第2話 「お前、意外と男装も似合ってるな」

「おいおい、反応悪いな。返事くらいしろよー」


 大門は俺にポンと手を置く。


 困った。声を出したら一発でバレる。俺が男だって……! でも返事しないとしないで絶対におかしいと思われる。タスケテぇ。


「ん? おはよ大門」


「おはよ? お前もう夕方だぜ、寝ぼけてんのか。てかお前ぇ……」


 ヤバい、その目は何かおかしいって言っている目だ。違う。違うんだ大門。


「声枯れたか?」


 ――セーフ! 良かった。これは俺のもともとの高めの声が良い方向に働いた結果か。


「なんか妙に凛々しく見えるぜ。お前、意外と本気でやれば男装もキマってるな。声ももしかして今はつくってるのか?」


 実際女の子に見られたらバレるとしても、ファッションに興味のない男から見たらメンズに見られなくもない私服で学校に通ってるからな。


 それにしても、ぐ……『意外と』とはなんだ。俺は男の子だぞ。まあ言えるわけがないがね。


 大門は俺が鬼の巫女だとは知っていても男とは知らないはずだ。バレたら怖いし言えるはずもない。


 一応不自然にならない程度に高音を出すことを心がけてしゃべろう。


「声は枯れてるよ。昨日ちょっとあってな。でも服はいつもこんなもんだぞ?」


「言われてみりゃあそうだな。わりーわりー。でも声枯れてるのは大変だな」


「それよりお前はどうして屋上に逃げてきたんだよ」


「ああ、1年生いびってた上級生がいたから殴りこんで喧嘩してたら風紀委員に見つかって逮捕されそうになったからさ。逃げてきたんだよ」


「はぁ?」


 ってことはもしかして屋上に、今最も会いたくない人を連れて来るかもってことじゃ……! なんてことしてくれたんだ。


「まいったぜ。俺はなんも悪くねえよな? まあ近くのドアぶっ壊したけど」


「それじゃないか? 追われてるの」


「なんだよ、ドアぶっ壊したくらいで」


 人助けの志は立派だが、ドア壊しも立派な器物損害なんだけどな。


 ガタン!


 なにぃ?


「しつこいな、来やがったぜ」


 もう来た! 屋上の入り口のドアが開けられた。


「大門! どこだ! あ、いた! てめ、よくも逃げやがったな。風紀委員から逃げる不良なんざお前だけだ」


「ばーか。誰が捕まるかよ」


「てめ、俺にも喧嘩を売るつもり……ん?」


 あ、ヤバい、風紀委員の人俺を見たぞ。そしてポケットから何かを取り出して、あれはまさか生徒判別機か!


 登録した生体情報と見た目の合致率を測るということであれば、俺は巫女姿のときと体格も顔のつくりも違うから一瞬でバレる!


 もうだめだ、おしまいだぁ。


 隣を見ると大門がいなくなってる。すぐ後、ガラガラと下から教室の窓が開けられたような音がした。まさかあいつ、10メートルある転落防止用フェンスを上って逃げたのか?


「アノやろー! 待てゴラァ!」


 風紀委員の人が回れ右、そのまま入口から下へと向かっていった。


 とりあえずセーフということか。


 まて、油断はいけない。ああやって風紀委員は普段頑張ってパトロールをしているのだ。また屋上に来る可能性もある。何とか屋上から脱出して逃げ道をつくりたいところだ。


 行くなら今しかない。さっきの人が疑問を捨てずに応援を呼んでいた場合、この場では八方ふさがりになる。


 俺は素早く4階への階段を駆け下りた。途中ですれ違う人たちが生徒会役員や風紀委員でないことを祈りながら。






 途中で何人かとすれ違って、特に女子生徒からは違和感アリ認定された視線を向けられたものの、呼び止められなかったのでセーフとしよう。


 目指すのはレイのところか、最悪トイレだ。レイは話が終わったらきっと俺に連絡をくれるだろう。その時すべての事情を説明して表まで迎えに来てもらおう。


 その様子を客観視すると果てしなく恥ずかしい行為だが、背に腹は代えられないというものだ。


 階段から廊下の様子をうかがう。生徒会や風紀委員は基本的に腕章をつけているので、見分けはつきやすい。


 しかし4階は人が多く見逃しが怖いところだ。この階層は学生寮との連絡階層になっている。


 学生には1人1部屋平等に自由に使える部屋が与えられる。入口はロッカールームという名前になっているが、ロッカーを開いて足を踏み入れると自分の部屋につながっているという構造だ。すごい。


 そんな施設があってか人通りがないということも、もはや寂しいということもほぼない。さらには寮の近くということで簡単な購買部もあるので、人は集まりやすいようになっている。


 当然風紀委員も目を光らせているだろう。


 まずはどこへ向かうべきか。不幸なことにトイレもレイと炎雀さんが話しているカフェテリアもここからは少し遠い。


「君、大丈夫かい?」


 やべ、話かけられた。


「あ、あの、ダイジョブです……」


「見たところ1年生だから迷子にでもなったのかと思ってね」


 優しい先輩さんに声をかけられた。うれしい反面、ここできょろきょろしていたのが良くなったのだろう。反省しなくては。


「ちょっと学校を見て回ってて、何分入学したばかりなので」


「案内はいる?」


「いえ、前に案内してもらったところを自分でじっくり見て回りたかったので」


「そっか。それは失礼」


 なんとか怪しまれずに済んだぞ。よかったよかった。


「ナンパかよーおめ」

「男の子だったし、ナンパじゃない」

「そうか。ワンちゃんボーイッシュな女の子かと思ったけど、まあ見た目通りだったかー、結構顔良かったけどな」


 顔良いとか言うな。先輩がそのお友達からからかわれている。先輩には悪いことをしたな。でも俺もそれどころではない。許してくれ、と心の中でお祈り。


 すぐに歩き出す。巡回パトロール中の怖い連中に注意しながら。


 まったく、自動自得とはいえ、なんで学校の中をこんなにビクビクしながら歩かないといけないんだ……。


 さっきみたいに挙動不審なことをしたらまた声をかけられてしまう。堂々と前を見ながら、目だけ動かして向かう先の脅威を隅々まで確認する。


 疲れる……何よりストレス負荷が結構あるのを自覚できる。


 左に1階まで見える吹き抜けがあるが、下から見られるリスクがある。できる限り端っこの方を歩く。ちょうどロッカールームのあたりを通り抜け、商業エリアへと差し掛かった。


 かつてこの学校大型ショッピングモールという商業施設だったらしいが、カフェテリアや各専門店の出張所が並んでいるのに違和感がないところ、本当にそうだったんだなと実感できた。


 ちょっと目が疲れてきた。休み休み行こう……。ちょうど自然に廊下に背中を向けられる通話ボックスがあるのでまずはそこで休憩だ。


 0.5畳ほどしかない正方形の格納スペースの中に入って、公衆電話の受話器をもって通話をしているふりをする。


 目を閉じて急に酷使されてびっくりしている目に一時のリラックスタイムを与え――。


「あれ、夢原さんじゃない? ちょうどいいわ」


 ダニィ? ばかな、どうして知っている声がする。


「ちょっと連絡中でしょ? 別に後でもいいじゃん。どうせ飲み会のアンケとるだけだし」


「一言二言で終わるんだし、私たちも急ぎじゃないから待ってもいいじゃない」


 良くない! 帰ってくれたまえ! 


 声を聴く限り、1人はその飲み会の幹事の同級生でもう1人は円だ。


 どんどんどんどん。


 ひぃ。


「ねーねー、夢原さーん。ちょっと訊きたいことがあるんだけどー。あれ、夢原さんってこんなに大きかったっけ?」


「確かにいつもに比べて背が高いような」


 まずい、流れが良くない。

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