魔物召喚の儀式

 こうして数百年の眠りから目覚めた俺。

 分かっていることをまとめてみる。

 俺の記憶の過半は失われているが、知識は失われていない。

 文字の読み書きはできるし、一般常識はある。


 ないのはエピソード記憶だけであった。幼き頃の思い出や大人になってからの記憶はない。


 能力は目覚める前よりも遙かに上だと断言できる。


 目覚める前の俺はただの人間であったが、目覚めた俺は『魔王』となっていた。その気になれば家ほどの大きさの巨石を破壊できる能力があった。


 これはお得である。

 分かっているのはこれくらいであるが、これだけ分かれば十分かもしれない。

 俺が知らなければならないのは、これからどうするべきか、だろう。


 魔王になってこの世界の頂点を目指せとのことだが、なにから始めればいいのだろうか。


 尋ねる。


「女神様、俺はこれからどうすればいいんだ」


「さっきも言ったけど、これからキミは魔王の中の魔王、大魔王になってもらう。他の71人の魔王すべてを倒す。あるいは敵対する勢力をなくせばキミの勝ち。キミは晴れて大魔王と呼ばれる存在になる」


 そうだね、具体的には、と少女の形をした女神は続ける。


「ここはキミの拠点となる魔王城なのだけど魔王城はコアと呼ばれている核を中心に広がっているんだ」


「ここは魔王城なのか。洞窟かと思った」


「内装がしょぼいし、まだ生まれたばかりだからね。荘厳さとは無縁さ。でも、キミの力が強くなり、新たな力を得るたびに拡張されていくから安心して」


「分かった」


「ええと、魔王城はコアと呼ばれる核が拡張したものなのだけど、これを壊されるとゲームオーバーになってしまうんだ」


「つまり?」


「自分の心臓に手を触れてごらん」


 触れてみる。心音が聞こえる。

 その心音とコアの鼓動が同期していることに気がつく。


「正解。この核はキミの心臓の分身。これを壊されればキミは死ぬ。正確には魔王ではなくなる」


「じゃあ、これは絶対壊されては駄目なのか」


「そうだね」


「そして他の魔王もこれと同じものを持っている、ということか」


「ビンゴ。さすがはアシトだね。正解。つまり他の魔王のコアを破壊するか、外交によって手下にするか、なんらかの手段で無力化すればキミの勝ちってわけ」


「単純明快だ。しかし、他の魔王城に攻め込むのはいいけど、その間、ここは無防備になるんじゃないか」


「その通り。だからこれからキミには最強の軍団を作ってもらう」


「最強の軍団?」


「さっきも言ったでしょ。この城は拡張できるって。その中にはキミの手足となる魔物を作り出す能力もある。例えばだけど絶対凍土の大地とルーン文字を組み合わせれば、極地仕様のゴーレムが作れる。孕ませた雌豚と乾燥したヤモリを合わせればオークが作れる。そうやって手下を増やしていくんだ」


「いかにも魔王という感じだ」


「キミは魔王だからね。それじゃさっそくやってみようか」


 と女神は魔物生成を勧めてくる。

 勧めてこられても作り方など分からない。

 なので初回は彼女に作ってもらうことにした。


「本当は女神が手を貸したら駄目なのだけど、キミは特別だ」


「そいつはありがたい」


「最初に作るのはキミの手足となる人物がいいよね」


「そうだな。女神様はずっと一緒にいてくれるわけじゃないんだろう」


「もうしばらくしたら帰るよ。天界に」


「ならば知識のある魔物を生成してくれ。前の世界の知識はあるが、この世界の知識はないに等しい」


 前の世界。そこも剣と魔法の世界であったが、そこには魔王など存在しなかった。このように簡単に魔法を使ったり、生物を作ったりすることのできない世界だった。


 俺はそこで領主をやっており、異界の門を開く研究をしていたような気がする。


『日本』という国を調べていたときになにか事故に巻き込まれたことまで覚えているが、記憶はそこで途切れる。


 なので前の世界での記憶や日本という国の記憶はふんだんにあったが、この世界の知識はゼロに等しかった。


「分かった。それでは初回クリエイトは知識偏重でいくね。ちなみに姿形に指定はある?」


「ない」


「あっさりと言い切ったね。じゃあ、ボクが決めるね」


 彼女はそう言うと「せっかくだから女の子にしよう」と言った。


 女の子だと弱そうだな、と思ったが、指定はないと言った手前、変更は望まない。それに生成する魔物は知識重視の秘書官タイプだ。強さは関係ないだろう。そう思った。


 女神は「失礼」と俺の頭から頭髪を抜く。


 俺の黒髪を何本か手に入れるとそれを壺のようなものの中に入れた。


「ここで魔物を生成するのだけど、キミが作るときは強く念じ、魔力を注ぎ込んで」


「魔力が強ければ強いほど良い魔物が生まれる?」


「基本的にそうだけど、そこまで単純じゃない。運も絡んでくるよ」


 そう言うと壺が光り始める。

 どうやら魔物が生まれるらしい。


「この世界はステータスなどは見えない世界。でも、例外があって、生まれてきたときとキミが《開示》の魔法を使えば見える」


「それは有り難い」


「見えるのはその子のランクと、戦闘力、それに主要スキルだけだけどね。あと、魔王クラスの上位種や特殊個体のステータスは見えない」


 女神がそう言うと、壺の中から煙が沸き上がり、そこに数字と文字が投影される。


「さっそく表示されるよ」


 俺はその文字と数字を注視する。



【名前】 なし

【レアリティ】 レジェンド・レア ☆☆☆☆☆

【種族】 魔族

【職業】 魔王の秘書官

【戦闘力】 121

【スキル】 秘書官 メイド 知識 忠誠 ご奉仕 軍略 政治



 レアリティという文字が光った瞬間、女神は飛び跳ねる。


「レジェンド・レア、キター! 大当たりだよ、これは」


 と喜び狂う。

 どうやらこれから出てくる魔物はレアの中のレアらしい。


 喜ばしいことであったが、さして興奮はせず、魔王の秘書官がこの世界に体現するのを待った。

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