魔王の秘書官
壺から白い手足をにゅっと出す女性。
全裸だった。生まれたままの姿だ。
目のやり場に困ってしまうが、女神が「紳士は凝視しない」というのでそれに従うと目を背ける。
すると衣擦れの音が聞こえた。女神が服を用意し、秘書官がそれに袖を通しているようだ。
「わお、ボクより胸がでかい」
という声が聞こえる。
しばらくすると振り向いても良いとのことだったので振り向く。
するとそこにはメイド服をまとった少女がいた。
年の頃は15~6だろうか。
銀色の髪を綺麗に結い上げた女性。
生まれたばかりだというのに髪を結い上げてあるのは変であったが、考えてみれば赤子ではなく、少女として生まれるのはもっと変である。
これもすべて女神の恩寵なのだろうか。
そう思ったが、女神は違うと否定する。
「この魔王城に設置されたクラインの壺のおかげだよ。この壺は各魔王城に設置されているのだけど、魔力と素材を入れればこのように魔物を召喚できるんだ」
「魔物?」
メイドを見る。
「この子は一応、魔族。お尻のところに小さな尻尾があったでしょ。それに太ももに紋様がなかった?」
「そこまでまじまじと見ていない」
「紳士だね。確認する?」
「したいところだね」
冗談めかして言う。
いや、完全に冗談だった。女神が存在し、俺があのような強力な魔法を使える世界。魔物も魔族もいるだろうと納得していたが、魔族であるこの娘には冗談が通じないようだ。
「はい、御主人様。御主人様に魔族であることを確認していただくため、紋様を見せます」
と彼女はメイド服のスカートをはだけさせる。
たしかに太ももには魔法文字と思わしき紋様が輝いていた。
ちらりと見ると、
「もういいから……」
と、やめさせる。
メイドは分かりました。と頭を下げる。この娘は主である俺の命令はなんでも聞くようだ。もしも冗談で死ねといえば本当に死ぬかもしれない。酒の席とかでは気をつけねば。
決意を新たにすると、メイドに尋ねる。女神に尋ねても良かったのだが、このメイドは知識型の秘書官タイプらしい。さっそくその知識に頼りたかった。
「ところで君」
「君とはわたくしのことですか?」
「そうだ。……ああ、君じゃ分かりにくいか」
「そうですね。今後、御主人様の部下はどんどん増えていきます。固有名詞を頂けると有り難いです」
「ならば君の名はイヴだ」
「イヴ?」
「いやかい?」
「まさか、しかし、どういう意味があるのでしょうか」
「俺がかつて研究していた地球という異世界がある。そこの世界宗教の聖典に出てくる名前だ。なんでも原初の女、最初の女性といわれている」
「なるほど、御主人様が最初に作ったのがわたくしだから、その名を授けてくださるのですね」
正確には女神が作ったのだが、彼女の原材料は俺の髪の毛、最初の部下ということもあり、愛着もある。
「まあ、そんな感じだ。さて、名前が決まったらさっそく仕事だ」
「はい」
うやうやしく頭を下げるイヴ。
「まず知りたいのは君の能力かな。イヴはなにができる?」
「わたくしは秘書官です。戦闘には不向きですが、その分、知識は誰にも負けません」
「歩くデータベースと言ったところか」
「ご奉仕もできるデータベースかと。自分の知識と同時にメイドとしての技量にも自信があります」
「それでは家事全般もこなせるのか。男所帯だから助かるな。だが、今必要なのは知識だ。ええと、君は戦闘に向かないと言っていたが、この壺からは戦闘向きの魔物を召喚できるんだよね?」
「可能です。素材と魔力があれば」
「じゃあ、あとで召喚するか」
「それをお勧めします。この城は手薄ですから」
「ちなみにレアリティという項目があったけど。イヴのレアリティを見た瞬間、女神様のテンションが上がっていた」
それについて答えたのは件の女神様だった。
「ああ、それね。召喚する魔物には希少度があってね。
下から順に、
ブロンズ・レア ☆
シルバー・レア ☆☆
ゴールド・レア ☆☆☆
ミスリル・レア ☆☆☆☆
レジェンド・レア ☆☆☆☆☆
って、なってるの」
「すごいな。イヴは最高ランクだ」
「そうそう。やっぱり女神様でもレジェンド・レアを引き当てればテンション上がるよ」
「なるほどね。なんとなく分かったぞ。召喚する魔物には希少度がある。レアなほど強い能力を持っているのか」
「そのとおり」
と女神様は微笑む。
「最初にレジェンドを引き当てるなんて君はやっぱりすごいよ。きっと、主役の星の下に生まれたんだ」
「悪役と言い換えても良いかも。俺は魔王だし」
「そうだね。なら立派な悪役になって」
女神はくすくす笑うと最後にこう言った。
「じゃあ、ボクはそろそろここを去るね。あとはそこにいる秘書さんに話を聞いて、がんばって魔王城を拡張して」
「名残惜しいけど、そうする。ところでもう君とは会えないのか?」
「そんなことはないよ。節目節目で会えるはずさ」
「分かった。じゃあ、またな、と言っておく」
「ん? その手は?」
「これは俺のいた世界での挨拶。握手だ。この世界にはあるか知らないが」
「ああ、握手ね。この世界にもあるよ。ただ、神々の世界にはないかな」
しかし、彼女は手を握り返してくれた。女性らしい柔らかな手だった。
「それじゃあね。ボクは君が大魔王になることを信じているから」
「努力する」
そう言うと彼女は「ばいばい」と空間を歪め、この場を去った。
いきなり現れ、あっさりと消える女神様。
彼女らしい出逢いであったし、別れであった。また会えると言っていたし、寂しさは微塵も感じなかった。
女神様がいなくなると、俺は改めてメイドのほうを振り向いた。
「それじゃあ、さっそく戦略を練ろうか。俺は君が知識の他にも軍略と政治のスキルを持っているのを見逃さなかった」
「さすがは御主人様です。抜け目のない洞察力です」
メイドはにこりと微笑むと、同意してくれたが、その前にやることがあると告げる。
それは主である俺に紅茶を持ってくることだった。
なんでも飲み物なしに会議をするなど、メイドの矜持が許さないのだそうだ。
面倒であるが、まあいい。この世界の紅茶がどのような味なのか確かめておきたかった。
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