彼は線路で弾け飛んだ。

僕はそれをただ見つめるだけだ。

止まる列車、急ブレーキ。汚い車輪が悲鳴をあげる。

ああ、うるさいなあ。もう手遅れなのに。止まったって、意味無いのに。彼はもう、死んでるさ。

(かわいそうに)

ざわつくホーム、叫び声、倒れる人、泣く子供。緊急アナウンスが流れる。

『~~ー~ー…~ー。』

慌てているのか、聞き取りにくい声。どうせ何人も何人もここで死んでいるだろうに、どうしてこうもアナウンスは上手くならないのか。

僕の隣で悠長にiPhoneを触っていた女は盛大に返り血を浴びたようだ。突然のことに二・三秒固まってから、それはもう甲高い声で叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。僕の鼓膜が破れそうなくらいに。仕舞いには倒れてしまった。女の周りに人だかりができて邪魔だった。

そんなに驚くことか?それとも狂うほど嬉しかった?僕なら後者だ。あんなに彼の血が浴びれた日には、僕はもう死んでもいい。

彼の薬指は放物線を描いて向かいのホームへ飛んでいった。写真に収めたいくらいだった。生憎、今日はカメラを持っていなかった。

飛び散る彼の一部はとても綺麗だった。

あの女は返り血を浴びた。

美しい彼の血液を浴びたのだ。ああ、なんて快楽。人が死ぬのがこんなにも美しいなんて!

僕はきっといま狂っているんだろう。ここにいる誰に質問をしても、「彼は異常者だ」と指差される。

それでも僕は彼が死んだことに対して何も感じられない。

なぜなら僕には心がなかった。

そして何かを庇う強さも。

僕は強い彼に憧れていただけなのだ。

そんな簡単なことにいまさら気付いてももう遅い。

僕には何も変えられない。

だからこうするしかなかった。ちがうか?

呆れるほどたくさんの問い。自問自答しても返ってくる答えが自分のものしかないのなら、結局何の意味もない。

彼は僕に殺された。それだけのことだ。

それだけのことなのに、こんなにも涙が溢れるのはおかしな話だ。

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