第1話 やらかした!

 あれ、いつも高須くんいるのに今日はいないな……。


 今は6時間目の射撃基礎論の授業の途中なのだが、この授業はいつも高須くんがけっこう好きみたいで、目をキラキラさせて勉強する姿を見ることができるのが印象的なのだ。


「礼、礼?」


 レイに小声でささやかれる。


「ふぇ、なに?」


「よそ見はだめですよ。先生に呼ばれてますよ……気づきませんでした?」


 恐る恐る前を見ると、眼鏡のピンクヘアーのポニテ先生がこちらをにらんでいる。あの人若くて普段は優しいのに、授業が始まったらめちゃくちゃ怖いのよね。


「夢原? 私の話を聞いていましたか?」


「ももももちろん」


「なら、ここまでの授業で基本的に相手を離れた場所から攻撃できる手段とその特徴を述べなさい。できますね?」


 できないとなんかされそうなので、そうならないように頭をフル回転しよう。


 一般的に自分から離れた相手を攻撃する際は呪術のほかに射撃という手段がある。弾は実弾もあるが、呪術を使う際の体内エネルギーを用いて弾をつくる光弾もある。


「まずは、そのまま放つ方法があります」

「よろしい」


 光弾を直接宙に実体化させてそれを任意の方向へ飛ばす方法がある。光弾の場合1発ごとに十分なコストを払えば威力、弾速、撃つ方向やタイミングを操作できる。


「次に銃です」

「よろしい」


 明奈が使っていたのが記憶に新しいが、授業で話を聞いてみると銃はめっちゃ上級者向けっぽい。


 弾にいろいろな特殊効果をつけてから放つ。曲がる弾とか相手を麻痺させる弾とかは銃ならではだ。銃はそういった付加効果を付ける道具と考えられるらしい。


 もちろんつけなくてもよい。その場合は最も扱いやすい分、威力が低い弾となる。強い弾はデカい銃が必要だと思うと、手軽に撃つなら1番目の方法か弓を使うかだ。


「あとは弓です!」

「よろしい」


 弓は普通に矢を放つものだ。1つ目の方法よりも手軽に高い威力の一撃が放てることで意外とこの時代でも重宝されている。


 ――ここまでの話は全て配られたファイル内の記載をそのまま暗記して言っただけだが、よろしいなら、ヨシ!


「以上です!」


 ぶんぶんぶんぶん。となりでレイがめっちゃ焦って首を横に振っている。どしたの?


「よりにもよって……先生の得意なやつを」


 先生の……あぁあああ!


「4つ目。投剣。射撃の技術を用いて投げ用の剣を十分な飛翔速度で相手へ届かせることは可能です。近接戦闘論基礎で習ったようにシールドを貫通する斬撃にもなる」


 お、怒ってる……。間違いなく、あの顔は。


「ご、ごめんなさい」


「謝罪は必要ありません。武士たるもの態度で示すが礼儀というもの。ここで私の練習用のスポンジ投げ剣を潔く受けなさい」


「体罰は善くないんじゃ?」


「いいえ? これは教育上のカリキュラムです。どのみちクラスの中で1人私の投擲を身をもって体験することにはなっています。今回のターゲットはあなたというだけ」


 そんなぁ、ぎゃ?


「あぁぁぁ! 礼ぃいー!」


 反応する余裕もないほどめっちゃ速かった。スポンジなので痛くないのが幸い。もしもこれが仮にチョークとかだったら致命傷だ……。


「このように物を投げるというのは立派な脅威です。戦場はお行儀のいい空間ではない。相手が何を射撃してきても対応できるよう、射撃の特徴を知り、それを受けるのに慣れることは重要です。理解できて?」






 授業が終わったと同時に、珍しく炎雀さんがレイに話しかけてきた。


「この後少し時間は空いてます?」


「なんでしょうか?」


「そう警戒しないで。あくまで1年生代表としての仕事。入学から半月たった生徒の意識調査をする必要があるの。拒否したら学校の指導に反感をもつ要警戒生徒の仲間入りに一歩近づくから、少し時間を頂戴ってこと」


 クラス代表ってそんなこともやらないといけないのか。大変だなぁ。


「ちなみに夢原さんは別の人が担当だから一緒じゃないわ。場所は4階の休憩スペースで。ドリンク片手にちょっと話しましょう?」


「礼も同席はだめなんですか?」


「残念ながらね? 屋上で待っててもらえば? すぐに合流できるわ」


 レイは少し不満そうだったけど、生徒としての意識調査を頑なに拒むことはないのでしぶしぶ了承する。


「礼……では屋上で待っててくださいね?」


 先に2人で教室を出ていったレイ。一方取り残された俺は屋上にいてね、というお願いに素直に従うことにした。


「あ、そういえば、レイに刀渡したままだったな……」


 1人になるときは必ず携帯するようレイに言われていたが、まさか学校で命を狙われるなんてこと、ありはしないだろう。


 彼女を追わないまま屋上へと向かって歩き始める。



 



 屋上について5分後。誰もいないことがまさかこんなにも幸運に思う時が来るとは。


 いやね、思ったよ。そんなに早くしくじることないだろって。


 今俺は男の姿に戻っている。まさかまさかのやらかしだ。しかし思い返してみれば、昨日は悪霊退治にはいかず、週1回の悪霊研究会での活動に精を出していた。


 出しすぎてそのまま寝てしまったのだ。レイから巫女としての力を受け取り、奥義に使う体内回路を活性化する必要があったが、明日でいいかなと油断した。


 その結果がこれだ。レイから流れてきた分の力は消え、俺は男の姿へと戻ることになった。


 自業自得だな。


 問題はその場所なのだ。屋上なんだよ。


 トイレではない。そこだけはめちゃくちゃ気を付けてたから。


 それでも屋上は屋上でやらかし感マックスだ。なぜなら飛び降りでもしない限りは校内を歩いて帰らないといけない。


 堂々と歩けばバレないかな、と思わなくもないけれど、生徒会や風紀委員、そして見回りの先生陣は常に侵入者がいないかどうかを見るための判別機を持っていると聞いたことがある。


 おそらくは俺を見たときには女の状態の俺が映されるのだが、そこにいるのは男の俺。そこで『ん?』となるわけで、事情聴取と連行は免れないだろう。


 俺が元々男の子だということは秘密になっている。それが明るみにされると厄介なことになるのは間違いない。


 優しくない委員に脅されるかもしれない。それが嫌なら言いなりに……なんていうのはよくあることだとレイにも明奈にも釘を刺されている。――治安悪くない?


 厄介なことに剣は今レイが持っているのだ。また変身! とはいかない。


 何とか逃げなければ……。だがどうやって、屋上から飛び降りは男の俺の場合自殺以外のなにものでもない。いや、多少は鍛えているし大丈夫か……?


「お、礼……? か?」


 大門ぅ? 嘘だろぉ!

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