第2話 寝起きの鬼娘の表情は曇って
呪術といえば。一般人の俺からしてみれば馴染みのない代物だけど、それが存在することは誰もが知っている、ありふれたもの。
己の念と命をこめて願望や想像を現実化させる魔法のようなものだ。姉貴は似て非なるものだと言ってたけど、そこまでは詳しくない。
俺が住んでいる故郷で、人々を襲う脅威を屠るために使われている力でもあり、それを振るう者は戦いのプロとして、この街では特別視される。
「驚かないのですね。呪術と聞いたら、何を馬鹿なと笑われると思いました」
「なんで驚くんだ? 呪術なんて珍しくもないぞ」
「え! 世の中は変わったんですね……。それだけの長い時間を私は」
少し悲しそうな顔をした。俺、何か言っちゃったか? 今までの自分の台詞を振り返っても特に変なこと言ってないし、乙女心というのは分からないものだな。
すぐ明るい顔に戻ってくれたからとりあえず一安心した。
「ところでこの姿、いつ戻るの?」
「術が完全に定着したら一時的には戻ると思います。ですが一応今日はここに泊まってください。その体で何が起こるか不明故、一晩様子見は必要です」
「うう、そうかぁ。姉貴がもし家に戻って俺が居なかったら、不良を許した覚えはないってボコボコにされそうだな」
だからといってこの姿で帰ったら姉貴は不審者として殺しに来そうだ。それはそれで怖い。まだ生き残れる可能性のある方を選ぶしかない。
「世話になるよ。そしたら自己紹介もしないとな。俺は」
「
そういえば先ほど憑依したとか言ってたか。それで俺の記憶をのぞき見できるとは便利な術だな。
ちゃんと体を返してくれるところを見るに本当に助けてくれたんだなってことが分かる。
「レイか……。こうなった以上は一蓮托生だな。よろしく」
「はい。では、すぐにお布団を用意したします。あ……」
何かに気が付いたようだったけれど、俺には何も言わなかった。まあ、布団があるならそこに寝かせていれば、というつぶやきを見るに、さっきの膝枕のことを恥ずかしがってたのかもしれない。
そういえば俺、膝枕されてたんだな。死にかけたとは言え生きてるならこれ以上は望まないのにあんなことまで、今日はどちらかというとツイてるかもしれないな。
待っているだけなのは性に合わなかったので部屋の外に出ると、いつの間にか俺は外にいた。
後ろを振り返ると、ボロボロの社が堂々とそびえ立っており、俺は賽銭の目の前に立っている。
本来は神様がいるはず殿には何もない。俺は再び来た道を戻ってみると、先ほど鬼の彼女と一緒にいた部屋へと戻ってきた。
これも呪術によるものか。そこには存在しない別の空間への入り口がこの社の殿への扉なのか、見た目をごまかしているのかは定かじゃない。姉貴なら分かるかもしれないけど。
「ここはどこなんだろう?」
参道もなく、ただ広い土の地面が正面で広場をつくってる。ところどころに雑草が生えているところを見るにあまり手入れはされていないらしい。鳥居が真っすぐその先にあって、他は全て先が見通せない森に囲まれていた。
「京都にこんな神社あったかな?」
俺は生まれも育ちも京都だ。街にある寺院や神社等の有名な建物には一通り訪れてたことがあるはずだ。たとえそうじゃなくても知らない場所などないはずだが。
魔境に住む人間にとって伝説の残るこのような建物は神聖な場所でありかつ危険な場所だ。悪霊が形となったものや、人に仇為す神人がねぐらにすることもしばしばある。
だからこそ、こういう建物の場所を全て記憶することは京の人間にとって必要なこと。さすがに知らない場所が在るのはあり得ないと思う。
「最近建てられたものでもないっぽいし」
謎が深まっていく。だけど、俺は研究者でも軍の人間でもない。俺が考えたところで分かるはずもない。無理に考察する必要もない。
その前に考えるべきこともある。
「どうして私が追われていたか、気になりますか?」
いつの間にか隣でレイが俺を見つめていた。かわいい。いや、今はそうじゃない。見事にいい当てられてしまった。
「追手の男に言われました。人間の最後の楽園であるこの都市に鬼の住む場所はない。故に消す。悪く思えと」
「あの男は反逆軍の剣士だよ。人間を狙う悪霊から人間を守るヒーロー。格好いい奴らだ」
「私は昨日までずっと眠っていたんです。どれほどの時間が立ったかもわからず、気づいた時にはここにいた。まるで浦島太郎みたい。私の常識は何もかも消え去っていた。だから、貴方のいう反逆軍のことも知らず、そして鬼だから死ねと」
「別にあいつらは悪い奴らじゃないんだ」
「はい。見つかる前。夜の街を見て分かりました。今のこの世界には恐ろしい化け物が多すぎる。武力が必要だったのですね」
レイの表情が曇った。少しどころじゃない、もう泣きそうにも見えるほどに。
「あなたも。そういう人間なんですよね。私が憎いですか?」
え? どうしてそうなる?
「先ほど言いました。憑依したときにあなたの記憶を見たと。貴方も、反逆軍や武を学ぶための高等学校へと入学しよう努力しています。それは、私のような怪異と戦うためだと。でも、それだと、私を助けた理由が分かりません」
確かに。傍から見ればそういうことになるのだろう。人間の敵であるかもしれない、強大な力を持つという伝説の鬼という存在。それを助けたとなれば俺は人間から見ればとんだ裏切り者だ。
「あの時は、助けてって声が聞こえたから……」
「私は鬼です。鬼が助けを求めたってあなたに助ける義はなかったはず」
ああ。それも確かに。あのまま放っておけば、この子は死んで、京都への脅威が1つ消える喜ばしいことじゃないか。それが正しいことだ。
でも、俺は助けた。あの時はかなり衝動的だったけど、その理由は、俺には分かるつもりだ。
「俺は困っている人がいたら助ける正義の味方になりたい。なりたかったじゃないぜ? なりたいんだ。そのためには力が必要だ。反逆軍に志願したのも、高校の入学試験を受けたのも、全部そのためだよ」
「なら、私はあなたの敵」
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