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 面接に訪れた冴えない中年男性は、報告通り見るからに頭が悪そうだった。いかにも急拵えの皺のついたスーツのポケットから、ちらりと値札が覗いている。大方、駅前の量販店で買い揃えたに違いない。足元は薄汚れた白のスニーカーだった。

「それでは、面接を始めます」

「よ、よろしくお願いします」

 画面の向こうで酷く緊張している男に、野々村ののむらは自己紹介をする。

「私、面接を担当させて頂きます、倖田こうだ研究所の野々村と申します。よろしくお願いします」

 画面の向こうで面接の相手、海老原洋二が頭を下げた。頭頂部の毛髪が薄くなっている様子がアップになる。

「頭を上げて下さい」

 洋二は言われた通り頭を上げた。畏まっているつもりかもしれないが、その背筋は丸まっている。不健康な生活が姿勢に表れているのだな、と野々村は思った。

「それでは、お渡ししたタブレットで、概要をご確認下さい。質問は全て読み終わった後に、まとめてお伺いします。どうぞ」

 洋二は目の前のテーブルに置かれたタブレットを手に取った。目を泳がせながら、タブレットにタッチした。必要以上に力をこめて、人差し指で画面に触れている。

 野々村が面接場所に指定したのは、カラオケ店の一室だった。互いに設置されたカメラと画面を利用して、面接を行っている。野々村は職場ここを離れる訳にはいかないので、今、直接会うことは出来ない。とはいっても、面接とは形ばかりのものであり、面接ここに来た以上、合格はほとんど決まっている。既に下調べを終え、その適正検査は済んでいるからだ。

「治験」

 洋二が画面の向こうで独り言を呟いた。そう。洋二の役割は治験者である。倖田研究所が作り上げた治験場で、精巧に出来た機械との共存生活を送るという実験の参加者として、今後の研究の発展に必要な情報を提供すること。それが洋二の役割となる。

「あの、これ」

 洋二は顔を上げ、カメラに不安そうな顔を見せた。

「この給料とか待遇って、本当ですか?」

 疑うのも無理はない。今まで洋二が就いてきた職よりも、何倍も良い条件のはずだった。

「間違いないです」

 野々村が言い切ると、洋二はほっとした顔を見せた。

「他に質問はありますか?」

 洋二は首を横に振り、「ないです」と答えた。

「それでは、同意欄にチェックを入れて、次の画面に進んで下さい。次からは質問に答えていただく形になります。深く考えず、正直にお答え下さい」

 洋二はまた、タブレットに視線を落とした。野々村は洋二から送られてくる回答をリアルタイムで反映した情報をパソコンの画面で確認する。その情報を元に、洋二の相棒パートナーとなる機械ロボットの外見や性格が決まる予定だった。野々村の脇に控える白い卵型の機械が、内蔵カメラのレンズ視界を野々村のパソコンに固定し、じっと画面の遷移を見ている。

「ええと、好みの女性のタイプ、とは」

 洋二がまた情けない声を出し、顔を上げる。

「先ほど同意した説明文に明記してあったと思いますが、海老原さんには人間ひと機械ロボットと同居していただきます。外見の制限などは特にないので、好みをお伺いしています。深く考えず、正直にお答え下さい」

「はい、すいません」

 洋二は頭を下げ、タブレットに顔を向けた。背中を丸めて小さくなる洋二を画面越しに見てから音声をオフにし、卵型の機械に話しかける。

「君の相手は、頭の回転が良くないですね」

 卵型の機械は、頭頂部のライトをちかちかと点滅させ、野々村の言葉に反応した。

「まあ、人間は基本的に皆、頭が悪いですからね」

 野々村はそう言って、画面の向こうの洋二に視線を戻した。卵型の機械は点滅するのをやめ、静かに内蔵カメラのレンズ視界で洋二の回答を追った。

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