果てない

「綺麗事を行う人間がこの世で一番嫌い」

君はそう吐き捨てた。テレビ画面の中では大災害の特別番組が行われている。出演している芸能人たちはみな一様にして涙を流していた。

「他人が死んだくらいじゃ悲しめない。わたしは、冷たい人間かな」

「君はあたたかい人間だよ」

「うそばっかり。あなただって、綺麗事を吐く側なくせに。よく言うわ」

「少なくとも僕にはあたたかいよ」

「そうね、そうかもしれない」

君は煙草に火をつけた。美しい指先の造形に煙草は似合わなかった。雨がしとしとと降る、閉鎖的な休日だった。


「君は、僕が死んだら悲しむかい?」

「なに、その質問。どうかしたの?」

「どうもしてないさ。ただ、気になっただけだよ。答えてくれる?」

「そうね、わたしは――ほんの少しだけ、かなしいかもね、あなたの脱ぎ捨てた洗濯物を拾うことはもうないんだって思ったら」

君は寂しそうに微笑んだ。窓を打つ雨音が少しずつ大きくなっている。

「そしてね、きっと思うわ、こんな思いするくらいなら、死んだ方がましだって」

「つまり?」

「つまり、あなたが死んだ世界で生きてゆくなんて、考えられないってこと」

わかった?と、君はまた笑った。たまらなくいとおしい笑みだった。

僕たちはテレビをつけっぱなしにしたまま、強くなる雨音をBGMにセックスした。


「僕たちは罪深いね、たくさんの人が死んだ日に、こうして繋がっている」

「そんなの、いつだって同じよ。毎日が誰かの命日なんだから。愛があるから、弔いがあるの。愛がなければ、綺麗事になってしまう。わたしは、それを知ってる」

君はまたそう吐き捨てて、裸のまま煙草の箱に手を伸ばす。君の体は美しい。シルクのような肌は、無垢の手触りだった。

君はいつまでも暗く重たい荷物を抱えている。他人から受けた欺瞞を忘れることが出来ずに、ただ耐えている。僕にこうして体を委ねているとき以外は。僕は君を救いたい。夜の海、朝を迎える絶望、刺しこまれる言葉の数々から。

「わたし、あのときに死んだほうがよかったのかしら」

「君が薬をたくさん飲んだときかい?」

「そう」

「もう随分と前の話だけれど、あのとき死んでいれば、あなたにも会わずに済んだのに」

「僕と出会ったこと、後悔してる?」

「後悔してる。だって、あなたと出会って、たくさんの景色を知ってしまったから。あなたは幸せをくれたから。わたし、自分に甘えてしまって、生きながらえてしまった」

「でも僕は、君に生きていてほしい」

「知ってる」

君は17歳の頃に犯した過ちを話す度に、泣いているね。

僕たちは幸福すぎる。だから彼女は不安がる、そして僕も。いつか不安に食べられてしまうときは、ふたり一緒がいい。

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