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 中央公社で倖田所長との面談を終えた絵里は、洋二と共に島の自治機関へと赴いた。商業施設ショッピングモールの傍にある二階建ての四角い建物の中には、屈強な体格をした機械ロボットが警察官のような服装で待機していた。横に立つ洋二は俯いていて、いつものように絵里に何かを尋ねることもきょろきょろと周りを見回すこともなく、静かに後を付いてくる。

 受付に立ち洋二の名を告げると、二階の狭い小部屋に通された。真ん中に机が置いてあり、向かい合うようにパイプ椅子が置かれていた。

 向かいに自治機関所属の機械ロボットが座り、洋二にも座るように勧めた。洋二は軋んだ音を立て、パイプ椅子に座った。絵里の分の椅子はないので、洋二の後ろに立ち、ことの成り行きを見守った。

 机の上にも、天井にも、壁にもカメラが埋め込まれている。洋二の表情の変化などを見逃さない為なのだろう。絵里は聴覚感度を上げ耳を澄まして洋二の心音を聴いた。やはり、緊張しているようだった。

「それでは、始めます」という宣告の後に展開された事情聴取では、向こうから情報を提供することはほとんどなかった。亡くなった被害者男性との関係や、洋二が退職に追い込まれた経緯、職場の人間関係や金銭トラブルなどを主に聞かれ、洋二は幾度も言葉に詰まった。しかしそれは洋二自身の癖でもある。

「思い出せないんですか?」

 対面した機械ロボットが急かすたびに、洋二が焦るのが分かった。絵里は何度か口を挟みたくなったが、先ほどの面談で「絶対に余計なことを言うな」と倖田に釘を刺されていたので何も言えない。ただ洋二の後ろで黙って話を聞いていた。

 事情聴取は夕方までかかった。それでも「まだ終わっていないので」と明日も朝から来るように命じられた。洋二は明らかに肩を落としていて、元気がなかった。帰りの白色乗用車タクシーの車内でも、洋二は俯いたまま何も言わない。絵里はどのような言葉をかければいいのか、判断がつかずに困っていた。事情聴取のことを尋ねるべきか、全く別の話題を提供すべきか。

 絵里は悩んだ末「晩御飯、何が食べたいですか」と尋ねた。洋二はしばらく無反応だったが、「暖かいもの」とだけ返事をした。

「分かりました」と返したきり、会話は終わってしまった。こんなに静かな洋二を見るのは初めてだ。

 翌日も洋二は静かに自治機関に向かった。俯くことはないけれど、遠くを見つめていて、相変わらず何を考えているか分からない。初日に分かりやすい人だと思った印象は既に覆されている。あの時の絵里は洋二を甘く見ていたのだと今になって思う。

 翌日の事情聴取の際、それまで別のことを聞かれていたのに、急に「で、動機は何ですか?」と質問された。洋二は「え?」と言って固まった。

「信じて貰えなかったことですか? 自分は盗難などしていないのに、ポケットから同僚の財布が出てきた。それを何度説明しても被害者に分かってもらえなかった。その気持ちが、あなたを凶行に駆り立てた」

「ええと、あの」

 洋二は明らかに動揺していた。随分遠回りではあったが、きっとようやく核心に触れているのだと思った。要するにこの機械ロボットは、洋二が殺したか殺していないかを聞きたいのだ。

「俺のこと、疑ってるってこと?」

 洋二は先ほどまでとは声色を変え、低い声で静かに質問を返した。

「あなたが殺したんですか?」

 向かい合う機械ロボットは臆することなく、質問を重ねる。

 洋二はしばらく黙っていたが、突然立ち上がり、座っていた椅子を蹴った。

「俺はやってない!」

 それだけ言うと、絵里の方に体を向け、部屋の扉に手をかけた。

「まだ、終わってないです」

 機械ロボットの声に耳を貸すことなく、洋二は部屋を出た。絵里も慌てて付いて行く。洋二はまたしても口を開くことはなかったが、明らかに目の色が変わっていて、鼻息も荒い。怒っているのだ、と絵里は気付いた。

 建物の外に出たとき、野々村から通信が届いた。

『治験者を至急自治機関に連れ戻すように』

 絵里は咄嗟に洋二の腕を掴んだ。洋二は身体を引かれてその場に立ち止まる。振り返り、絵里を見た。

「なんだよ」

 洋二は低い声を出した。

「戻るようにと、言われています」

 洋二は返事をしない。

「このまま帰ると、立場が悪くなります」

 絵里が言葉を重ねると、洋二は「俺はやってない」と小さな声で呟いた。

「戻って、きちんと説明しましょう」

 絵里は再度洋二の腕を引いた。

「……信じてくれるはずない。昔から、俺の言うことなんて誰も信じてくれないんだから」

 洋二になんと声をかけていいか分からず、絵里は黙った。

「どうせお前も、俺がやったと思ってるんだろ」

「洋二さんは、犯人ではないんですよね?」

 絵里の言葉を聞き、洋二は一瞬目を見開き、すぐに細めた。

「ああ、やっぱりな」と口にして、洋二は背を向けた。

「あの、あれ、体調が悪いって言っといて」

 洋二はそれだけ投げやりに言い残すと、さっさと歩きだしてしまった。

「洋二さん」と声をかけてみたが、振り返る気配はない。放っておいた方が良いのだろうかと絵里が逡巡しているうちに、洋二はどんどん遠くへ行ってしまう。ひとまずその背を追いかけた。そうしながら野々村に治験者洋二は体調不良を訴えていることを通信で伝え、白色乗用車タクシーの手配をした。

 とにかく洋二の傍を離れてはいけない。自分の任務の優先順位を思い出す。この判断は間違いないのだと人工知能頭の中で自分に言い聞かせる。

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