切り花の寿命

「おれはさ、こんな世界大っ嫌いでも、お前が愛してるなら、それでいいかって思うんだよ」

そう言った彼の髪が風でなびいた。誰かにお前と呼ばれるのは好きではなかった。

あの人の残像がちらついた。

「お前っていうの、やめてよ」

「ごめん」

申し訳なさそうに呟いた表情はまるであの人とそっくりそのままだ。お前というその響きさえ。

「なあ、そんな顔しないで」

彼はわたしの顔をのぞきこんだ。つついただけで壊れそうな、ぎこちない微笑み。

「どっちの台詞だよ。ばかやろう」

ぽん、と頭に置かれた手の大きさがまたあの人と似ているものだから、私は。

私は。

視界をさえぎっていた海が一気になくなる。わたしは泣きたかったのだ、とそのとき気がついた。あの日からずっと。

「あのね、あんたのそういうところ、すきだよ」

化粧が剥げないように涙をぬぐって、彼を見つめた。

あの人の墓に手向けた花はきっと一日で枯れてしまう。

わたしはだれを愛していたのだろう。

彼は世界に優しすぎた。そしてわたしにも。

きっとわたしたちはこれから間違ってしまうのに。

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