リアリスト魔王による聖域なき異世界改革
羽田遼亮
目覚める魔王
目覚めよ!!
そんな台詞が脳内に鳴り響くと目覚める。
意識が濁流のように混入してくる。
あらゆる知識、知恵が脳内を満たすと、感覚がはっきりとしてくる。
ただ、自我に目覚めた俺であるが、ここがどこかは分からない。
記憶がないからだ。
「……ここはいったい、どこなんだ?」
辺りを見渡す。
剥き出しの岩、薄暗い室内。足下には魔法陣があった。
どこか洞窟のような場所なのだろうか。
そうつぶやくと、どこからともなく、
「ビンゴだよ」
という声が聞こえた。
妙に明るく、はっきりした声だったが、周囲を見渡しても誰もいない。
誰だ?
と問うと彼女は人懐こい声で言った。
「こんにちは、魔王アシュタロト。それともアシトのほうがいいかな。好きなほうを選んで」
アシトという名には心当たりがあった。かつて自分はアシトと呼ばれていたはず。
深く考え込むと頭痛がするが、自分はどこか小さな村で領主をしていた記憶がある。
そんなふうに考えていると、少女の声はまた「ビンゴ!」と言った。
「正解だよ。君の名はアシト。しかし、それも過去の話。今は超越者であるボクに選ばれた魔王アシュタロト。もっとも、呼び名は自由だし、アシュタロトも略せばアシトになるから、好きなほうを名乗るといいよ」
どっちがいい? と軽やかに尋ねてくるので、「アシト」と注文すると、彼女は「じゃあ、アシトで」と微笑んだ。
いや、姿が見えないので本当に微笑んだかは分からないが。
「あ、もしかして姿を見せたほうがいいかな?」
彼女はこちらの心を読んでいるかのように尋ねてくるが、その答えはイエスだった。
姿形は物事の本質ではないが、これから大事な話をすることは分かる。
ならば膝を交え、顔を見ながら話したかった。
俺の考えをくんでくれた少女は具現化する。
この世界に形を成す。
なにもない空間が歪んだかと思うと、そこから強烈なエネルギーがあふれ、空間をねじ切るかのように宙を切り裂く。
そこから両手を出し、頭を出してきたのは、銀色の髪を持った小さな女の子だった。
年齢は13~14だろうか。
若々しい。村娘というより貴族に近い顔立ちをしていた。
布地の少ないぴっちりとした衣服を着ており、マントを羽織っている。
可愛らしいというより、美しく、荘厳であった。
女神というものがいれば彼女のような人物なのだろう。
そう小さく口にすると、彼女はくすくすと笑った。
「ボクが女神ね。たしかにボクはすべてを超越した存在だけど、神そのものではない。人を生き返らせたり、転移させたり、転生もさせられるけど、この世界には干渉できないんだ。不完全な存在だよね」
でも、と彼女は続ける。
「キミたち人間からすればボクは神と呼ばれても不思議ではない力を持っている。面倒だし、ボクのことは神と呼んでもいいよ」
本人の許可も出たし、他に適当な呼び名を思いつかなかった俺は、彼女を神と呼称することにした。
「女神よ、俺は目覚めた。あらゆる知識をたずさえて。しかし、知識はあっても過去がない。記憶がないんだ。俺はなにものだ?」
「それを教えることは可能だけど、キミの過去ってそれほど重要?」
「重要だ」
「ボクにはそうは思えないな。ヒトにとって大切なのは現在と未来だと思う。もっとも、もうキミはヒトではなく魔王なんだけど」
「俺が魔王?」
「そうだよ。キミは魔王。この世界に72人いる魔王のひとり。豊穣の魔王アシュタロト」
「俺は魔王に生まれ変わったのか」
「そうだよ。キミはこの世界を改革するためにボクに。いや、神々に選ばれたんだ」
「ということは、俺は今日から魔王として生きていかなければならないのか」
「そうなるね。いや?」
「いやという感覚はない。むしろ、不思議と嬉しい」
「やっぱりね、キミは見込みがあるよ。他の神々はキミに特別な能力がないから担当を厭がったんだけど、ボクはその才能に惚れてキミを選んだんだ」
「才能?」
「その現実主義なところ。キミはリアリストだ。普通ならばこのような状況下で目覚めたら、慌てるよ。混乱する。まともに応答できないと思う。でも、キミは現実をあっさり受け入れ、即応した。ボクはそれがキミの才能だと思ってる。だから不幸な死に方をしたキミを救い出し、再構築してこの世界で復活させたんだ」
「復活ね……」
「どうやって死んだか聞きたい?」
「鬱になりそうだからその話は聞かないことにする」
「それが賢明だ」
くすくすと笑う女神様。
「さて、キミは晴れて魔王に生まれ変わったわけだけど、魔王となったからにはやってもらうことがある」
「世界征服?」
「それもいいね。キミは良い王様になりそうだ。だけど、まず、キミがやらなければいけないのは、魔王軍の改革かな」
「魔王軍の改革か」
「この世界の魔王は72人いるけど、それぞれの魔王が軍団を持っているんだ。それに都市と城も。魔王たちはその都市を経営し、軍資金を得て、それで自分の軍団を育て、他の魔王に対抗するんだ」
「魔王同士なのに争っているのか?」
「不思議?」
「ああ、不思議だ。同族なのに」
「キミの前世の世界の人間たちは争っていなかったの? 同じ人間同士で領土争いをしていなかった? 殺し合いをしていなかった?」
「…………」
そう言われれば反論しようがなかった。
「つまりそういうこと。どこの世界も知的生命体が行き着く先は戦争なんだよ。この世界も例外ではなし。この世界は魔王と呼ばれる王たちが互いに覇を競っているんだ。キミもその中のひとりになって切磋琢磨してもらう」
「他の魔王全員を殺すのか?」
「それはキミ次第。手下にしてもいいし、根絶やしにしてもいい。もちろん、相手の支配下に入るのもありだ。まあ、ボクとしては担当女神になったのだからがんばって欲しいけど」
担当の魔王が大魔王になると神様の寄り合いで鼻高々なんだ、と戯けてみせる。
彼女の自慢のために頑張る気はないが、魔王になった瞬間、殺されるのも癪であったので、努力はする。手始めとして自分の能力を尋ねる。
「敵を知り、己を知れば、ってやつだね。キミは頭が良い。まずは自分の能力からだよね」
女神はそう言うと、なにか呪文を詠唱する。
聞いたことのない言語体系だった。
すると数十メートル先に大きな岩が生まれる。
女神はそれを破壊しろという。
破壊しろといわれても裸の自分になにができるのだろう。そう尋ねると彼女は、
「キミには世界を変革する力がある。
あの岩を破壊したいと行動すれば、それが現実となる」
と言った。
なのであの岩が壊れるところだけを想像すると、己の拳に力を込める。
すると俺の右腕は真っ赤に光り始めた。
己の右手から放たれる紅蓮の炎。
それは魔力の塊となり、大岩をうがつ。
象のように巨大な岩の塊は、俺の拳から放たれた魔力によって真っ二つになる。
いや、粉々に砕かれた。
「……これが俺の力? 魔王アシュタロトの力……?」
そうつぶやくと、女神は嬉しそうに微笑んだ。
そして彼女は俺に衣服をくれた。
真っ黒なシャツに真っ黒な外套。
まるで魔王が着るような禍々しい衣服だった。
衣服をまとうと、彼女は「凜々しいね」と、俺を評す。
そして最後に俺に聞こえない音域でささやく。
「君はやがて歴代最強の魔王と呼ばれるようになるよ」
――と。
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