一杯の紅茶と戦略

 いつの間にか置かれていた立派な机と椅子。

 それに座って待っているとイヴが銀のワゴンで紅茶を持ってくる。

 ポットにはお湯が入れられており、目の前で茶葉を入れ、注いでくれた。

 カップも温められており、適温、適量で注がれる紅茶の香りは素晴らしかった。

 レモンとミルクもあったが、ミルクを指定する。

 砂糖は三杯。

 甘くて濃厚な味が口の中に広がる。


 さすがご奉仕が得意というだけあり、主人の舌を満足させる紅茶のいれ方を心得ていた。


 知識もあり、忠誠心も高い。

 もしかしたら最良の部下を引き当てたのかもしれない。

 満足しながら紅茶を飲み終えると、二杯目を注ごうとするイヴを制止する。


「お茶はもういい。さっそく、戦略会議だ」


「御意でございます」


 深々と頭を下げるイヴ。


「女神様がいなくなってしまったから、イヴだけが頼りだ」


「存分にお使いください。死ねと言われれば死にますし、夜伽(よとぎ)をせよといわれればいたします」


「さすが忠誠心のスキルだな、挺身もいとわない」


 だが、と俺は続ける。


「俺はそこまで下衆ではなくてね。絶対に頼まないと思うから、君は秘書官として注力してくれ」


「かしこまりました」


 彼女は表情を変えずにうなずく。


「ええと、話を戻すが、女神はこの城を拡張しろといった。拡張するには素材がいると聞いているが、ストックはあるのか?」


「多少でしたら。ですが心許ないです」


「ならばまずはその残り少ない素材を増やすほうがいいな」


「そのとおりかと」


「方法はあるか?」


「城に農場を新設する。城下町を拡張し、人口を増やし、税収を増やす。軍隊を召喚し、採取させる、あるいは略奪させる。それが常套手段かと」


「手っ取り早く集めるのは最後の選択肢かな」


「ですね」


「今、この城の防備はないに等しいから、軍団から拡張するのは当然だ。よし、決めた。最高の軍団を作り出してやる」


「さすがです、御主人様」


「俺は数より質だと思っているが、今必要なのは数だな。強固な軍団を築き上げたい」


「軍団でございますか?」


「軍団だ。他の魔王に恐怖を与え、容易に攻め込めないような魔物の軍団を持ちたい」


「ならば良い素材を使い、そう念じてください」


「分かった。じゃあ、素材を持ってきてくれ」


「かしこまりました」


 彼女は素材を持ってくる。

 数分後、机の上に広げられたのは、

 


 マンドゴラ、

 光甲虫、

 トネリコの木、

 世界樹の葉、

 怪しげな骨、



 などだった。

 俺はそれらを組み合わせ、クラインの壺にぶち込む。


 組み合わせはインスピレーション。つまり適当だが、召喚の儀は練りに練ってもあまり意味はないらしい。もちろん、素材に合わせて召喚される魔物は変わるが、レシピは十人十色。


 同じ材料を使っても決して同じ魔物が生まれることはないとか。

 何度も試し、自分なりに経験を積んでいくしかないらしい。

 まずは怪しげな骨とマンドゴラをクラインの壺に入れる。

 魔力を込めると念じる。

 理想の軍団の全貌を。

 俺の軍団に必要なのは不敗の意思、敵に恐怖を与える畏怖。

 それらを体現するのに必要なのは粘り強い兵士だった。

 仲間を倒されても前進をやめない根性。

 剣を受けても戦い続けられる強靱さ。


 それらをゴブリンやオークに求めるのは大変そうだった。なので俺が思い描いたのはスケルトン兵だったが、その想像は形となって現れる。


 クラインの壺から黙々と煙が上がると、文字が表示された。



【レアリティ】 ブロンズ・レア ☆

【種族】 不死族 骸骨戦士

【職業】 戦士

【戦闘力】 82

【スキル】 再生



 クラインの壺からわらわらと白骨化した骨が出てくる。

 それがカタカタ合わさると、人型の形になる。

 剣や盾を持つと立派な戦士となった。

 いわゆるスケルトン・ウォーリアーという魔物だ。


 戦闘力は秘書官であるイヴよりも低いが、その数は尋常ではない。三〇体は現れただろうか。単純に計算していいのか分からないが、82×30で、2460の戦闘力を持ってることになる。


 なかなか頼りになる連中であるが、彼らは無口だった。


「………………」

「………………」

「………………」


30体の骸骨に見つめられるとなんともいえない気持ちになるので、さっそく、彼らに命令。10体は魔王城の中に配置。10体は城下町に配備し、街の警備を。残り10体は手元に置き、戦力として活用することにした。


 手元の10体は機動部隊とし、素材集めや侵略用に使う。

 ただ、やはり10体だけだと寂しいというか、戦力が足りない。

 他にも魔物を召喚せねば。

 と思った。

 クラインの壺にトネリコの木と世界樹の葉を入れる。

 今度は特に意識はしない。

 木と葉っぱでなにができるか想像できなかったからだ。

 ただ、兵士が欲しいと願う。

 すると出てきたのはやはり兵士だった。



【レアリティ】 シルバー・レア ☆☆

【種族】 ウッド・ゴーレム

【職業】 ゴーレム戦士

【戦闘力】 322

【スキル】 なし



 クラインの壺から一際大きな煙が上がると、それが空間を覆い尽くす。

 煙が消え去ると、そこには3体の巨大な木のゴーレムが立っていた。


 彼らもしゃべることはできないから、「コンゴトモヨロシク」とはいわないが、それでも俺の命令に従ってくれた。


「これは素晴らしいですね。このように強靱なゴーレムを作り出すとは、さすが御主人様です」 


イヴは手放しに称賛してくれる。


「さて、これで兵士は揃った。次は素材だな。現実主義者らしく、小賢しい手段で集めさせてもらおうかな」


「素晴らしい考えにございます」


 イヴはうやうやしく頭を下げる。彼女のメイド服の象徴、ホワイトブリムが下がる。


 彼女のメイド服姿はなかなかに可愛らしかった。

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