第2話 鬼の巫女 VS 闇の男子学生

 手に鬼娘の巫女の証、彼女の力を借り受けるために使う宝刀。


 これを装備し刃を抜くことで鬼から力を得られる。これは悪霊と戦い、人々を護る証そのもの。


 だから人間を斬ることも、人間を前に刃を見せることもできる限りはしたくない。俺達は殺人者じゃないのだから。


 目の前の男を見ると、その体からは妖しい黒いオーラが闘志としてあふれ出て体を覆っているのが分かる。元々デカい体がさらにデカく見え細く鋭い獣のような目の黒紫の瞳が怖ろしく光っている。


 男の時の俺だったら、その光景と漂いこちらへ来る力の余波だけで腰を抜かしていただろう。巫女の姿だからこそ体も抗う覚悟ができるというものだ。


「さあ、いくぜ! 鬼!」


 コキコキ体を慣らしている。ちょっと鳴りすぎじゃない?


 この一言で狙いは明らかだ。アイツはレイを狙っている悪いやつだろう。


「礼、あいつ、今の貴方には危険な相手かもしれない。刀を貸して。私が対処します」


 巫女状態の俺が刀をレイに返すと、今度は俺が体内の呪術を使う為のエネルギーを刀を通じてレイへ渡すことができる。


 何かしらの方法で彼女に俺の分のエネルギーを渡すことができれば、彼女はそれを糧に幽体が肉を得て実体へと変わる。そして現実に彼女が干渉できるようになるのだ。


 悪霊も何かしらの方法で力を得て、同じ原理で実体化しているパターンが多いとレイは言っていた。


 俺は、刀を彼女にすぐには渡さなかった。


「礼?」


「俺は君を助けるための巫女だろ? 命を狙われているのなら、俺は君を死なせないための助けになる。そういう約束だった」


 ぶっちゃけて言えば彼女の方が強いので、素直に刀を渡した方がすぐに済むかもしれない。


 それでもレイは笑みを浮かべてくれた。


「ありがとう。礼。約束に誠実なあなたが大好きです」


 レイはまじないを唱える。霊体の状態での彼女の役目は、彼女の代わりに戦う巫女へと力を授けること。呪術を発動し続けることで俺に加護が与えられる。


 体へのあらゆるダメージを防ぎ、走りを早くし、刀を振る体にさらに大きな力を扱えるようになるのだ。その代わり、彼女はこの加護の維持を行うため、攻撃の援護はできない。


 恐ろしい相手だけど、これでビビって彼女に任せっきりでは、この先俺は耐えられないだろう。


 いつか後悔しないように、俺も度胸と戦う力を鍛え続けなければ。


 大きく息を吸って、そして吐いて。呼吸の乱れを鎮める。


 刀を抜き、構えた。


「準備できたか。安心しろ、元々狙いは……」


 奴が走り出した。ただの駆け足、だけど速い!


 俺の想像の3倍くらい早く肉迫してきたあいつが大きく右腕のフックを叩き込んでくる。


 躱そう。大振りの攻撃なら、悪霊で慣れっこ――。


(――フェイントです! 左!)


 えぇ? 確かに右のフックが途中で止まってる!


 レイの言う通り左に警戒! て、もう拳が目の前じゃん。刀の刃で迎えるしかねえ!


 受け止めた。炎のように燃える拳が刀身とぶつかっている手を保護しているのか。本当だったら斬れるはずなのに拳には傷一つついてねえ。


 むしろ受け止めたら肩外れかけたぞ! なんて威力の殴りなんだ。


「いい剣だ。それに俺の拳を吹っ飛ばずに受け止めるとはいい体してるじゃねえの」


(いいからだ……? セクハラ! 最低な男ですね)


 待ってレイ。悪気はないんだろうけど、たぶんそういう意味じゃない。


 ともかく力押しであいつは俺を押し込んでくる。体勢が崩れると酷い隙を晒しそうだ。その前に張り倒す。


 掌打で……え、腕を掴まれてる。一瞬後で理解した。今まで前のめりになってたくせに俺が抵抗しようとしたところを見せた瞬間に体勢を立て直して俺の攻撃を回避したのだ。


 こいつ見た目と勢いに騙されがちだけど戦いかたが大胆で丁寧だ。


「おらぁあああ!」


 牙を見せながら喜んで俺を振り上げ地面にたたきつけやがる。痛い!


 でも安住と最初戦った時に比べ我慢もできるようになってる! 痛いけど。


 また地面にたたきつけるゴリラみたいなことをするコイツ。2回目持ち上げられたとき、そいつを蹴り飛ばした。渾身の蹴りはさすがに効いたのか手を離してくれて、再びの地面激突はなんとか免れた。


 目を開き光のない闇の目でにらみこっちに殴りかかってくる。


 オーラをたっぷり放つ拳の攻撃を2回躱して、俺は剣を横に振り抜いた。


 脇腹に直撃――したはずなんだけど、ガキンて、金属じゃあるまいになんで刃が通らねえんだよ。


「アア!」


 腕を振り回してきて殴られそうだったので必死に後ろに逃げた。オーラがかすっただけでめちゃくちゃ熱かったので、直撃したらもう死ぬなこれ。


 雄叫びと共にこっちに殴りかかってくるアイツ。正直身のこなしではそれほど差がつかないことは分かった。


 京都には強い奴がいっぱいいる。だからこそ人間の街がずっと守られてきた。実感するところだ。


 でも、そんな彼らでも警戒する鬼、その力を使う巫女であれば、このようなところで負けて無様をさらすわけがない。


(礼、平気ですか? 彼、私を警戒しながらあなたばかりを狙ってるけど)


(平気だ。ここから一気にぶっ飛ばす!)


 刃に呪を通す。鋼は淡く紫の光を放ち、術に寄って強度を増した光の斬撃でアイツの渾身の闇のオーラを纏った一撃を跳ね返す……!


「いくぜええ!」


「はぁあ!」


 闇のオーラを纏った拳へ紫の輝きの剣が衝突する……!


 すげえ力が伝わってきた。鬼の巫女として与えられた、斬れぬものを斬るための剣の輝き、その力と競り合ってくる。


 それでも負けない。京都の多くが鬼を恐れる理由はその強さ。パワーだけ見ても人間を遥かに凌駕する。


 剣を振り抜く。


 勢いのままに相手を遠くへとぶっ飛ばした。伝わってきた感覚からして斬ってはいないけど無傷ということはないだろう。


(礼……もう〈紫光〉の纏いは十分使えていますね。今度から応用に入ってもいい)


 レイのお墨付きももらうほどの一撃だった。


 あいつは、特に痛そうな顔もせず、手を見る。


「まさか俺が力負けとは」


 手から血が流れるところをじっくりと見ると、傷を撫でる。撫でた箇所はすぐに傷がふさがり、喜びの笑顔を見せる。


「へへへへ、やっぱ強いな。おい、鬼巫女! 鬼の援護をもらってるとは言えなかなかやるじゃないか」


「そりゃどうも」


「悪くねえ。これは久しぶりに楽しい戦いになりそうだぜ!」


「悪いけど俺は人殺しがしたいわけじゃない。今ので俺の力を見せた。多分、俺はお前に勝てる」


「だろうな」


「なら」


 それ以上は言うな、と開いた手を伸ばして見せる。


「俺は壁ができたら立ち向かうんだ。俺は強くなるために戦うんだ。それが俺の目的だ。ならこんないい相手、逃すわけねえ。お前が殺す気がないなら、俺が死にかけるまで付き合えや」


 えぇ……。隣を見るとレイも絶句している。


 あれは狂人だ。戦いに魅入られた系の常識が通じないやつだ。ヤバイ奴と出会ってしまった。別にわざわざ生死をかけて戦う必要がなさそうなのがさらに状況を厄介にしている。


(どうしましょう……礼)


「うーん。分からん」


「よっしゃ、まだまだ行くぞぉ!」


 吠えた。また来るのか。これは情けないけど逃げるしかないか?


 でも待て。もしもこれが、アイツが本気で強くなりたいって願っているなら、俺に助けになってほしいというのなら、付き合ってあげるべきかも――?


 ピロピロピロピロ。


 あいつの方だ。着信音、誰かから連絡が来たようだ。


「ああ?」


 敵の前にも関わらず、アイツは電話にでた。構えをとっていた俺はとりあえずあいつがポッと出の悪霊に奇襲を受けないように周りを警戒することに。


(マイペースな方ですね……)


 それは、そうだな。


「どした? ……なんだと?」


 今まで俺を襲ってきたときの狂喜とは違うかなり真剣な顔になった。何を話しているのか分からな――。


「団子屋が燃えてるって、あれかよ! すぐに行く! しっかりしろよ!」


 通信を切って両手を合わせる!


「悪い! この勝負預ける! こっちから仕掛けておいてあれだが急用ができた。いい奴だろお前。一回だけ見逃してくれ!」


 それだけ言うとどっか行った。全く勝手な奴だが、どうも気になることを言っていたような。


「あの方向の団子屋さんって……」


「あ……!」


「礼、行きましょう。見捨てるあなたではないでしょう?」


「当然だ。何かあったのなら、行こう!」


 お昼、感動さえ覚えたあの団子屋が酷い目に合っているのなら、それを見捨てない。もしかするとさっきのは助けを求める声だったのかもしれない。


 俺は誰かの助けになれるヒーローになるため生きてきた。彼女もそれを尊重してくれている。なら遠慮はしない。おせっかいかもしれないけど、手遅れになるよりはいい。


 俺とレイは猛スピードでアイツを追って走り出す。







 人が泣く声。


 近くには布をかぶせられ横になっている人間。


 泣いているのはあの団子屋さんの孫娘だったような。――まさか。


「おい! こりゃあどういうことだ!」


 あの男が孫娘に寄り添いなだめながらも怒りの声をあげる。俺と戦っている時と違う本気の殺気を伴った表情と声だった。


「うぐ……ここに、鬼が来ただろって、変な奴が脅してきて、おばあちゃんが!」


「なに……?」


「反逆軍でも、御門家の陰陽師様でもないのに、武器を見せびらかしてた!」


「クソが……!」


 レイがその場で崩れ落ちた。俺だってそれだけですべてを察したんだ。彼女だって。


 これは、俺達のせい――? 

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