第3話 『身元確認』で身バレの危機!(2回目)

 如月ちゃんはいつもの恰好ではない。反逆軍に所属している証拠の隊服を着用している。ということは彼女は今お仕事中ということだ。


 反逆軍が仕事で要塞の外に行くときは必ず隊服での活動が義務になっている。これはこの街に住んでいれば自然と目にするのでさすがにわかる。


 今如月ちゃんが来ている服は、全体的にみてなんだか……。


「ニンジャ?」


「あ、えへへへ。まあ、大隊長の趣味だから」


 紫の上衣に反逆軍のエムブレムが胸についていたり、首周りにに黒色でところどころ光っている変な機械がついていたり。さらには下が違う色の、袴ではなく普通のズボンだ。


 完全な忍び装束というわけではない。小学校で習った時はもう少し地味だった気がする。


 しかし手甲に見立てた装置を付けていたり、靴の上をすねあてのような硬そうな何かで覆っていたりと、いうところを見ていると、レイが『ニンジャ?』とつぶやいたのも無理もない姿だ。


 現によく似合っている。


「ぶん縛ったぞ!」


「おっけー、りんた。じゃあすぐ連行しよっか」


 如月ちゃんと一緒にやってきた林太郎がぐいぐいと謎のひもで縛ってそのまま宙へと浮かす。


「礼、こういう連中は自分たち何とかするんじゃなくて、逃げながら反逆軍を呼んだ方がいいよ。悪霊じゃなくて人間が相手だと、どんな『言いがかり』されるかわからないからね」


「お、おう。……悪かったよ」


「わかったならヨシ。じゃあ2人も一緒に来て」


 ん? 今の話はこれで万事解決ということでは?


「襲われてたのは知ってるけど、被害者と加害者の身元を一応反逆軍で照会しないといけないの。意外にこういったいざこざから、街への侵入者発見につながったりするんだよ」


 身元……? まずい、俺は男の状態で身元が登録されていたら、そこで変なことになってしまう。さらにはレイは照会の際に何をされるか、それによっては鬼だとバレてしまうぞ!


 身元トラブルはつい最近もあったな。風紀委員執行部に男に戻ってるときに見つかってひどい目にあった。学校内のことが解決して一安心してたけど、今後は学校外でか。


 俺が正体を明かさなければ大丈夫と調子に乗っていたがここまで困ることが多いとは……。浅慮だったなと、今更学校潜入などと甘いことをぬかしていた、3週間くらい前の自分に言ってやりたい。


 仮に友人だとして一応今の彼らはこの街における治安維持部隊の一員。ここで同行を断ったらそれこそ俺たちに後ろめたいことがあると言っているようなもんだ。同行から連行になるのは今後のお互いの仲的によくない。


「なあ、面倒だし……ここは何事もなかったってことには」


「無理だな」


 今度は宙に浮かせたチャラ男を引っ張っている林太郎から、

「あそこの監視カメラに録画映像はばっちりだし、戦闘があったこともレーダーで記録されている。何事もなかったはできないさ。見逃したら俺たちが怒られる」

 と無慈悲な一言が下った。


 俺もぐうの音しか出ない。だって2人には何のいけないこともないからね。


 レイをそれとなーく見てみると彼女はポーカーフェイス。場慣れしているんだな……と思いつつ、実は念話で。


『礼、どうしましょう……! うう。やっぱり逃げるしかない……でもそんなことしたら、怪しまれるに違いありません』


 俺の頭に響く弱りきった声がめっちゃ聞こえてくる。


 残念ながら今打てる手と言えば、逃げるかついていくかしかない。逃げる、のはまだいいだろう。幸いにもここから要塞までは遠い。


 同行しながら事態を好転できる一手を考える。今はこれに限るな。






「レイ、今日の夜ご飯は何か食べた?」


「いえ、まだ」


 一緒に要塞へと近づく道の途中。前で林太郎が宙に浮いているチャラ男をひもで引っ張っている後ろを俺たちはついていっている。


「ならあと1時間くらい待てる? 要塞の1階カフェテリアは一般の人も入れるし、そこでご飯一緒にしない? ……てか、あんたたちこんな夜に外で何やってたの?」


 至極もっともな意見が飛んできた。


「悪霊退治に行ってたんだよ。訓練でやって事を実践しようと思って」


「それこそジオラマシミュレーションでいいじゃん。わざわざケガするかもしれないのに夜に出て来る必要ないでしょ。それとも金欠?」


「いや、別に金欠じゃないけど……」


「なら実戦なんてできる限りしない方がいいでしょ。学校のシミュレーション室はよくできてるし、訓練ならそこでやればいいって」


 如月は大門や円みたいに外で戦うことに反対派のようだ。あの学校は外で戦うことに前向きな人が多いからちょっと意外な答えだ。


「訓練じゃないと死ぬことだってあるんだよ。学校の訓練室なら痛い思いをしても死ぬことはないから安心じゃない?」


「如月さんは死ぬのは怖い……て訊くのはおかしいですね。そんなの誰だってそう。でも反逆軍はそういったことと隣り合わせですよね?」


「まあ、防衛任務で外をパトロール中してると、やっぱり戦う日もあるよ。そういう日はケガして、めっちゃ痛いときもある」


 京都は悪霊が暴れる街。反逆軍の一員と言えば本当に敵と戦う仕事だ。それは、すごいことだと思う。この街に住んでいる大半はそう思っているだろう。


 誰だって痛いのは嫌だし、怖いのも嫌だ。反逆軍に志願する若者が誰もがそういうのを好きだという人の集まりじゃないはずだ。如月だって『痛いときもある』といった声は喜びを示すものではなかった。


 ただ、思い当たる節があった。それはちょうど今日発行された新聞の記事。


「新聞のインタビュー、見たよ。反逆軍に所属している2人に直撃インタビューってやつ」


「ああ、あれねー。そういえば今日だったかー。で、どうだった? 生まれて初めてのメディア出演だったからさ。変なこと言ってないかなー書かれてないかなーって不安でにぇ」


 にぇ?。どうやら疲れがたまってるみたいだ。


「興味深く見させてもらったよ」


 そういえばちょうど今は如月と林太郎とじっくり話せるチャンスだ。


『礼、いい機会ですが、この危機的状況を脱する方法を考えないと』


 そうは言っても俺も頭の片隅で考えていたが、如月と喋ってるといい案が沸いてこない。それに俺が考えてもたかが知れているし……。


『レイ、俺がおしゃべり担当して2人の注意をひいておくから、その間にじっくり考えてくれ。しゃべりながらじゃ考え辛いだろ?』


 このままおしゃべりを続けていては、考えもまとまらずまっすぐ要塞についてしまう。だからと言って、如月が話しかけてくるところを無視するのも悪いし不自然だ。そこから話がこじれる可能性だってある。


 俺が考えられないなら頼るしかない。無力な自分は悲しいが、意地を張らずに。


『俺じゃ考えつかないんだよな……そっちの方がいいと思う。お願い!』


『うう。礼に頼られたからには頑張って考えてみます』


 レイは優しいな。しっかり承諾してくれた。ならせめて俺は有言実行といこう。


「反逆軍。2人が入った経緯も気になるけど、何より実際に入ってる2人にいろいろ反逆軍の実際のところ訊いてみたかったんだよな」


「へえ、ブラック企業かー? とか?」


「ぶっちゃけ給料とかどんくらい出てるのかとか、やってみた感想とか。言える範囲でいいからさ」


 反逆軍は、京都の人々を悪霊から救うヒーローであるとは知っていても、その実態を知っているという人はこの街にはあまりいないだろう。俺は姉貴が何も教えてくれないのが気に入らなくて、ますます知りたい病にかかっている。


「如月、交代しろ。引っ張るの疲れた」


「ええ! 今いいところなのに。私がどや顔で今の仕事の愚痴をこぼそうと」


「話に混ざるだけなら引っ張りながらでもできるだろ!」


 如月は林太郎に言い負かされしぶしぶ交代を承諾。どうやら俺の疑問に答えてくれるのは彼になりそうだ。

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