第3話 俺は君の巫女《みかた》になる

「いや。それが分かってたとしても俺は君を放っておかなかったと思う。だって助けを求める人を放っておくことは、俺の夢、善い人間になるってのと矛盾するから」


「矛盾はしません。私を放っておけば、鬼が1匹減ってより平和になる。それは正義を語る者として当然の決断です」


 違う。それは違う。『助けて』と本気で願われたのなら助けるのが、善い人間がやるべきことだ。


「少し昔のことだ。話を逸らすつもりじゃない。俺がどうして助けたのか、少しでも納得してもらうと思って。俺のことを話したいと思ってさ」







『京の都で育った子たちよ。決して外に興味を持ってはならぬ。決して出てはならぬ。そして外から来た者を安易に信じてはならぬ』


 この格言は、京都に住む全ての人間が知っている。


 人々を傷つけるあらゆる怪異は決して街の中で生まれるだけではない。そのほとんどが外から来ると言われているくらいだ。


 4年前だろうか。まだその時は俺も姉貴も戦うことにも興味がなかったころの話になる。黒いゴム質の肌を持った20メートル越えの化け物が、俺達の家とその近くを荒らして回った。


 それだけ外の世界にいる邪なる神人のペットであり強大な力を持っていた。もっとも、俺も姉貴も逃げることしかできなくて、実際強かったのかは分からない。


 俺と姉貴は、まんまるに太ったその化け物に丸のみにされて、一度だけ外の世界へと誘拐された。化け物に吐き出された時、俺と姉貴は知らない建物の中にいて、気味の悪い小さな化け物とそれらを使役しているヤツに囲まれていた。


 その時は人生の終わりを覚悟したものだ。都の外で邪神に連れていかれたらもう二度と幸福は訪れないというのは、こちらも有名な格言だ。


「姉妹かと思ったが、こっち弟か」


「女は売れ。男は……これくらいなら使いようもあるか。筋のあるもんに交渉だな」


 いつも強気な姉貴が人生でただ1回、俺の前で涙を流した。それ故に俺はその時のことをよく覚えている。周りには俺達と同じように攫われた人たち。この人たちもまた酷いことをされそうだった。


 助けの望みはなかった。皆知っている。軍は専守防衛と。決して外に連れていかれた人間を助けになどこない。俺達は愚かにも捕まった人間として見捨てられるんだ。


 そう思っていた。


 助けは来たのだ。俺はそれが信じられなかった。


 助けに来たのは姉貴と同じくらいの少年。最初は夢だと思ったよ。周りの恐ろしい化け物たちにガキが助けに来たところでどうにもならないと。


 でも、俺が侮った彼は強かった。刀を片手に次々と化け物を肉を断ち、血の雨を降らしていく。


 あの歳で怪異を次々と殺していく姿を見て、多くの人がその驚異的な技に恐れを抱いたが、俺と姉貴は魅了されたのだ。


 終わった、と刃の血払いをした剣士に、姉貴は尋ねたのだ。


「どうして、助けに来てくれたのですか?」


 その傭兵はただ一言。


「困っている人が居て、自分が助けるべきだと思ったら全力で助ける。俺の師匠の受け売りだけど、唯一人間らしい正義のつもりでね」


「あなたの名前を。次に会った時、お礼を」


「傭兵、太刀川。覚えておく必要はない。感謝は、別の人間を救うことで示すといい。その方が、俺に返すよりはるかに世のためだ」


 その姿と、その言葉があまりに格好良くて、俺の心が震えた。


 あの人みたいになりたいわけではなかった。


 ただ『困っている人が居て、自分が助けるべきだと思ったら全力で助ける』という言葉で俺は救われたこと。そんな美しい生き方を、俺はしたいと思ったんだ。


 それからは姉貴と俺は勉強をした、体を鍛えた。いずれ、反逆軍、または武を学べる高等学校に入学するために。


 まさかそこで才能の差が出るとはな。姉貴はすぐに結果を出して軍に迎え入れられた。俺は……未だ何も成し得ていない。








 興味もないかもしれない俺の話を彼女は真剣に受け止めてくれている。


「姉貴はすぐに軍に迎えられたけど。俺は無理だった。確かに体力もないし、初等学校の頃の成績も悪いしさ、バイトしながらもう3年くらい受けてるんだけどな」


「12歳で、もう働けるんですか?」


「普通は別の職業訓練校とか専門学校とかもあるんだけど、俺は軍で訓練しながら勉強するか、同じようなことができる総合高等学校に行きたかった。でも両方ダメでさ。姉貴からは素直に諦めて、別の道探せって怒られたんだよ」


「お姉さんはあなたが心配なのでしょう。お姉さんはあなたを戦いに巻き込みたくなかった。私も妹が居ました。だから、気持ちはよく分かる」


「ああ、やっぱりそう思うんだろうな。姉貴の話を聞いてて分かるよ」


 彼女はしばらく黙って、俺と一緒に鳥居の方向を見つめる。


 何のためか、なんて聞くのは野暮だろう。


 人間いつでも何かを考えて行動しているわけじゃない。俺だって今、なんで鳥居の方を見ているのかを尋ねられたら答えられない。


「あなたの覚悟に水を差してしまうかもしれないです」


「え?」


「私と契約している以上、私とのつながりが強くなるほど、貴方は肉体的に強化され、私の持つ経験を共有できる。それはもちろん、体の動かし方や戦い方の経験を」


 それって俺が強くなれるって事じゃん。


「でもあなたは正義の味方を志す。ならばこれはあってはならない悪魔の契約です。あなたの誇りを傷つける」


 うーん。さっきからどうにも暗いことしか言わないような。


「どうして、私は敵だの、悪魔の契約だの、ヤバイ感じのことしか言わないんだよ」


「それは事実で」


「俺はその契約でレイに助けられた。俺も後悔してない。自分の生き方を貫いただけだ。それで生きてる。それでいいじゃないか」


「でも、今の世界では私は殺されるべきで」


「ちょっと混乱してるだけだ。敵は確かに多いけど、俺は少なくとも君のことを敵だなんて思ってない。恩人だし、君が悪い人には見えないんだ」


「礼……。そう言ってくれるんですね。貴方は今の世界の人なのに」


「俺は信じるよ。君が、悪い人間じゃないって。だったらこの契約を思いっきり使ってやる。俺はどんな形であっても、生き方を貫ければそれでいい。このちっぽけな命をそのために使うって決めてるから」


 ――驚かれたんだが。俺、何か変なこといったか?


「ふふ、貴方は面白い人です」


 別に面白いこと言ったつもりはないんだけどな……。まあ、笑ってくれたからそれでいいか。


「布団、用意してくれたなら、もう寝るかな。ちょっと歩き回れば慣れるかなって思ったんだけど、やっぱりこの体は慣れないや。なんか疲れたから横になるよ」


「はい。準備できてます」


 部屋に戻ろうと俺は後ろへ振り返る。


 その時。

「危ない!」

 なんとレイは俺に飛び掛かってきた。思いっきり突き飛ばされた。


 危ない? その言葉を頭が認識した瞬間、社が縦に見事に両断された。


「は……?」


 俺は本来建物の中に在るはずの部屋へと戻ろうとしたが、社の中に入ってもそこにはただボロボロの屋内が広がるだけ。そして俺の足元のすぐそこに、社に綺麗に縦に割った斬撃の跡が見える。


「どうして、此処は誰にも」


 レイがあからさまに焦っている。


 この空間に3人の招かれざる客が来た。鳥居の下で刀を抜きこちらを睨んでいるのは、先ほどレイを追って殺そうとした剣士だった。


 こうしてゆっくり相対してみるとかなりの細マッチョとは言えないけどゴリマッチョには到達していないくらいの肉体を持っていることが分かる。


 姉貴と同じくらいの歳だろうとは思うが、髪の毛の黒がやや薄い。目は細く隊服から所々筋肉が浮き出ている。

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