分岐後

第54話 負けたままではいられない

 傭兵の女は細身の直剣の二刀流。


 これで戦うのは2回目。互いに相手の動きの癖は知っている。


 火花が3回散り、その2秒後に4回の剣戟の音が鳴った。


 左、右、攻め立てて来る攻撃を受けきっていく。


 両者の間にもう会話はない。この空間には金属がぶつかり合う音と足音が連続するのみだ。


 円が攻撃を差し込めるタイミングはほとんどない。今も円は傭兵の女の猛攻に押されつつある。


 前からくる2回の剣戟を回避。後ろに距離をとると剣の投擲が飛んでくる。それを対処していたら後ろから再び追撃がやってくる。


 逃げれば剣の投擲。近づけば2刀の攻撃。敵の傭兵の剣さばきは完成されている。


 技量勝負では分が悪いのは学校で戦っていたときにもうわかっていた。


(この女の言う通りなのは百も承知だっての! そうよ、馬鹿で何が悪い)


 御門家は戦いのプロの組織。プロとして自分よりも腕のたつ敵を相手にするという愚行は何より避けるべき行為だ。


 それでも感情のままにここまでやって来た。あの女をこのままにはできない、と。


 それは天若家を侮られたことでも兄を殺された恨みでもあるが、何よりの本心は既に言葉にして伝えている。


 ただで帰れると思うな。


 正直に言えば、この戦いは天若の人間としてでも御門家の呪術師としてでもない。レイのことも助けられればいいとはちゃんと思っていたが、それもついでだ。


 式神がいなくて上等、それでも自分は一人前の呪術師になってやると意気込み戦いの日々を過ごす円は尋常でないほどの負けず嫌いだ。


 実績が必要だ。京都にとっての敵を倒した事実を求める。汚点を残すわけにはいかない。京都にとっての敵を逃がした無能の歴史を。


自分は式神なしでもやれる例外だと示さなければならない。


 そんな彼女が天若家本家の人間として、己と己の仲間に手を出した人間に負けたままの自分なんて認められるはずがない。


 そのプライドだけが、無茶を通している体を動かしている。


(この女には勝つ。ただで帰ろうなんて許さない)


 徐々に切り傷を入れられ、危うく致命傷を刻まれそうになってもその意思で己の集中力を保ちながら綱渡りを続けている。






 冷徹に。冷静に。冷酷に。この一撃で殺せる、を積み重ねて左右に一本ずつ持った剣を振るい続ける。


 東京にいた頃。未だ反逆軍も全容を理解していない暗部、殺人教団『伐の民』として育てられたころからずっと彼女のやることは変わらない。


 任務の成功への賞賛もどうでもよかった。戦いも好きではなかった。そして東京で自分の願いを叶えるために『空の塔』の願望器をめぐって戦う馬鹿どもは嫌いだった。


 きもちわるいものに向けるべき感情もなかった。楽しくないことに感情を浪費することを避けた。ただ、東京に永遠の安定をもたらすために英傑となりそうなものを消し続ける。


 それはその頃演じていたことが今は本当の自分になっている。


本当は部屋に帰って、同室の他3人とやる1回のボードゲームがたまらなく楽しいだけの少女だった。もう唯一の人間らしい幸せは戻ってこない。


3年前、教団に命じられて、東京に来た天若家の人々を襲撃して返り討ちにあった。天若の当主は強く手も足も出なかった。結果唯一の友達3人は死んだ。


 教団で絶対の掟は3つ。その1つは、敵を前にしたら必殺か死か。自分たちが帰れるのは敵を皆殺しにできたときだけ。


 生きる意味を失った。帰る場所もなくなった。人生の唯一の楽しみであるボードゲームをする相手はもういない。


 どうでもよくなった。そのとき、年相応だった少女の自分を捨てて修羅になった。自分に残ったのは今の自分だけ。


 本当の仲間ではないけど、似た感情を持てたのは髑髏さんに拾われてから。


「私のところへいらっしゃい。どうせ捨てる命。天若に嫌がらせをしてから失うのも悪くないでしょう?」


「私を利用したいだけでしょ」


「利用し、利用されも立派な絆です。その中で本物の仲間となるのも良いでしょうとも。フフフ。ドクロ師団にぜひ」


(――影とともに行動をするようになってから、まさか本当に天若家にざまあみろと言える日が来るとは思わなかった)


 今も苦しそうな顔をして、憎しみを持って自分に向かってくる天若の姫を前にして気持ちが愉快になっているのを実感している。


 そしてやけになって野垂れ死ぬか仲間の手で不要物を処理されるかしかなかった未来を変えてくれたドクロには感謝していた。


 その程度の人情が復活するくらいには、どうやらドクロ師団の居心地は良かったらしい。


(馬鹿は人のことは言えないわねまったく)






 防戦一方。ゆえに無理にでもどこかで攻撃に出なければならない。


 円はその意気で剣を前に伸ばす。


 甘かった。見事に弾かれた上、致命傷ではないにしろ、もう一方の剣で掠りとは言えない切り傷を刻まれる。


「ふぅ、ふぅう!」


 懐に入るか戻るか。それを悩んでいるうちに剣が飛んでくる。


(うっとうしい!)


 体に限界が見え始めている。今の円は完治なんて程遠い状態でここにやって来た。


 ゆえにいつもは自身がある体力にも徐々に限界が見え始めている。体のコントロールがきかなくなった時点で死ぬことになるだろう。


(負けるな負けるな負けるな。あの女だけは絶対にやるんでしょ私!)


 体に鞭を打つ。あともう1回の打ち合いになら全力を出し切れる。その先の保証はない。


 次で勝負を決めなければ。近くの部屋に入って、3秒の猶予の中でこれまでの戦いを見直す。


 強いのは二刀流と投擲。剣が1本になるタイミングならある。


 傭兵の女が部屋に入って来た時点で円には次の、それで最後の手が決まった。呪符を準備して想像を始める。


 そして同時進行で彼女が投擲を使いやすい距離をとる。条件付けはここまでの戦いで十分できている。


 彼女が投擲の間に円はいつも防御か回避に徹していた。そして円は彼女と戦う時にいつも刀を使っていた。


 確かに戦う理由は感情だったが、戦いの術は感情ではない。


 天若は白虎家直下の戦闘に関する精鋭集団。その本家人間である円は、大門や礼にはまだできない、プロの技がある。


 勝ったのはたまたまではない。そうでなければ実力とはみなされない。なら実力で完全勝利をつかむことが円にとっての勝ちだ。


(戦いの中で相手の思考を自分に有利な方へと持っていく)


 その言葉に倣い、円はここまでそれを自然に行っていた。種は頭をそう動かそうと意識せずともそう動くようになっている。


 投擲が来る。


 今回は投擲に対して真正面から突っ込んだ。相手は足を狙いがちだからそれを避ければ最短距離で詰められる。


 そうすれば。相手は今剣が1本だ。


 円の剣がブレることなく傭兵の女に吸い込まれていく。


 傭兵の女はまだ持っていた片方の剣でそれを防ぐ。そして円の剣を弾き飛ばした。


 もう武器はない。とどめを刺そうと剣を振り下ろしたとき。


 ――傭兵の女は自分のミス、否、罠にハメられていたことに気が付いた。


 それはもう円が剣を持っていなかった方の手に、いつの間にか装備していた黒い爪が自分の体を貫通していた時だった。


 そう。油断してしまっていた。ここまでずっと円は爪という武器を使わずに戦っていた。だから爪は使わないだろうと脳が自然に思ってしまったのだ。


 円に容赦はない。動きが鈍った敵の肩を暴力で破壊する。


 両手に力が入らなくなりそして致命傷を受けた傭兵の女はその場で仰向けに倒れるしかなかった。


「天若に、私の友達にひどいことして。天若円に喧嘩を売ったんだもの。これが当然の結果よ」


 傭兵の女は悔しがることもなく、苦しむこともない。


「契約満了。まあ、死に際には悪くないか」


 静かに目を閉じるだけだった。


 動かなくなったのを見て円もようやく安心して一度深呼吸。その後にガッツポーズまでした。この勝利がいかに円にとってうれしいことかをよく表していた。

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