見て、思い出してるのか。


「礼。気をつけて」


 え?


「……上手く隠しているつもりみたいですが、あの男、初日と同じ雰囲気な、そんな気がします……」


 なんだと。


「天若の令嬢と大門殿は今回の戦いの立役者だ。丁重に連れて帰るんだ。俺は少し後に追う」


「そうですか……? じゃあ」


 行こう、と誘った林太郎に大門は反応しなかった。


「俺はおにれいと一緒に帰るぞ。そうじゃねえと納得できねえ」


 なぜか円も同調する。


「ねえ安住さん。レイとゆめも。今回の戦いの立役者だよね?」


「そうだ」


「なら、どうして一緒に帰っちゃいけないの?」


「ここで。俺はこいつらに用がある。込み入った話になるからな。部外者がいない方が集中できるというものだ。これ以上の答えはない。先にお帰り願おう」


 安住の遥か後方から銃声が聞こえた。


「え?」


 明奈が、安住を狙っている? でも安住が銃弾を斬った。


 それだけじゃない。明奈の銃だけが器用に斬られている。


「れい、逃げて! そいつ手に呪術を!」


 へ……?


「多少強引だが、バレては仕方がないな」


 安住の手の中に小さな光があった。その光は突如球状に大きくなり、安住を飲み込み、そして俺たちも飲み込む。


 目がやられないように俺らは腕で目を覆うしかない。


 この感覚……呪術が使えなくなるあの空間に似ている!


「ぅお?」


「なんで入れないのよ!」


「先輩何をするつもりですか!」


 それらすべての声に、唐突に暴挙に出た安住は何も答えを返さない。




 視界が晴れる


 俺たちがいるのは同じ場所だった。一歩も動いていない。


 そして安住がいる場所も同じ。


 違うとすれば、他の人もいたはずの旧平安神宮の広場には誰もいない。どうなってる?


「結界……!」


「え、俺たち閉じ込められたのか」


「そうだ」


 刀を、柄に手をかけ剣を抜く。安住がこちらに向けて来るさっきは、見覚えがあった。


 やるつもりだ。レイを後ろにかばい、剣を抜いた。


「夢原礼。ここまでくれば十分理解したはずだ。その女は悪、在るだけで京都を殺す癌といえる。俺は言ったな。鬼であればどうあれ京都の敵になりえると」


「お前……この期に及んで、レイを殺すつもりか」


「馬鹿者め。お前がそれを思い知らされる日を待ったんだ。あわよくば総隊長の望む結果を得られるかもしれないと。時期は想像より早かったが、ゆえに今こそ引導を渡すには潮時だ」

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