主演女優症

彼女の笑う様はいつも、テレビカメラでも向けられているかのような演技性に満ち溢れていた。

「あははははは!あなたは何もわかってない!わたしのことなんて!何も!何も!」

そうやって笑われたのはいつのときだったかな、あまりよく思い出せない。

彼女がそう笑うとき、彼女から記憶が失われる。

後から聞いたことだが、自分を守るために記憶に蓋をしているのだと彼女の主治医は言っていた。

「あなたは!いつだって自分を犠牲にする!それが正しいことなのだと信じて疑わない!あなたは、わたしを愛している!それはあなたにとって最大の汚点よ!」

彼女はいつもそう言って泣くのだ。

「わたしをはやく忘れて!」

「そんなことできやしないよ」僕は言う。彼女のいない世界を想像する。頭のなかのネジがぼろぼろと外れてゆくような感覚。僕を構成する核が錆びてゆく感触。

「あなたにはきっともっといい人がいる」

延長コードを手にする君。ぼんやりと首を絞める。

ああ、君は。そうやって君はいつも、自分を殺そうとするね。

映画みたいな恋愛。シナリオのない即興映画。主演は君と僕。スタントはなし。血糊もなし。生身で勝負できるところまで。

僕たちは薄氷の上を歩いている。

僕たちは神の御加護の元に生きている。

僕たちは巻き戻しの効かないしあわせのなかで生きている。

僕たちは。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

叫んでいた。彼女のしあわせは僕にとってのしあわせで彼女にとっての苦しみは僕にとっての苦しみで。

頭をかきむしる。頭の中が歯車の音で五月蝿くて仕方がない。耳を塞いでも歯車の音は消えない。僕はもしかしたらからくり人形だったのかもしれない。彼女にとって都合のいい、使い捨ての人形。

「君はどうして、なんで、どうして!僕を排除しようとする!」

彼女はぽかんと延長コードを握りしめたまま。コードから開放された首元にはうっすらと赤いあざ。首輪のようなそれ。僕が縛っているような。君が縛っているような。

「君が殺そうとしているのは自分じゃなくて僕だ!――――僕を殺さな」

涙があふれて止まらない。声も途切れた。彼女を救うことはできない。僕を救う人間もいない。

薄氷はとうとう、割れてしまった。

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