おやすみ血肉
彼女は肉を喰った。口元を血まみれにする。真っ白な肌におびただしい鮮血が飛び散っていた。赤くて黒くて、印象的だった。緑色の残像が目の前でチラチラとうるさい。彼女の着ている真っ白なワンピース。Aラインのワンピース。緑が何度も点滅する。
彼女は命を食べて生きる。彼女は命を殺すことしか知らない。彼女は話さない。話せない。
「アー」
防護服を着た僕は彼女の口元を拭く。
「きみは、うつくしいね」
くぐもった声は彼女に届いたかな。死体の皮膚を食いちぎる音、なんて醜い姿だろう。
「それでもきみは、うつくしいよ」
彼女は得体の知れないウイルスに感染してから自我を失った。僕はこうして真っ白で重たい防護服を着て、整頓された無菌室へと足を運ぶ。
彼女はもうほぼ永久に僕の名前を呼ぶことはないらしい。自発的にできることと言えば、食べることと排泄のみ。ほとんど動物と変わらなくなった。
僕たちに明日はない。彼女に人間としての尊厳は失われた。サンプルとして生かされた、屍。
「ツバキ」
抱きしめても、彼女の腕が僕の背中に回ることはない。
「アー」
きっと防護服は真っ赤に染まってるだろうな。肩あたりは彼女の涎でべたべただろう。それすら愛しい。僕は馬鹿だ。大馬鹿だ。
肉をほおばる彼女の左手をとる。赤黒く染まる薬指に銀色の輪をはめた。
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