融点

彼女は俺の一部になりたいと言った。


彼女は狭いライブハウスと原色の青が好き。あと赤ワイン、キャスターという銘柄の煙草と、セックスが好き。

彼女はいつも言う。あなたの好きなものは全部好き。いつもきらきらしていて、全部素敵に見えて、まるで世界が変わったみたいなの、と。

彼女は狂っていた。

「あなたが関わってこそ、そのものに価値が生まれる。あなたが触れるものはすべて美しい。たとえ汚いといわれているものでも。もうずっとずっと前からそうなのに、どうして周りは気づかないのかしら。だからあなたの嫌いなものは私も嫌いよ。それにあなたのことが嫌いな人は許せない。どうしてあなたの魅力が伝わらないのかしら?彼らの目は節穴なのね、本当に殺してしまいたいわ。だけど私だけはあなたのこと理解している、それだけはあなたもわかっているでしょう?」

彼女の目が覚めてから眠るまで毎日のように繰り返されるうわごと。彼女はいつもベッドの柱に俺の両手をビニール紐でくくりつけて情事を行う。

「私ね、あなたの子が欲しくてね、毎日こうやってしてるのよ。なのに、全然ダメなの。どうしてかしら、私、こんなにもあなたを愛しているのに」

今日はこれで何度目だろう。段ボールで塞がれた窓からは外の景色は見えない。


「……もう…」


無理、と訴える前に、俺の口は彼女の唇によって塞がれた。ただでさえ荒い呼吸であるのにもかかわらず、彼女は長く長く口付ける。

酸素が薄くなって、頭がぼんやりしてきた。力の入らなくなった口に、彼女のねっとりとした熱い舌がすかさず侵入してくる。

息苦しい。

でも、彼女のキスの味が俺は少しだけ好きだった。

「やっぱり素敵よ…あなたのその格好、食べちゃいたい」

溢れた唾液を手の甲で拭いながら艶っぽい微笑みを俺に向けたあと、彼女は馬乗りのまま俺の肩にかぶりついた。

ああ、痛いな。

「…ああ、こんなんじゃだめ。痕、つけなきゃ」

「………いっ………」

「痛くしたほうが、あなたの記憶に残るでしょう?私の匂いもキスの味も、この痛みも、私を思い出す引き金になるでしょう?だから」

手首にかかっていた力が弱まる感じがした。俺の両手を縛っていたビニール紐を彼女が解いたようだ。

「……?」

彼女は下を向いたまま。

「愛してるの、あなたのこと。いとしくていとしくていとしくてたまらないの。愛されたい、この世の誰よりも、あなたに」

彼女は穏やかな笑みのまま、泣いた。胸板に生暖かい雫がぼろぼろと落ちてくる。

気づいたときには彼女を抱きしめていた。自分から彼女を抱きしめたのは初めてだったかもしれない。裸の白い体と自分の体が驚くほどぴったりとくっついて、鍵穴が見つかったような気持ちになった。ハッとした。

「大丈夫」

彼女は何度も何度も頷いて、俺の背中に爪を立てた。

「愛してる、愛してる、愛してる愛してる愛してる」

いつから彼女は、こんな風になってしまったんだろう。

どうして俺たちは、こうなることしかできなかったんだろう。

「私以外その目に映さないで」

左目のまぶたにか細い指がそっと触れた。

またひとつ彼女を思い出す引き金が増えた。

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