第2話 下品なチャラ男を迎撃せよ

 修行が終わった日は、夜に基本的に外に出ている。


 その日やった修行内容の実践。鉄は熱いうちの打てというのが彼女の修行における信条みたいで、先ほどの訓練の成果を外で試そうというのだ。


 今日シミュレーションの中でやったのは、呪術剣戟の練習だ。


 最近は上手く使えるようになってきた俺の姿を見て、いよいよ次の段階へと進もうと言っていた。


 それが呪術剣戟の攻撃型と呼ばれるもの。それをこれから実践しに行くのだ。


「昼間はこの辺りは子どもの遊び場としてにぎわっている印象ですが、夜はとっても静かですね。不気味なくらい」


 都内最大の公園だと堂々書いてある案内板。さすがに夜に遊んでいる子供はいるはずはないので当然の光景だが、不気味とか言われるとちょっと怖い。


「悪霊は……いないな」



 悪霊はいたら滅ぼしておくに限るのは常識だ。基本的には悪霊は、何かしらの破壊、もしくは傷害活動を行う存在。


 こうしてパトロールして、まだ誰も襲っていない悪霊がいたらむしろ幸運だ。その場で討伐すればケガを負う人も何かを壊される人もいないのでハッピーなことだ。


「まあ……なんとなくここに来ただけなので」


 探知術的なの使えばいいじゃない、となるだろうが、これはなんと、玄武先輩製の街を覆っている結界が、先輩が許可した以外の探知をすべて潰してしまうらしい。


 なので学生諸君の一員である我々は、歩いて索敵が基本になる。


「生徒手帳には『学生はむやみに悪霊退治に精を出さないようにほどほどに』とのことだったのでその処置かもしれませんね」


「俺たちとしてはすぐにわかったほうが嬉しいけどな」


「元々御門家や反逆軍が治安維持を行っています。それで十分と考えるのは道理でしょう。仕方ありませんね」


 ラブコメの世界であれば、ベンチかブランコで少し時間を潰して2人で話したりもするだろうが、現実ではさすがに夜の公園は危ない。悪霊も出るし、不良が日夜問わずに活動していることもある。


「礼、行きましょう。悪霊のいる場所……」


 あれ、レイが急に黙ってしまった。どうしたの? 


「誰かが寄ってきています。気配を隠そうともしないので、多分手練れではないでしょうが」


 蛍の光がものすごいスピードで飛んでくる。あ、蛍じゃないなと誰でもわかる速さだ。しっかりシールドで防いだ。


「麻痺弾ですね。私たちを動けなくしてどういうつもりでしょう?」


「ち、バレたか」


 弾が放たれたもとの場所から1人の人間がひょっこりと現れる。


 ――いえ、1人じゃありません。周りに隠れているようです――


 念話を使ったのは、相手を油断させるためか。1人としか気づいていないふりをして出てきた瞬間をそ叩くのだな。


 夜はまだ暑いわけでもないのに、半そでとは……元気だね。


「本当は痛い思いさせないで裏ホテル連れてこって思ってたんだけどな」


 はい、アウト。裏ホテルとか言ってる時点でこいつら罪ありきだ。


「強姦魔、ということですか……!」


「そんなことないって。楽しくなれるぜ? さ、俺についてこいよ」


 てか下心丸出しだなこいつ。手慣れてるのかメンタル強者なのか。


「まあ、こないならここで始めるけどな?」


 呪符を取り出した。一般人が使えるものと言ったら護身用の守護霊だと思うが、そんなことのために使われるものじゃない。人々を悪霊から守るために使われるものだ。ふざけやがって。


「武器を構えていいのかなー? 君たち見たところ学校の子でしょ? 式神をいじめたら犯罪者って知ってる?」


 こういうやつって悪知恵だけはそれなりにあるんだよな……でも言う通り、式神も生物なので虐待や不当な扱いは御門家に消される原因になりえる。


 はっきり示してやる。俺はこのまま無抵抗でやられるつもりはない。


 レイの前に立って式神を相手に剣を抜く。式神は殴打では失神しない。痛くても失神は許されない生物だ。主を守るために最後まで己に鞭を打ってで酷使できる生物だ。


 式神を殺すかもしれないことも、犯罪者になるかもしれなくても、彼女のことを見捨てないと約束したのだ。この程度のことで見捨てるつもりは砂一粒ほどもない。


「おいおいおい? 可愛い顔して好戦的だな? 御門家に消されるぞー?」


「お前らに好きにされるよりはいい。あと可愛いいうな。気持ち悪い」


「やめとけって! 俺たちとタノシイことする方がいいって!」


 返事はしない。剣をしまわないだけで意思表示としては十分だ。


「しかたね、やれ!」


 式神と、周りに隠れていた連中が一斉に俺たちに襲い掛かってくる。囲まれた! 骨が折れそうだ。背中に気を付けないと。


「ぎゃあ」

「ぐでぇ」

「おおおおおお」


 ん?


「礼、あの式神を。私は後ろの奴らを殺します」


 レイの呪術で俺たちに襲い掛かってきたほとんどが足に杭を打ち込まれその場から動けなくなっている。


「殺しはまずい。相手はあくまで一般人だから」


「しかも吐き気すら覚える下衆な理由で礼を狙ったのです。失敗したら慈悲がないことも覚悟の上でしょう」


 内臓が凍るような冷たい声だった。冷静さを欠いているようで、らしくない。ちょっと怖くても、止めなくちゃ犯罪者になってしまう。


「レイ、だめだ。頼む」


「……礼は優しいですね。そこまで言うのなら、動きを止める程度で。でも式神はやってください。あれは術をもうすぐ破壊して襲い掛かってきます」


「何とかする方法はないかな……?」


「大丈夫。式神は核臓を破壊されない限りは死にません。ケガしたら霊体化して、回復モードに入りますから。やられるくらいなら、やるべきです」


 そうか。なら、早速練習してきた呪術剣戟をぶつけて、すぐにお休みいただくのがよさそうだな。






 俺としてはとても衝撃的なことだったのだが、

「呪術で剣を強化するのは基礎ですよ? 『よし発動するぞ!』じゃなくて、振るとき、相手の攻撃を受けるときは自然に発動くらいの気持ちで」

 と訓練でレイは言っていた。


 マジぃ? と思ったよ。呪術剣戟は使うだけで体力がごっそり持っていかれる。それは戦闘中そんな風に使っていたら1分と体が持たない。もっと体力が必要だな。


 一方、練習してきた攻撃型はいわゆる必殺技に分類していいとのこと。呪術剣戟か『奥義』を使っての強化を普段の数段跳ね上げて威力をさらに増し、神速のごとく猛攻を仕掛ける。


 聞こえはいいけど『神速って?』とレイに聞いたところ。

「呪術で剣技を加速して、1秒間に2回は振りたいですね」

 と笑顔でご教授いただいた。


 無理だわそんなの。そんな速さで振ったら腕が吹っ飛ぶぞ。


「そうならないために振り方の型を決めて、吹っ飛ばないように訓練します。速く、重い一撃は単純ながら受ける側にとって十分な脅威です。身に着けて損はない」


 それで3時間くらいめっちゃ練習した。まず俺は一度呪術剣戟で振りぬいた剣を勢いをできる限り殺さずに、呪術の加速で二撃目へと転じる技だ。






 相手よりも速く!


 二足歩行の人獣式神の手が、爪が俺に届く前にその手を切り払った。


 痛いだろう。悪いなとつぶやくがやめない。振りぬきの瞬間、刀を話さない程度の握り具合まで筋をリラックスさせた。


 反対方向への加速を感じてすぐ、剣がすっぽ抜けないように再び握りしめる。


 1秒に2回、無理だとも思えた神速の剣技は現実に。これが『紫往』とレイが呼んでいる直伝の必殺技だ。良かった。成功した!


 傷を負った式神は姿を消した。レイが言っていた休眠回復モードだろう。


「やりががったなォイ!」


 来るか? さすがに人を斬るのはまずいが、今から鞘にしまっている時間はないぞ、どうしよう……?


 対応に困る俺の前に。


 乱入する人影1つを俺は見た。そいつは手に光で模られた刃の刀を持っている。そして一般人を迷いなく斬りつけた。


 ヤバい、殺したぞ……と思ったのだが、全く血は出ていない。地面に倒れプルプルと動けなくなっている。


「まにあったー。もう、パトロールは不良退治のためじゃないってのに!」


「如月……さん?」


「よっ、無事? あとはまかせといて」

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