発進シークエンス~O.M.N.I.第8機動艦隊所属特務艦のケース~

@kuma3NERV

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『総員、第1種戦闘配備! 対艦、対モビルスーツ戦闘、用意!』


 マリュー艦長の全艦放送が整備デッキにこだまする。

 静まり返っていたデッキ内が急速に沸き立ち、我々整備班員もにわかに浮き足立つ。マードック軍曹と班員との怒号が飛び交い、種々の警告音とモビルスーツのデッキアップの音が響き渡るなか、俺はやり場のない怒りを込めてデッキを縦横無尽に走り回っていた。

 今日はオーブ本国に残してきた母の誕生日。戦争の渦中にありながらも、せめて静かに思いを馳せていたかった。


 アルテミスを脱し、アラスカにある地球連合軍本部JOSH-Aを目指していたアークエンジェル隊は、降下軌道上でのザフト軍の急襲により、アフリカへの降下を余儀なくされた。

 ザフト軍のアフリカ領内で活動していたレジスタンス部隊「明けの砂漠」との共同戦線により、砂漠の虎ことバルトフェルド隊との激戦を潜り抜けたアークエンジェル隊であったが、アフリカを抜けた黒海の洋上にてクルーゼ隊の追撃を受けていた。度重なる戦闘はパイロットやブリッジクルーのみならず、整備班を含めた後方支援員の精神も磨耗させていた。こんな戦い、いつ果てるとも知らないのに-ー


 デッキアップされたGAT-X105の脚部リニアアクチュエーターへ戦闘機動補正値を入力し直し、ラップトップから顔を上げたところで、コックピットデッキにパイロットーキラ・ヤマトーの姿が見えた。

 整備デッキの中空を渡る空中通路を息を切らせながら走る彼の姿は、瞬く間にGのコックピットへ飲み込まれていった。

『エールストライカーでいきます!起動シーケンスのC56からF22までショートカット、ニューロリンク既定値でセット。ナブコムリンク。仮想戦術モジュールはモードAでセットアップします。』

 当初は戦闘配備の空気に物怖じしてオドオドしていた彼も、最近はテキパキとした指示を飛ばすようになった。

 ヘリオポリスからこっち、常に戦い続けることを強いられていた彼だったが、アフリカを潜り抜けてからは戦闘準備にかかる姿には一抹の迷いのようなものが見えていた。

 それでも最近は整備班員が全力でバックアップしてくれていることを意識したのであろう。整備班員の意に反することも臆せず、彼の指示は常に的確であった。


「坊主!大気圏内の海上戦闘はライブラリにも載ってねぇ!海中での機動性は保証できないからな!スラスターの推力計算と限界行動半径に注意しろよ!」

『了解です、マードックさん!念のため、外装表面の気密シールを厳に願います!』

 そう、ここは地球引力内。おまけに洋上でのモビルスーツ同士による機動戦は地球軍にも前例がない。宇宙空間での戦闘にも耐えうるモビルスーツであるが、海水の浸水による機器の汚染とあれば機体がどれだけ持ちこたえられるかは全くの別問題である。

 マードック軍曹は”海上”での戦闘を前提にした指示であったが、敵のGを交えた五つ巴の戦闘とあってはすべてが不確定要素だ。ここは海中戦闘も視野に入れた指示を出すパイロットに理がある。

「ストライク、発進カタパルトへ流すぞ!並行してプリフライトチェック!総員配置につけェ!だらだらしてるヤツは海に叩き込むぞ!」

 モビルスーツの発進準備がある程度整うと、Gは整備デッキから換装デッキへ移送された。

 アークエンジェルのリニアテイクオフプロトコルにおいては、モビルスーツがカタパルトから射出されるまでパイロットの操縦コマンドを必要としない。機体はレール上を移送され、整備デッキからストライカーパックの換装デッキを経由し、発進デッキへと向かう。強襲揚陸も特務の一環として想定されていたアークエンジェルはパイロットの搭乗から発進までをほとんどオートメーション化しており、整備班の人員はそのほとんどを機体の”戦況への適正化”に割り振られている。

「外装表面の気密シール加工終了!フェイズシフト装甲の臨界電導適性値はすべて戦闘出力で安定しています。」

「エールストライカーパック、主機は正常に始動。戦術リンク接続。サポートナビゲーションシステム起動します。」

「ストライク、FCSオンライン。換装デッキ、全システムコネクト。以降の管制をCICへ移譲します!」

『権限移譲確認。ストライカーパックはエールを選択します。』

 換装デッキに移されたGから、整備班員が蜘蛛の子を散らすように掃けていく。OSの各種モジュールの点検、関節駆動部の動作確認、オートバランサーの変数調整等々もろもろのプリフライトチェックを済ませた整備班員たちに残された最後の作業、それはパイロットの生還を祈念して発進を見送ることである。


 こんな戦争、早く終わらせてくれーー

 だが今の俺には、祈ることしかできない。何度被弾しようが何度墜落しようが、俺たちがパーフェクトに修理してやる。だから必ず帰ってこい、キラ。



『エールストライカー、出力正常。ストライク側OSとの同期完了。発進準備よろし! ーーキラ、頑張ってね・・・』

「大丈夫だよミリィ、トールにも無茶はさせない。必ずボクが守るから。」

 さながら巨人の玄関ホールのような巨大空間は、全照明が落とされた中で非常警告灯だけが明滅していることもあり、物々しい雰囲気を醸し出している。やがてカタパルト展開の警告音と共に、発進デッキ前方が大きく口を開けた。コックピットのメインモニターを介して、キラ・ヤマトの網膜へ自然太陽光が容赦なく降り注ぐ。コーディネーターとしての資質をもってしても、暗順応した彼の視界には真っ白く映った。


『ありがとう、キラ・・・。』

 消え入るようなミリアリアの声がコックピットへ吸い込まれていく。まもなくミリアリアは大きく息を吸った。

『ストライク発進、どうぞ!』

 友人の想いを背に受け、キラはスロットルをマニューバゾーンへ叩き込む!

「キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」




 各種センサー、有視界コントロールルーム、レールガンカタパルトシステムすべてから発進OKのシグナルが発せられる。壁面のテイクオフコントロールモニター上に表示されたコンディションが、レッドの「ABORD」からグリーンの「LAUNCH」へ切り替わる。

 超電磁の斥力に押し出され、ストライクは青空を翔けるーー!

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