第1話 もちもちうまうま、鬼も笑う団子

 都の守護者の聖域たる要塞からは北東、北西、南西、南東の方向へと大通りが伸びている。


 その通りは活気づいている。出店もしばしばあり、仮になくてもさまざまな商店が並んでこの地に住む者たちに娯楽を提供している。


 通りを少し外れると急に静かになるのもこの街の面白いところだ。細道までも美しく設計された街であるからこそ、たまには大きな通りや有名な場所を外れて歩いてみるのも悪くはない。


 そういったところには、大通りでは見ることのできない特殊な店や荘厳な屋敷などがあることもしばしば。見て回るだけで面白い発見がある。


 長い間ここに住んでいる俺でも飽きないのだ。久しぶりに起きたレイであれば、おもしろいこの街を見て回るだけで目を輝かせているのも不思議な話じゃない。


「あんな所に団子屋があったんだなぁ」


「礼も知らなかったのですか?」


「こっち側はあまり来たことないんだ。自分の街とはいえ、全部を知ってるわけじゃないし」


 こうして隣でご機嫌に歩く姿も様になっている。角と己から漂う異様な妖力を抑える呪術を編み出してからは、昼間人が多い時間でもこうして一緒に歩くことができるようになった。


 最近は彼女の用意した家で一緒に過ごすことが多いけれど、そこでのレイは所作の1つ1つが名家のお嬢様のように整っている。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、ということわざにふさわしい人って本当に居るんだなって思ったほど。


 こうして外に出て一緒に歩いていると、見た目の若さ相応に可憐で元気な娘という印象を受ける。もしかすると今までは俺の前で気を遣っていたのかもしれない。


 こんなレイも可愛いものだ。


 そんな美少女と一緒に街中を歩けば、寂しい男からは『おいおいおいリア充の見せつけかクソが』みたいな目で見られたり、冷やかしを受けたり、意味深な目で見られたりすることもたまにあるのだが、実際はそうなってない。


 なぜなら今の俺もまた、巫女姿、いわゆる女性の姿になっているからだ。男の時よりも身長が少し低くなってレイと同じ目線で隣を歩いている。傍から見れば仲のいい女の子2人が遊んでいるだけみたいな感じに見えるだろう。


「レイ?」


 レイは団子屋に入る前、今店から出てきた男を見た。


 異様にデカい。体もゴリラという感じはしないがひょろひょろとは絶対に言えない男だ。もしかしてあんな男がレイのタイプ……?


「今の人。恐ろしい力を秘めていました。でも反逆軍の持つ武という感じではない。もっと生物的な、本能的な」


「まあ、京都には素人目で見てその手の奴は結構いるからな……」


「え?」


「嘘だと思うだろ? 違うんだよこれが。もう、その……見た目でね。ああ、語彙力がない。とりあえず今は団子を食べようぜ。糖分補給だ」


「え、ええ。そうですね。それもきっともう少し街を歩けば分かってくるでしょう。今は礼とのデートを楽しまないと、ですね」


 デート……。普通に使っているその言葉。しかし俺は男だ。体は女性だけど。それはさておきそんなことを言われたら意識してしまう。


 俺はレイのあくまで巫女役だ。彼女の今の言葉に深い意味はないはずだ。恋人などではないのだから。だから落ち着け俺。


「いらっしゃい。始めて視る顔だ」


「入れますか? お忙しいですか……?」


「おや、お前さん……? そうか。――なあに、人生の中でこんなににぎわっているのは初めてで嬉しいもんさ。奥の席が空いているよ。2人で座っていきなさい」


 今、妙な間があったような。


 それはさておき、ノリノリで若女将とお話をするレイの目線はもう団子に向いている。壁のお品書きで堂々と書いてある商品の名前は確かに彼女の興味を引くことだろう。


『地元公認、鬼も笑う三色団子』


 実際に鬼が食いに来たと聞いたらきっとここの女将はビビッてしりもちをつくに違いない。まあ、そんなことをするつもりもないのだが。


 いかに人のために戦っているとはいえ、京都の人間の悪霊への恨みは代をまたいで積もりに積もっていると言っていい。当然今の京都には鬼であるという理由だけで怒りを露わにする者も多い。


 そんな中で堂々と鬼として外に出るのは自殺行為だ。だからこそ角隠しの呪術を用いている。意外にも、髪型を変え、眼鏡をつけるだけでも、角がないからか未だバレている様子はない。


 俺達は店の奥の2人客向けの向かい椅子に座らせられた。


 団子は出来立てにこだわる店らしくしばらくは待つ必要があるだろう。孫娘らしき若い女性が走り回って目も回しているところを見るとしばらくは時間がありそうだ。


「街を歩くのは楽しいです。ただすぐに疲れてしまうのが辛いところ」


「平気なのか?」


 今の俺は巫女姿だから彼女の痛みと苦しみがある程度伝わってくる。角隠しの呪術に恐ろしいほどの速さで体の力が吸われていく。


 ある程度でこれなのだ。本人にとってはできれば使いたくないくらいの術だろうに、彼女はこの程度ではへこたれない。見た目からは想像もできないほどタフだ。


「平気と言うにはほど遠いコンディションですけど。やっぱりお出かけは好きです。特に、こうして一緒にだれかと外にでて喜びを共有することは楽しい」


 それは、俺もそうかもしれない。そう言えば、こうして誰かと一緒に街を歩くのも久しぶりだ。あの事件から友達を作ろうともせず勉強と鍛錬に励んでいたからな。


「初めて来てくださった可愛いお嬢さん2人にサービスだ。お茶と一緒にたのしんどくれ」


 可愛い言うな――いや、さすがにこんなおばあちゃんに言うほどのことではないか。よく言われるが嬉しいわけじゃない。ただ、一瞬ドキッとする。心臓に良くないのだ。


 レイはさっそく緑いろの団子を口へ運ぶ。俺は桜色の団子を口に放り込んだ。


 もちもち。甘い。もちもち。美味。これは、いい!


 レイもこれ以上ないほどの笑顔になっている。


「おいひぃ!」


 甘さにとろけた顔になっている彼女の顔を見ると、その顔も甘そうに見えてくるほどの幸福な顔だった。しかし、その気持ち、よおく分かる。


「そうかい。それは良かった! どんどん食ってくれ」 


 女将のおばちゃんはレイの団子を堪能する様子を微笑ましく見守っている。きっと忙しいだろうにおばちゃんも本当に嬉しそうに。


 自分の作った団子で喜んでくれる人がいると嬉しくなる。生粋の職人だな。自分の仕事に誇りを持っている証だ。


 いい人なんだな。ここの女将さんは。






「御馳走様でした」


 まさかお見送りもしてくれるとは。孫娘と2人だけで切り盛りしているようで繁盛していれば忙しいだろうに。


 これもおもてなしの一環なのか。プロだなぁ。


「また、食べに来ます!」


「ははは、いつでもいらっしゃい」


 すっかりリピーターになってしまったレイだが、俺としても別に反対する必要がない。それだけここの団子は魅力的だった。


 背を向け歩き出す俺とレイが少し離れるまで、おばちゃんはしっかり手を振ってくれた。俺とレイもちゃんと手を振ってお別れをしよう。


 ――ん?


 おばちゃんの方に向き直った。そのとき向こう側の道を走っていった黒服の男がいたような。この街で黒服とはあまり見ない服装だった。


 何者だろうか?


 本来であればそのまま突撃をかましたいところではあるが、今はとてつもなく体調がヤバイ。これのせいでレイとのデートは2時間くらいが限界だ。


「帰ろうか。夜まで仮眠を取ろう」


「そうですね……。今日はまた、夜の街を探索しなければいけません」







 悪霊を倒し続けるのは力をつけるため。まずこれが第一優先。そして襲われている人が居たらそれを助けることも忘れない。


 安住は言った。この先お前には多くの障害が現れると。


 ならばそれに対し備えようという意見は俺もレイも賛成だった。俺は彼女に付き合ってもらって戦いを学ぶ。本物の悪霊との本当の殺し合いの術を。


 しかし考えなかったわけではない俺の修業のために、彼女を戦場まで同伴させるというのはあまりに身勝手なのではないかと。


 ふとそう思って、一度その問いを向けた。夜は声が良く響く。彼女は嫌そうな顔はせず首を振って、俺に返答した。


「私はこの街をことを知らない。もっと知るべきです。昼は外に出て人々の生活に触れ、いち早く京都の人間らしい生活をできるようになりたい」


「でも、それは昼に出かけるって話だよな」


「この時代にはどんな悪霊が、敵が、悪意があるのかを見なければ。それに、礼のことも心配ですから。私が心を奪ったあなた。私は命を救われたからあなたの未来を護る、当然の義務です。協力してほしいとお願いをしたのは私ですから」


 昼間に見た彼女と比べると、夜、角を露わに共に戦場に赴く彼女は別人だ。男の俺なんかよりもずっと勇ましい。


 といっても彼女は幽霊と同じような状態。彼女が戦うにはもっと互いの繋がりヲ強めなければいけないらしい。


 だからこそ基本的には彼女には術のサポートをしてもらい、悪霊と正面きって戦うのは俺と言うフォーメーションが出来上がっている。


 街の皆が2人組ともてはやしているが、2人じゃないといけない理由はそれなりにあるというわけだ。


「礼、今日は一段とこの辺りは静かですね」


「ああ。まあ別にいつも悪い奴でうじゃうじゃみたいなわけじゃないけど、妙だ」


「はい。血の、においがする」


 え、マジ? 俺そんなん分からんけど。


「いえ、礼。貴方は感じる必要はない。血は鬼が好むものです。貴方は人間なのですから」


「そうなのか。でも紅いのなんて」


「悪霊の血とは呪いです。この辺りに、殺された悪霊の怨念が漂っている。分かるくらいに残るなんて、いつもの雑魚ではなく強力な悪霊が居たのでしょう」


「でも、それって誰かに殺されたってことじゃ……」


 やっぱり恐ろしい街だぜここは……。そんな人外みたいな人間。


「レイ! 前!」


 悪霊だ。まだ姿がはっきり見えないけど、この距離感ではもう警戒に入るべきだとここ数日の討伐で理解している。


「よし、行くぞ!」


 俺は腰に装着した彼女の刀『薄紫』の柄に触れた。


「はい!」


 レイの威勢のいい声と共にその場を駆けだす。







 今日も悪霊を倒した。最近はレイの力の使い方もすこしずつ分かってきている。


「お疲れ様でした」


 水筒を差し出してくれる彼女。最近は相棒感も増してきているかもな。


 しかし……気持ち悪い奴だったな。襲われてた人が居なくてよかったよかった。


 なんと言うか、変な、ぶにょぶにょしてて、丸っこいくせに肉肉しいというか?


 だめだ、もう忘れよう。思い出すだけで気持ち悪くなってきたな……。


「刀の使い方も良くなってきましたね。最近は私も学ぶことが多いです」


「この1か月いろいろな人の悪霊退治を見てきたからね。剣を使う人の技とか動きを学んでは練習してるよ」


「あなたは男の時には才能がないと言いました。でも見たことをすぐに真似できるようになるなんて、本当に男の時には才能がなかったんでしょうか?」


「それは……まあ、不思議とこの姿だとできるようになるんだよな」


「鬼の力にそのような力はないと思いますが」


「じゃあ、もしかするとこれはレイ自身の能力が俺に流れてきてるのかもな。そういえば……この剣技は誰かに教わったものなのか?」


「あ、えーと……まあ、そうですね……」


 悪霊討伐の報告を終えて、帰路へ歩みだす。


 向かい側から人が一人やってきた。


「待ってください」


「どうしたん?」


「こちらに敵意を向けています。警戒を。この感覚。お昼に団子屋さんに来たとき感じたものです」


 俺もすぐに分かった。前からやってくる男は己の体に闇のオーラを纏って明らかに戦闘準備ができていることが。


 その場で止まり、鞘に手を書けておく。


「鬼ってやつか。てめえ」


 話しかけられた。


「だったらなんだよ」


「その言い方、鬼なんだな? へへへ、初めて見たぜ。どうやら噂の鬼っぽいな。おもしれぇ」


 その男は手を上げてファイティングポーズをとった。あからさまにやる気だ……!


「鬼の巫女。てめえを今からぶっ飛ばす。悪く思うなよ?」

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