第3話 鬼が団子を食って笑って何が悪い!(前)
孫娘がこちらを見る。いや俺ではなくレイを見ている。
霊体であっても鬼は見える。霊体だと見えないでは悪霊憑きが増えるので、京都を覆う結界が見えるようにしているのだ。
「あ、鬼……?」
あの男がこちらを見てくる。
「ちょっとタイミング悪いぜてめえら」
レイが立ち上がる。顔で感情を表してはいない。目に光はなく少し俯きながらただゆっくりと近づいていく。
震える声で一言、尋ねた。
「鬼が来ただろっていうのは」
「昼間の、お客様」
「きっと、私のことなのですね。私を恨む権利があなたにはきっとある」
大門が彼女の前に立ちはだかる。そして孫娘に背中を見せたまま語った。
「もうすぐここに反逆軍が来る。まだ夜だ。お前さんはとりあえず保護を受けな。あと鬼、申し訳ない、とでも思うのなら面貸せ」
「大門君。大丈夫なの? その子、鬼だって」
「まずは落ち着け。明日までな。お前がどうしてもこいつを殺してえっていっても、お前が手を貸す必要はねえ」
団子屋の孫娘は頷いた。
「鬼、そこの裏道だ」
先に歩いていく大門。さっき命を狙いに来た敵のくせに今は背中を晒している。
おかしなやつだ。でも不思議とさっきから悪い奴には思えない。
「礼、申し訳ありません。きっとこの事件は私のせいです」
「鬼って言ってたもんな。話しぶりから来てたことは確定的だって言い方だったし。でも、君だけが背負う必要はない。一緒に行こう?」
手を差し伸べてみた。
格好つけだろうか? でもレイの顔が少し怖がっているような顔でついて行きたいけど、怖くて一歩踏み出せないといった印象だ。
「行こう。何か酷いこと言ったら俺があいつをぶっ飛ばすから。安心してついてきて」
「は、はい。ありがとう、礼」
レイは俺の手を両手で一瞬握るとすぐに離した。肉体的な接触と、俺から何か流れていった感覚。きっと今の一瞬で彼女は実体化したのだ。
きっと殴られるくらいの覚悟はしたのかも。
「勇気が出ました。行きましょう」
少し震えている。こうしてみると、彼女が怖ろしい鬼だなんて信じられなくなるというものだ。
敵だった男は今度は襲い掛かってくることはない。
堂々と仁王立ちして俺達を迎えるそいつ。
「お前ら、あの団子屋に来てたんだってな」
「はい」
俺が返事をする前にレイが返答する。俺より一歩前に出てもういつもの戦うときの勇ましいレイに戻っていた。
「あの店の団子はどうだった? 正直に感想を言ってみろ」
「私は……え?」
心の声が若干聞こえてきた。恨みは受けると。だからこそあまりにも脈絡のない質問に呆然とするのもおかしな反応ではないと思う。
すぐに返答はできなさそうなので俺から答えることにした。
「めちゃくちゃ美味かったよ」
レイも俺につられて、
「はい。とても美味でした。……それは偽りなく」
真っすぐアイツを見て答えきった。
「そうか。なら、どうやら悪い奴ってことはなさそうだな。安心したぜ」
「え、団子の感想を言っただけなのに」
「なあに。ばあちゃんの団子の上手さは、歯に伝わる感触と繊細な甘さの綺麗な共鳴でくるもんだ。心が荒んでる奴はたいがい味が薄いだの、もっと甘くだの、言いやがる傾向が多い」
「そんなので信じていいのか?」
俺はストレートに疑問をぶつけたら、アイツはストレートに返してきた。
「通い始めてもうすぐ8年。常連の俺が言うんだ。ばあちゃんもそう言ってたしな。信じるに値するってもんよ。俺の名は大門。よろしくなぁ」
己の名前を答える。一見それは信用を指すものには思えない。しかし、レイはそれを是と確かに受け取ったようだった。
「私は、レイ。名字を知らぬのは私も同じことです」
ふと思い出す。お勉強の内容を活かすときだ。
名前を知られれば呪いをかけられる可能性がある。人といざこざを起こしているときに名前を明かすのは得策ではないらしい。
恨む側も恨まれる側も一度呪えば呪いあいになる。命が関わる以上先に術者を殺してしまった方がいいから。
俺も名前を言った方がいいだろうか。
「ああ、そう言えばツインズレイだっけか。てことは巫女の方もレイってことか?」
どうやらその必要はなさそうだけどその通り名はやめてくれ。
アクマ眼鏡さんという自称悪霊オタクに寄って広められてしまったキラキラネーム、ぶっちゃけ勝手に言ってろと思ってたけど、人助けするたびに2人まとめてそれで呼ばれると少し恥ずかしい。
「俺は夢原礼だ」
「俺、か。可愛い姿のわりに男気感じる名前と気迫じゃないか。さっきの戦い、痺れたぜ?」
「可愛い言うな」
「お、わりーわりぃ。そういうタイプか。理解したぜ」
そういうタイプじゃない。俺は男なんだ。
それはさておき、自己紹介も終わったところで、大門からいよいよ本題が提示された。
「俺から頼みがある。俺と一緒にばあちゃんぶっ殺したヤツの犯人捜しをやってくれないか?」
本題も意外だった。俺も、たぶんレイも、てっきりさっきの続きで戦うつもりだと思っていた。
特に大門は団子屋さんと深い関係を持っているようだ。ばあちゃんの弔いのために殺し合いになるかもしれないと、正直今まで緊張していた。
「おいおい、なんでそんな拍子抜けな顔すんだよ。それに鬼の方は身構えちゃってるし」
「いえ、その。てっきり戦うのかと。私のせいだと、大門、あなたが私に復讐をしようと」
「あ? あーなるほどな。マジか」
大門は少し不機嫌になったのか眉間にしわを寄せる。すぐには何かを言わなかった。30秒くらい考えてようやくその口が開く。
「お前ら、もしかして、ばあちゃんが死んだのは自分達に責任があるとおもってるのか?」
それは、まあ、関係ないとは言えないのは事実だ。
今日、興味本位で団子を食べに行かなければあの優しいおばあちゃんは今日殺されることはなかった。
「私が、鬼なのに、あの店へと行ってしまったから……こうなったと」
「ふうん」
大門がこっちを見る。
「お前はどう思う? 自分達のせいだって思うのか?」
大門の表情がさっきより怖いような気がするが、ここは正直に俺の意見を述べるべきだろう。
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