それでも息を吸う
手首を切った。流れる血はきれいな紅色だった。うれしかった。醜い私の身体から、きれいな液体が流れでるのは。右の手のひらに転がる刃物。おもちゃみたいなきらめき。夜に飲み込まれる前に、この光に救われる。
誰かが見たらきっと笑うだろう。ベースの上手いあの子だって、絵画の好きなあの子だって、個展を開いたあの人もきっと。
絶望的な世界の中でも私は生きてゆくしか無い。それが一番の絶望だった。夜のうみは、泳いでも泳いでも岸に辿り着けない。いっそのこと、海底に閉じ込めてもらえたらいいのに。
哺乳類は酸素を忘れることができない。私が死ぬことを忘れられないように。
「あのね」空にむかってつぶやく。
「わたし、もうなにもかもやめたい」
生きることでさえ。
「きっと、やめるから、だからね」
大好きな絵描きが、長生きできますように。
あなたの名前を忘れる前に、遺書を書くことを決めた。
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