現実主義者の謀略
強力な兵士を手に入れた魔王である俺。
こうして選択肢を得たわけであるが、俺は現実主義者(リアリスト)だ。
無謀な戦いはしたくなかった。
異世界にはこんな言葉がある。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。
孫子と呼ばれる兵法家が唱えた言葉であるが、俺は孫子を尊敬していた。
なのでその言葉に従う。
「ところでこの世界には他に魔王がいるらしいが、人間もいるのか?」
「います。それぞれに王国を持っています」
「魔王の勢力と互する勢力か?」
「人間どもが力を合わせれば圧倒されるかもしれません」
「つまり人間たちも一枚岩ではないということか」
「その通りでございます」
「この手の世界だと定番だが、勇者はいるのか?」
「います。正確に言うといるはずです。各自の魔王に【特効】のスキルを持った勇者が72人存在します。御主人様に対する特効を持った勇者の存在は確認されていませんが」
「確認されたときは脅威となる、と」
「そうですね。ですから各魔王は自分の手下を各地に配置し、勇者狩りをさせています」
「ぬるいな。子供のうちから始末してしまえばいいのに」
「さすがは魔王様です。容赦ない考え。そして一流の戦略眼だと思います」
前世の世界では魔王などいなかったが、研究していた異世界では「ゲーム」と呼ばれるものがあった。そのゲームと呼ばれる物語ではよく魔王が悪役となり、勇者に倒されていた。何度か研究したことがあるが、どのゲームも魔王は明らかに「舐めプレイ」をしていた。
戦力の分散、なぜか勇者の住む村の付近では弱い魔物を配置する愚策。まるで経験値を稼いでくれといっているようなものである。
戦力の逐次投入。勇者を発見してからも戦力を強化することなく、魔王城でなにもせず待っている魔王。愚策である。
それに異世界ではよく魔王城に魔王の弱点となる最強の武器が置かれていることが多かった。それによって勇者に倒される馬鹿な魔王が後を絶たない。
それを知っていた俺はイヴに尋ねる。
「イヴ、もしかしてこの城に勇者専用の装備が眠っていないか?」
イヴは目を見開く。
「なぜそれを知っているのですか? 目録の隠しページにしか記載されていませんが」
「勘だよ、勘。しかし、あるのか。じゃあ、さっそくそれを廃棄してくれ」
「は、廃棄ですか?」
困惑するイヴ。
「しかし、あれは魔王城に安置すべきもの。他の魔王城にもある魔王城の象徴ですが」
「権威の象徴ってやつか。くだらない」
「ですが権威の源でもありますが」
「象徴によって倒されたらたまらない。廃棄せよ。封印じゃないぞ、廃棄だぞ。火山にでも捨ててしまえ」
「……はい」
一瞬迷ったようだが、イヴは忠実に実行する。
スケルトンを一体呼び出し、火山に廃棄するように言った。
剣を渡すときはすでに名残惜しさを捨て去っている。
彼女はこちらに振り向くと言った。
「さすがは魔王様です。たしかにご自身の弱点を放置しておくのは危険でしょう。これから他の魔王たちとの戦いが始まるのです。勇者に横やりは入れられたくない」
「さすがもなにもな。他の魔王が馬鹿すぎる。もしも俺担当以外の勇者を発見したら、情報を与え、他の魔王城の魔王を倒させるのもありだな」
「素晴らしいですわ。夷(い)をもって夷(い)を制す。ですね」
「敵の敵は味方ともいう。利用できるものはすべて利用する」
「感服いたします。それではまだ子供の勇者を探させますか?」
「そうしてくれ。もしも見つけたら俺直々、討伐に行く」
「子供の勇者を魔王みずから討伐するなど、前代未聞です」
「因習には囚われない。どうやら俺の勢力は魔王たちの間でも最弱のようだ。正攻法でやってたら戦力差が開く一方。だから俺は『現実主義』で対抗する」
「現実主義……」
「リアリズムってやつだな。権謀術数、あらゆる手段を尽くして国力を増やし、相手を駆逐するんだ。俺が目指すべきは聖人の劉備玄徳ではなく、梟雄だ。曹操、チェーザレ・ボルジア、北条早雲、斎藤道三、松永久秀などを参考にしたい」
「その方々は異世界の英雄なのですね」
「あらゆる手段を尽くしてのし上がった連中だよ。綺麗事を叫びながら死ぬよりも、泥臭く生きたいというのが俺の信条だ」
というわけで、と俺は続ける。
「あらゆる手段を講じるといったし、さっそくそれを実行する」
「といいますと?」
「さっそく現実主義に則った小賢しい戦法を考えたんだよ」
「少数を持って多数を制する、わけですね」
「その通り。兵法に反するが、俺の流儀には合っている。なのでまずは情報を集めてくれ」
「どのような?」
「この周辺の人間たちの国、もしくは貴族の情報。それにここら辺で一番弱い魔王の情報を集めてくれ」
「この周辺ですと、イスマリア伯爵領というのがあります。それに最弱の魔王はサブナクとなります」
「さすがはメイド服を着たデータベースだ」
そう褒めるとイヴは僅かに口元をほころばせた。
慎み深い女性である。
なかなか表情を変えない女性でもあるが、作戦の概要を説明すると、彼女は驚きの表情に変わった。
口を開け。「まあ……」と驚いた。
つまり俺が提案した作戦はそれくらい大胆にして、不敵なものだったのだ。
彼女は改めて俺を見つめると、その作戦の評価を下してくれた。
「深慮遠謀、恐れ入ります」
どうやら俺の現実主義的謀略は、魔王軍の秘書官兼メイドさんのお眼鏡にかなったようだ。
安心した俺は彼女に詳細を話すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます