第7話(終) 受け継いだ夢が叶った日
戦いが終わった後、レイは何の根拠もない所感を口にする。
「最後のあの男からは血の匂いがしました。それもつい最近新しくつけた血の」
鬼になれば感覚も鋭くなるのだろう。証拠はないが疑う理由もない。
あれが犯人だ。あそこで無理をしてでも捕まえて――。
「まあ焦る必要はねえ。敵の顔は見た。もう覚えたし頭の中のデータを見れば映像化もできる。変に無茶して、罠にかかったり、そもそもあいつが強かったらヤバイしな」
うわあ、俺よりも冷静。一番頭に血が上っていたのは俺だったかも。
確かにあの時感じた悪寒、嫌な予感を考慮すると安易に追ったら危険だったかもしれない。次から気を付けないとな。
いや次はあってほしくないけど、きっとその次はくるだろうから。
一度団子屋へと戻ったのは何か訳があったわけではない。単純に来た道を帰ってきたのでもとに戻ってきたという経緯だ。
「あれ?」
おばあちゃんのお孫さんがそこで立って待っていた。まるで俺達を待っているかのようにただ立っていた。
レイはいちはやく駆け寄り頭を下げようとする。自分の安易な立ち寄りで巻き添えにしたこと、そして結局犯人は捕まえられなかったこと。
それをお孫さんは止めた。顔は決して恨みや怒りはない。
彼女は今どきは珍しい紙のノートをレイに差し出してきたのだ。どうか見てみてほしいと。
「何か嬉しかったり特別なことがあるとおばあちゃんはここにその出来事を書くんです」
ノートを開く。数時間前に書かれた筆跡は感情が爆発していたのか丁寧とは言えない文字が羅列していて、それらは朝の輝かしい日光に照らされてよく見えた。
鬼。本物の鬼が来た。今日。
ああ、私がまだあの子と同い年くらいの、今日来た麗しい鬼の娘を見て、おばあ様のことと伝説を鮮明に思い出した。
私のおばあ様は和菓子職人だった。
過去、一度だけ鬼の女王に命を救われたことがあるらしい。見習いだったおばあ様が唯一上手く作ることができたのがお団子だった。
簡単なものだ。もっと手の込んだものは作れなかったのか。おばあ様はひどく己の力不足を恥じたそうだが、鬼の女王はお礼に差し出された団子を見て、食べて笑ったそうだ。
『おいしいのじゃ。おぬし、もっと自信を持つと良いぞ? より職人としてこの道を極めればきっと都に名を馳せる宝になる! 巫女へのお土産もいただけるか?』
おばあ様の生き方はこれで決まった。鬼は決して人間にとっての絶対悪ではないこと、そしてこの団子は友好の証であり『鬼も笑った団子』として、誇りを持ってこの団子を極めようと。
その願いと技は私に受け継がれて、そしてあの子の母は悪霊に殺されたけど、幸運にも孫も同じ夢を持ってくれた。
もう年老いた。後は願いを孫に託そう。そろそろそんなことを考えていた折にだ。願いと言うのは唐突に叶うものだと正直驚いた。
鬼が来た。おばあ様が会った鬼ではないだろうことはすぐにわかったけど、私の団子を食べてもらえる機会がやってきた。
角を隠しているようだから、きっとお忍びのお散歩なのだろう。堂々と『鬼様どうぞ』と言えないのは残念だ。
――でも、団子を食べてにこにこと笑ってくれた。隣のお友達と一緒に楽しそうに食べている姿はもう、未来永劫忘れないだろう。
ああ、もうすぐ命尽きるけれど、夢がかなった。こんなに嬉しい日はない。
大門も来て鬼娘も来て、今日はいい1日だったね。
「私聞いていたんです。祖母は決してあなたを恨んでいませんでした。脅されている最後の最後まで知らないの一点張り。本当は気づいていたのに」
「どうして?」
「死の間際、祖母は言いました。大門くんの成人姿が見れないことだけが悔やまれるけど、あの鬼娘はきっと悪ではない。そうおばあ様からもらった夢をこの目に見ることができて報われたと」
そして彼女は、物置に隠れて祖母を殺した男が言っていた言葉を聞いていたという。
『鬼も笑う三色団子』というフレーズを見て『本当にいるのなら面白いと思っていたが』と『ただの興味からこの団子屋に目を付けた』と言っていたそうだ。
そしてたまたま張り込みをしているときに俺とレイが訪れて、彼らに見られてしまったそうだ。角は見えないようにしているだけだ。万が一にでも鬼を見逃さないように、見えないものを見るための対策をしていたことは不思議ではない。
「鬼様、巫女様、貴方がたが悪いわけではありません。どうかお気になさらず。それよりもご来店本当にありがとうございました。祖母に最後の夢を見せてくれてありがとう」
最後までお客様扱いをしてくれた。こちらこそ、責めないでくれて本当ありがとう。
「犯人は必ず、俺達が捕まえるよ」
元より一度関わったことを投げ出すつもりはない。彼女もきっと犯人がこのまま野放しになっていることを望まないはずだ。
「はい。そう言ってくれるなら……よろしくお願いします。祖母もきっと、鬼に助けられたと喜ぶはずです」
「はい。貴方に誓って、必ず。今の私は鬼ですから、己の起こした不幸をこのままにするつもりはありません」
「鬼様も、ではお言葉に甘えます。どうか、祖母に鬼は悪ではないという証を見せてあげてください」
一方で大門は今後のお孫さんの処遇が気になったそうでそのあたりを尋ねた。
今までの経緯とこれから。お孫さんはおばあちゃん殺しの犯人が見つかるまでは反逆軍で保護されることになったらしい。
反逆軍は悪神攻迎都市である京都を護る要塞だ。安全度は格段に高いだろう。身の危険を心配する必要がないことに俺も大門も安心。
「食堂でスイーツづくりを手伝うことになったんです。反逆軍の要塞の1階食堂は一般の方も入れるので、大門くん、善ければ鬼様も巫女様もぜひ食べに来てください」
「おう、もちろん。団子がないと俺の楽しみがなくなっちまうからな」
用は済み、言うべきを言い終わった彼女はずっと住んでいた実家を後にする。俺達に手を振って。
「とりあえず、今日はここまでだな」
お孫さんを見送った後、俺たちと大門も別れることに。
「ま、焦っても無駄だからな。お互いいつでもあのクソ野郎と戦えるように修業して備えようぜ。もちろん手がかりは見落とさねえよう少しは探して気にかけて」
「そうですね。大門、私たちもこの件はしっかり向き合うつもりです」
「そりゃありがたい。どうやら俺1人でどうにかするには厳しい事件になりそうだからな」
戦ったのがまるで昔みたいな雰囲気だ。アイツはもうこちらを大いに信頼しているような期待の眼差しを向けてきている。
それにしても……いきなり襲われた時の俺にこの展開を襲えたらビビるくらいの状況の変わりようだ。本当、今夜は予想外の出来事の連続だった。
「あいつとの決戦は必ず来る。巫女礼。おまえも頼りにしてるぜ。一緒にがんばろうな」
「ああ。当然だ」
「それよりお前ら、憑依使って2人で学校に来いよ。絶対入学できるって。その方が学校も面白くなりそうだしな」
「あ、あーそんな話もしてたな。でもさっきも言ったけど今すぐには無理だ」
「へえ、今すぐじゃなければってところか?」
「前向きに考えてみるよ。確かに興味は前からあったんだ」
俺の夢は目的ではないけど、理想とゴールへ至る手段として高等学校には入学したいと思っていた。
レイも頷く。前向きにレイも考えてくれているのだろう。
「へへへ。じゃあ手がかりをつかむか入学まではしばしの別れだな。絶対に来いよ? じゃあな」
大門は背伸びをしながら後ろを向く。
その背中を見送りながら、
「面白い方でしたね。でも、悪い人ではなさそうでよかった」
今日のこの出会いとちょっとした非日常になった夜を振り返る。
「鬼である限り、私はあなた以外には恨まれる存在だと思っていました。でも、この時代は『鬼だから』で私に敵意を向けようとはしない人もいる。そのことが分かってよかったです」
そうだ。そうだな。一つどでかい懸念事項は残ったけれど、それは大きな収穫だったと思う。
でも逆に、鬼というのは存在だけで災いを呼ぶという一面もはっきり見た。今後は覚悟しなければいけないな。
嬉しいことと冷や冷やすることを得た日だったと思う。
「礼……」
少し不安そうに俺を見るレイ。ああ、分かった気がする、この後何を言われるのか。
だから先に言っておこう。
「俺は見捨てない。レイはまだ危機の中にいる。だから俺はそれを脱するまで助ける。約束だ。だから安心して」
ぱあっと明るくなるところを見て、俺も嬉しくなった。笑っている姿はやはりとても愛おしい。
「えへへ……バレちゃいましたね。じゃあ私たちも帰りましょう。……共に」
2人で並んで帰り道を歩く。それは昼に来店した後家に戻る道と同じ。お昼に食べた団子の味を思い出して、微笑みながらも決意を抱く。
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